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くぎ煮の御作法
春の風物詩「いかなごのくぎ煮」のお話しです。
毎年、いかなごの新仔漁が解禁されると、あの地の御婦人たちは「くぎ煮」を作ることに情熱を燃やします。
全国の知り合いに配って、そのおいしさを味わってもらうためです。
そして、そこには愛しき作法があります。
まずは肝心要のレシピ。
これは、その家代々の口承によって受け継がれてきた門外不出のものなので、何があっても決して譲りません。
もし、たとえ頂いたものが口に合わなかったとしても、率直な感想をその人に言わないというのが、あの地での大切な暗黙の了解です。
よって、「くぎ煮」をもらった時の正しい台詞は「おおきに、おいしかったわぁ~」です。
次は容器。この時期になるとあの地の地元スーパーには、新仔漁の解禁日を知らせるポスターとのぼりが立ちます。
そして「くぎ煮」を入れて配る容器の特設販売コーナーができます。
そこに所狭しと積み上げられて並んだ様々な大きさと色とりどりの容器が、文字通り飛ぶように売れていきます。
業者間の競争も激しく、毎年多くの新製品がしのぎを削りひしめき合いながら陳列されています。
そして、このコーナーの前では女性たちの口コミによる情報交換が盛んです。
「去年のあの『入れモン』、良かったのに今年はおいてへんなぁ」、「あれ、あっちのスーパーにあるらしいで」や「やっぱり『入れモン』は白かな?」、「ピンクは照りが映えるらしいで、知らんけど」などと漫才さながらの会話が弾みます。
そして発送配達方法。
この種類の豊富さが、「くぎ煮」の全国普及に大きな役割を果たしています。
宅配便の業者さんや郵便局さんも、ありとあらゆる知恵を絞り、専用の封入容器や色々な割引など痒い所に手が届くようなサービスを付けて、私たちの「安くて便利で早く届く」の三つの要望にトコトン応えてくれます。
このように、くぎ煮にはそれを取り巻いて盛り上げる数々の愛しき御作法があり、あの地の民は脈々とそれを受け継ぎ育んで伝承しています。
<了>