宝の持ち腐れ
生来より犬との相性が悪く、目が合うと、必ず激しく吠えられる。
これは、物心が付く時分から還暦を過ぎた今でも変わらない。
だから、できるだけ犬と関わらないようにしてきた。しかし不運にも街角で出くわして目が合うと、決まって同じ仕打ちを受ける。
腹立たしいが、怖いので辛抱して我慢するしかなかった。
そんな私に朗報が飛び込んできた。
令和4年6月に甲賀市で見つかった忍術書の写本に「犬を吠えさせない方法」の記述があると言う。
早速その記事を探して読んだ。
一読して力が湧いた。
その具体的な方策も紹介されていた。これでもう犬に吠えられずに済む。
無性にうれしかった。
それから毎日その忍術の体得に勤しんだ。
日々の鍛練のお陰でこの術を身に付けた。よし、これで大丈夫だ。
しかし一つの疑問が湧いた。
この術はいつ使えるのだろう。
これは飼い主が一緒の時には使えない類いのものだ。だから、まだ吠えていない犬に対してこの術を使い始めた途端、不審者として通報されるのは必定である。
使えるのは、犬が単独でいる時だけ。でもそんなことは現実的に殆どあり得ない。
だったら、今と何も変わらない。
完全に宝の持ち腐れである。
大いに落胆した。
しかし万が一の時に備えて、日々の鍛練は続けている。
〈了〉