【裁判例】YH-Gカンパニー事件(顧客情報の「営業秘密」該当性)
0.知財高裁令和3年11月17日判決(原審:東京地裁令和3年3月23日判決)
保険代理店の従業員が退職した場合において、円満な退職ではない場合には、「その従業員が顧客情報を持ち出した」「その顧客を奪った」として、不正競争防止法の営業秘密不正取得等に該当しないかが問題になることがある。
保険代理店側からして、顧客情報等の持ち出しを制限するための方法としては、【対応策】募集人退職時の顧客情報の持ち出しで記載した通りである。
営業秘密不正取得等は、その名の通り「営業秘密」を「不正取得」することを規制するものであるが、この「営業秘密」という要件がハードルが高い。
営業秘密に該当するかは、
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないものであること(非公知性)
の全てを満たす必要がある。
保険代理店の顧客情報については②③は該当するのが基本であるが、①(秘密管理性)を満たすのかが問題となり、今回紹介する裁判例もこの点が問題となった。
なお、退職した従業員等の行為が、不正競争防止法上に営業秘密不正取得等に該当すれば、民事上の責任(差止・損害賠償)も認められ、刑事罰の対象にもなる(21条1項1号)。
1.事案の概要
本件はYH及びAが、
B、C、D、Eが共同で、Aを脅迫して、YHとアニバーサリーとの間でYH取扱いの保険契約をアニバーサリーに移管する合意をさせ、YHの営業秘密である顧客名簿等のデータを搭載したパソコンを含むYHの備品及びAの所有物を無断で持ち去り、また,アニバーサリーがYHの取引先である保険会社に対し、YHの信用を毀損する内容の告知を行うなどした行為が、YHとの関係では,営業秘密の不正取得及び営業上の信用毀損の不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号,5号,21号)及び不法行為に該当し、Aとの関係では、不法行為に該当する
旨主張して、YH及びAがBらに対し、損害賠償金等の支払を求めた事案である。
なお、本件はアニバーサリーらから反訴がなされているが、事案の簡略化のため省略する。
2.争点
本件の争点は多数あるが(判決では争点1〜11まである)、今回は、アニバーサリーらに営業秘密不正取得行為があったのかについてのみ記載する。
この営業秘密不正取得行為の前提となる営業秘密における「秘密管理性」について、YH側は、
と主張していた。
秘密管理性は、
・情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)
・情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(客観的認識可能性)
がポイントであるため、この2点を踏まえて主張がされている。
(ちなみにアクセス制限は、客観的認識可能性を担保する一つの手段であると考えられているので、秘密資料だと認識できるかどうかが重要である。)
これに対し、アニバーサリー側は、
と反論していた。
3.裁判所の判断
裁判所は、まず、本件顧客情報及び本件人事経理情報の管理状況等について、以下のように事実を認定している(本件の争点については地裁の判断を高裁も認定しているため、特に審級については指摘しない)。
以上の事実を前提として、裁判所は、
として、秘密管理性の要件を満たさず、本件顧客情報を不正競争防止法上の「営業秘密」には該当しないと判断した。
そのため、営業秘密に該当しない以上、営業秘密であることを前提としたYHの主張については認められないと判断している。
4.最後に
認定した事実からすれば、営業秘密における秘密管理性は認められないという裁判所の判断には、特に疑問はない。
実際の保険代理店の現場における顧客情報の管理は、裁判所が認定したような状況に近いところも多いと思われる。
つまり、似たような管理状況であれば、不正競争防止法上の秘密情報としては保護されない。
担当者ごとに契約者情報にアクセスできる(担当者以外の契約者情報にはアクセスできない)わけではなく、ほぼ全ての従業員(営業、事務含め)が契約者情報にアクセスできるケースが多い(実際にアクセスできないと不都合が多い)と思われる。
また、機密管理規程などを策定している保険代理店も多いと思われるが、単に規程を策定しているだけで十分な運用がされていない(ルールが形骸化されている)ケースも多い。
そのような管理の状況であれば、秘密管理性の認定は難しい。
代理店の顧客情報は、代理店にとっての重要な経営資源である。
不正競争防止法上の強力な規制のために、秘密管理性のための管理を厳しくする方向とするか、不正競争防止法上の規制ではなく合意による規制(誓約書等)の方向とするかという判断では、その対応の困難さからどうしても後者の判断になってしまいがちであるが、合意の効力が無制限ではないことを理解して対応する必要がある。
なお、本判決は、上記争点の他に、移管合意の効力についてや、EのAに対する脅迫行為なども争点となっており、この点も興味深い。高裁ではEのAに対する強迫行為は一部不法行為として認定されている。
高裁が新たに認定した事実に詳しいが、脅迫行為としては、
など恐ろしい表現も認定されている。(下記判決文p14〜)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/704/090704_hanrei.pdf
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