【裁判例】アイリックvsメットライフ事件(代理店手数料規定改定の有効性)

1.双方の合意?

保険会社と代理店では、代理店委託契約が締結され、代理店が成約した保険契約の保険料収入に応じて、保険会社から手数料が支払われる。

その手数料については、手数料規定によって、保険契約の種類や、代理店の取扱う保険料等に応じて詳細な基準が定まっている。

基本的に手数料は代理店にとって唯一の収入源であり、手数料基準がどのようなものかは重大な関心事である。
代理店委託契約が合意に基づいて成立していることからも、その基準は相互の合意によって定められているが、現実には保険会社が一方的にその基準を定め、改定することができるようになっているのが実情である。

また、単に手数料が低くなるだけにとどまらず、解除事由として「手数料規定に定める目標に達しなかったとき」などの定めがあり、手数料規定を改定することで、代理店委託契約が解除されるなどといった事態もある。

このように手数料基準が代理店委託契約の契約内容の根幹であるにも関わらず、一方当事者である保険会社が実質的に自由に改定できることに何ら制限はないのだろうか。

2.東京地裁平成26年4月24日判決

代理店手数料規定の改定の有効性が問題となった事案に、東京地裁平成26年4月24日判決がある。

《事案の概要》

保険代理店(現アイリックコーポレーション:以下「アイリック」)とアメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(現メットライフ生命:以下「メット」)は生命保険募集代理店委託契約を締結しており、代理店手数料規定に基づいて手数料が支払われていた。

あるとき、メットは手数料規定を改定(太字が改定により追加された部分)した。

ア 第17条1項
 契約が、早期に失効、解約等になった場合、当該契約を早期消滅契約として、所定の係数を既支払手数料に乗じた金額を一括で戻入する。
 なお、早期消滅契約に該当するかどうかの基準につき、保険料自動振替貸付が適用され充当された保険料は保険料入金回数から除外する(以下「保険料自動振替貸付除外措置」という。)。
 ※ここにいう早期消滅契約とは、一定の保険料入金回数(月払で24回、半年払で4回、年払で2回)を超えて保険料が支払われずに失効、解約になったものをいう。
  イ 第17条2項
 代理店が、契約の継続率等を示す指標が一定の基準を満たす場合には、前項の係数(以下「非優遇係数」という。)よりも優遇された係数(以下「優遇係数」という。)を適用する。
 ただし、被告が合理的な理由があると認めた場合、代理店手数料規定17条2項の基準を満たす代理店であっても、同項を適用しないことができる。その場合、被告は当該代理店に通知するものとする。

代理店手数料規定細則
第13条1項(新設)
 保険料自動振替貸付除外措置については、当面の間、平成22年1月1日以降に成立した積立利率変動型終身保険(米国通貨建2002及びユーロ建)の新契約に対して50%以上の割合の数の契約に保険料自動振替貸付の適用があり、かつ保険料自動振替貸付の適用された総契約件数が50件を超える代理店に対して、適用するものとする。
第13条2項(新設)
 優遇係数の不適用措置を被告が通知した場合には、通知後速やかに既契約も含めて非優遇係数が適用されるものとする。

簡単に説明すれば、戻入基準が変更となったことで、アイリックはメットから大幅な戻入が求められることになり、手数料の優遇係数も不適用になることで、手数料収入の基準が下がってしまうということである。

そして、実際メットはアイリックに対し、優遇係数の不適用措置の通知を出し、戻入の扱いにより、2ヶ月分の代理店手数料の一部及びその後5ヶ月分の代理店手数料の全部が支払われないという事態にとなった。

保険会社が元々定めていた手数料基準をベースに、手数料の支払いを受けていた保険代理店としては、保険会社が一方的に手数料基準を下げることにより手数料が減額となるのは納得がいかないのは当然であると思われる。

アイリックは、この一方的な代理店手数料規定の変更により、本来得られるはずであった手数料収入を求めメットに対し訴訟を提起したのが今回の裁判である。

これに対して、メットは本改訂の目的は正当であり、合理性・妥当性が認められるため有効であると反論した。

3.裁判所の判断

まず、前提として、

「代理店手数料規定を被告が作成、改定することができること自体については、生命保険募集代理店委託契約、代理店手数料規定及び代理店手数料規定細則によって認められる。」(一部省略)

とした上で、本件改定又は改定後の手数料規定が公序良俗に反するものとして無効かどうかを検討するものとしている。
※この点はどこまで争われたかは不明であるためなんとも言えないが、もう少し一方的に契約内容を変更すること自体の有効性について具体的な判断がほしいところではある。

詳細は複雑なので、簡略化して説明するが、

本件で問題になっていたのは、外貨建積立利率変動型終身保険であり、アイリックは多くの同保険を契約成立させていたが、同時に多くの同契約が解約されていた。

解約されていた同契約は、いずれも、

アイリックが受領する代理店手数料+契約者が受領する解約返戻金>アリコが受領する支払保険料

という、いわゆる「逆ざや」の状態になっていた。

これは、

ア 積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)その他の特定の種類の保険契約を対象契約として選択すること。
イ 代理店資格がSランクであること。
 この代理店資格とは、保険料、支払手数料、継続率及び稼働月に基づいて6か月ごとに査定されるものであり、代理店資格が高いほど代理店手数料も高くなる。最上位がSランクである。
ウ 保険料払込期間が15年~20年前後であること。
 保険料払込期間によって手数料の料率が変わるためである。
エ スーパーパッケージ料率が適用されること。
 他の商品(収入保険、医療保険等)と一緒に販売することで手数料率が高くなるためである。
オ 保険料の支払方法を、当初は年払にして1年目の保険料を支払い、3年目に月払に変更して25か月目(3年目の最初の月)の保険料を支払ってから解約すること。

の条件を満たすことでそのような状態となっていた。

アイリックが成立させた契約は平成13年1月以降1336件あったが、37か月経過後継続している契約は29件にとどまり、解約済契約の圧倒的多数は25ヶ月目の保険料支払い後に解約されたものであり、契約時に年払いが選択され、8割がその後月払いに変更されていたなど、上記諸条件を満たす割合が高かった。

また、アイリックが紹介先企業に年払い保険料とほぼ同額の業務協力費の支払いをした後、保険契約者が紹介先企業から保険料と同額を受け取っていたなどと行った供述も裁判で証拠として出るなどした。

このような事実から、裁判所は、

「本件解約済契約は、代理店の受領する代理店手数料及び保険契約者の受領する解約返戻金の合計額が被告に支払う保険料総額を上回る結果となるように、保険料率の高くなる保険商品等を意識的に選択した上、早期消滅契約とされることを回避しつつ保険料の支払を可能な限り圧縮し、25か月経過後の間もない時期に解約することを当初から意図して周到に仕組まれた計画的な作為(以下「本件スキーム」という。)の所産であると強く推認される。

とし、

「本件改定は、このような考えの下、本件スキームの徴表として、積立利率変動型終身保険における保険料自動振替貸付の適用比率を抽出し、新たに保険料自動振替貸付除外措置を定めることで、本件スキームを用いた典型事例が早期消滅契約として戻入の対象になるようにするとともに、優遇係数の不適用措置を定めることで、本件スキームを利用した逆ざやの発生を防止できるようにし、もって本件スキームに対する対抗策としたものと認められるのであって、その目的及び手段において、十分な合理性が認められるものである。」(一部省略)

として、手数料規定の改定は目的手段において合理性があるとして、本件改定及び本件改定後の代理店手数料規定が公序良俗に反するということはできないと判断している。

ちなみに、この裁判の帰結としては、判決後控訴され、控訴審で和解が成立しているようであるが、和解条項に口外禁止等の条項がある関係下、和解の内容は不明である。

(アイリックコーポレーションによるプレスリリース(2014/12/17))

4.保険会社は自由に規定の変更ができるか?

本判決は、単に「保険会社が代理店委託契約の内容を一方的に変更できるという内容を裁判所が示したもの」ではない(そのような根拠として紹介されていたことを見かけたことがある。)。

目的及び手段についての合理性の判断の結果、合理性があり公序良俗に反しないと判断されたものである。本件は、保険業法に違反し業務改善命令等の処罰の対象となるような事実がありそれに対応するためとして合理性を認めている。
本件と離れても、業法違反等の対応といったレベルではなくても合理性があると判断される余地はあるが、当然合理性がないと判断される余地も十分にある(特定の保険代理店を狙い撃ちにするような目的に正当性がないものなどが考えられる)。

代理店委託契約も基本的に当事者間の契約であることから、当事者間の合意があれば(代理店として保険会社による変更を受け入れているのであれば)、改定自体はできると考えられるが、実際には、

・契約段階ではそれを受け入れなければ、その保険会社の保険の募集ができないこと
・手数料の改訂などについては基本的に一保険代理店の意見が通ることは無いこと

などから、あくまで合意があるとはいえ、一方当事者が自由に支払額を決めることができるというのは、契約の根幹に影響を与える内容であることから、目的及び手段についての合理性は、慎重に判断すべきであると考えられる。

5.定型約款該当性

ちなみに、民法改正により定型約款という概念が誕生している(参考:保険代理店と債権法改正ー定型約款ー)。

手数料規定が定型約款に該当するかどうかについては、通常、手数料規定は、「力関係によって画一的になっているにすぎない企業間取引」(内田貴『改正民法のはなし』民事法務協会、2020年)であることから、その趣旨から否定されると思われるが、

その定型約款においても、

①相手方の一般の利益に適合するとき
②契約をした目的に反せず、かつ、契約の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更にかかる事情に照らして合理的なものであるとき

が実質要件として定められており、参考にはなるところである。

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