在宅生活の中で実践する包括的呼吸リハビリテーションの実際【#在宅医療研究会オンライン|3月度開催レポート】
毎月オンラインで開催している「在宅医療研究会オンライン」、3月度のレポートをお届けします。
講演:何ができるの?呼吸リハのきほんと実践
演者:ホウカンTOKYO杉並・中野 リハビリ責任者・理学療法士 石田正義
呼吸リハ(呼吸リハビリテーション)と聞いてどんなことを思い浮かべますか?一見専門的な訓練に聞こえる「呼吸リハ」ですが、その中には普段の生活の中でできる内容や工夫の方法がたくさんあります。
今回の講師はホウカンTOKYOリハビリ責任者である理学療法士・石田。理学療法士歴21年で臨床に加え大学院での研究活動や理学療法士養成校で教員経験もあるプロフェッショナルです。呼吸器や疾患の基礎知識から呼吸リハの考え方、在宅での呼吸リハの実際や患者自身が実践できる自主トレやセルフコントロールの方法などについて、詳しい講義が行われました。
基礎知識~呼吸器系とは~
呼吸は身体を動かしていく大きな代謝活動のシステムの中の一部。人間が細胞でエネルギーのやりとりをする(酸素を取り入れ、燃やしてエネルギーを生み出し、副産物として生み出される水と二酸化炭素を排出する)ために欠かせない機能です。呼吸器は空気の通り道で、呼吸のための器官となる上気道(鼻腔・咽頭・喉頭)から下気道(気管・気管支・肺~肺胞)までを総称して呼吸器系と呼びます。これらの器官に障害をきたすと呼吸器系疾患を引き起こします。
呼吸器系(肺)の疾患になるとこのガス交換が障害されることが多いため、障害された部分で「なぜ血中に酸素が少なく、二酸化炭素が多くなるのか?」を考えていくうえで呼吸の基礎・メカニズムを知っていることが重要となります。
呼吸のメカニズム
肺ではガス交換が行われます。ガス交換とは、肺胞と血管の換気(酸素と二酸化炭素の交換)のやりとりのこと。肺は右が三葉(上葉・中葉・下葉)、左が二葉(上葉・下葉)に分かれており、肺の末梢にある肺胞を通して酸素(肺胞から動脈血へ流入)と二酸化炭素(静脈血から肺胞へ排出)の交換が行われます。肺自体は単体で膨らんだりしぼんだりすることはできないため、筋肉の力を借りて呼吸運動を行っています。息を吸うとき(吸気時)には、横隔膜と肋間筋が収縮して肋骨(胸)が持ち上がることで肺が拡張し、息を吐くとき(呼気時)には、横隔膜と肋間筋が弛緩することで肋骨(胸)が下がり肺が縮んでいきます。
また、呼吸器は神経で支配されています。大脳皮質によって意識的な呼吸(吸いたいとき、に吸い、吐きたいときに吐く呼吸)を行い、延髄で無意識的な呼吸(経静脈などにある化学受容体で二酸化炭素濃度を監視が行われており、二酸化炭素濃度が上昇すると呼吸中枢に指令が行き呼吸を促進させる)が行われます。呼吸中枢に呼吸を促進する指令が行くことを“換気ドライブ”といい、換気ドライブが亢進することで息が上がる・肩で呼吸をするといった状態が起こります。呼吸器疾患のある患者は、慢性的に呼吸ドライブが亢進され息苦しさが続く状態になっていきます。
呼吸器疾患とは
呼吸器の4大疾患
・COPD(慢性閉塞性肺疾患)
・気管支喘息
・肺がん
・呼吸器感染症(結核、コロナウイルス感染後の肺炎など)
※その他、間質性肺炎、中脾腫(アスベスト)、肺高血圧症、肺塞栓症、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)など
日本人の死亡順位の多くを呼吸器疾患が占めており、男女ともに死因1位である悪性新生物(がん)の中で最も多いのは肺がんです。また肺炎も上位を占め(男性3位、女性5位)、COPDは男性の死因の8位となっています(※2019年厚生労働省 人口動態統計)。これらの呼吸器疾患により、安静時や労作時の息切れや、排痰能力の低下による運動機能や日常生活動作(ADL)低下を起こしやすく、このような状態になった患者が呼吸リハ(呼吸リハビリテーション)の対象となっていきます。
呼吸リハ(呼吸リハビリテーション)とは
日本呼吸ケア・リハ学会、日本呼吸器学会、日本呼吸理学療法学会では呼吸リハについて「呼吸器に関連した病気を持つ患者が、可能な限り疾患の進行を予防あるいは健康状態を回復・維持するため、医療者と協働的なパートナーシップのもとに疾患を自身で管理して自立できるよう生涯にわたり継続的に⽀援していくための個別化された包括的介入である」と定義しています。
呼吸リハは、単に呼吸の仕方を教えるリハビリではなく、呼吸法や運動療法を用いて、息切れを軽減し日常生活動作を向上させること、すなわち呼吸リハを通して生活の質(QOL)を向上させるために行うリハビリのことをいいます。
呼吸リハの必要性や目的
COPDなどで自力での呼吸が困難となり在宅酸素療法(HOT)の適応となると、呼吸困難の進行による活動性低下や筋力低下が進行し、その結果寝たきりに移行するリスクが高まります。
こうした呼吸器疾患を持つ患者が、残された肺機能や呼吸筋を最大限に使い上下肢の筋トレや運動・呼吸法訓練などで呼吸困難感を改善し、ADLやQOLを維持・向上していくために呼吸リハが必要となります。呼吸リハや運動を行うことで、運動耐用性の改善・呼吸困難感の改善・入院回数と日数の減少・不安や抑うつの軽減につながり、リハビリ終了後の効果の持続や生存率の改善へとつながっていきます。
呼吸リハの全体像と実際(包括的呼吸リハビリテーション)
・呼吸法訓練、運動療法、転倒予防を行う
・感染予防(呼吸器疾患患者は感染に弱いという特徴がある)
・息切れを軽くする、日常生活動作を工夫する
・パニックコントロール (急な息切れへの対処)を考える
・疾患の病態観察(聴診・打診・視診など、多角的視点での観察や評価が重要)
・食事・栄養の管理(末期には食が細くなり、咳でカロリーを消費し代謝が活発になるため痩せやすい)
・酸素流量・濃度の管理
これらの呼吸リハに関わるケアを、医療従事者だけでなく、ケアマネや介護士・事務…多くの人が介入して包括的に多職種チームで取り組むこと(包括的に関わっていくこと)が大切です。
在宅における呼吸リハ
在宅における呼吸リハの目標は「現在の生活を維持向上すること」「可能な限り息切れの軽減を図ること」「体力・運動耐用能を維持向上すること」です。自宅での生活を最優先し、可能な限り息切れの軽減を図り、身体能力を維持向上することが大切です。
リスク管理では第一に「酸素濃度・流量の管理」が重要です。主治医にリハ時の酸素流量を必ず確認し、医師と連携しながらCO2ナルコーシスをはじめとした合併症に努めていく必要があります。また、運動負荷は指標を用いて行うこと(後述)、肺がもろくなっているため咳込みや胸郭運動による気胸に注意することなど、患者の状態に合わせてリスク管理を行っていきます。
呼吸状態を評価するスケール
<MRC(mMRC)息切れスケール>
グレード0:激しい運動をした時だけ息切れがある。
グレード1:平坦な道を早足で歩く、あるいは緩やかな上り坂を歩く時に息切れがある。
グレード2:息切れがあるので、同世代の人よりも平坦な道を歩くのが遅い、あるいは平坦な道を自分のペースで歩いている時、息切れのために立ち止まることがある。
グレード3:平坦な道を100m、あるいは数分歩くと息切れのために立ち止まる。
グレード4:息切れがひどく家から出られない、あるいは衣類の着替えをするときにも息切れがある。
呼吸リハを始める理想のタイミングはグレード0、1からですが、在宅での呼吸リハは実際にはグレード3、4からの開始が多くなります。早期介入は難しいですが、少しでも早めの対応ができるのが望ましいといえます。
<修正Borg(ボルグ)スケール>
Borgスケールは簡単にいうと「動いたときどれくらい苦しいか?」という労作時の息切れ・疲労の指標のこと。「0:感じない」「0.5:非常に弱い」から「10:非常に強い」までのグレードがあり、下肢の疲労と息切れの状態から評価します。
たとえば「下肢はBorg5」「息切れはBorg3」の場合、歩行時は下肢の疲労が強いが息切れが少ないと解釈することができます。Borgの評価には、同時にSpO2(酸素飽和度)や脈拍の変化の観察・管理が重要となります。
専門職が伝える呼吸器リハの実際
呼吸リハでは、呼吸法の練習、生活・栄養指導、胸郭・上半身の柔軟性向上、呼吸筋力トレーニング、運動療法(歩行・自転車・筋トレ)、などを行っていきます。それにより息切れの改善、運動耐用能改善、ADL改善、排痰改善(痰が出やすくなる)、生存率向上、QOL向上などにつながっていきます。ここに酸素療法や薬物療法と呼吸リハを組み合わせることでさらに大きな改善効果が期待できます。
呼吸困難のある患者は、息が上がってくると肩周りや背中などの呼吸補助筋を使うようになっていきます。すると肩が凝る、背中がパンパンになるといった状態になります。こうした患者には頸部・肩・体幹のストレッチを行い、筋肉をゆるめるだけでも呼吸筋の疲労軽減や呼吸効率の向上につながります。ここから呼吸法訓練、呼吸介助、排痰訓練などを行い息切れの軽減や排痰を促し、運動療法、歩行・散歩、呼吸法と併用しながらの有酸素運動などを行うことで運動耐用能向上へとつなげていきます。こうしたさまざまな手法・訓練を組み合わせながら行うリハビリ全体を「呼吸リハ」と呼びます。
<口すぼめ呼吸・腹式呼吸>
口すぼめ呼吸は簡単にいうと「鼻で吸って口で吐く」をテンポで区切って行う呼吸法です。「1・2で鼻で息を吸って腹部を膨らませていき、「3・4・5・6」で口をすぼめて息をふーっと吐き出します。
ゆったりリラックスして行う、⿐で吸って口で吐く、吸った後に一瞬止める、呼気時は力まずに頬に空気ぶつけるような感覚で腹式呼吸と一緒に行う、⿐から吸って腹部を膨らます、吸ったら一瞬止めてゆっくり口をすぼめて吐くなどのポイントを心がけることで効果的な呼吸になります。
<パニックコントロール>
COPDなどで呼吸機能が低下している患者は、生活の中で急な呼吸困難感を来たすことがあります。どんなときに呼吸困難感が起こるかというと、息を止める動作(トイレ、入浴、洗顔など)や上肢を多用する動作(掃除・更衣・物を取る)といった場面です。いきなり息が苦しくなるということは人にとって命の危険を感じるほどの恐怖のため、人はパニック状態が引き起こされます。それによってさらに過剰な努力性呼吸が誘発され、呼吸困難感が強くなり、動悸が起こるなど、悪循環に陥りやすくなります。
こういったパニックへの対処法として「安楽姿勢を取る」ことが効果的です。安楽姿勢とは「起坐呼吸(座った状態での呼吸)」「立位での安楽姿勢」のことで、少しでも息苦しい、パニックに陥りそうだと感じたときには座位や立位を取り、胸部・腹部の圧迫を避けて物にもたれかかるような姿勢を取ることで呼吸をしやすくします。
<セルフストレッチ(自主トレ)>
石田が患者に勧めている自主トレ方法として「肩こり体操」があります。首や肩、腕の曲げ伸ばしや上げ下ろしを行っていきます。体操により、胸郭を開く効果、呼吸筋の疲労軽減、呼吸筋の筋トレ、体幹の機能向上、肺活量向上、排痰機能向上などにつながっていきます。呼吸法と合わせ、深呼吸と動作を同調させて行うと効果的です。
<咳・排痰の訓練(ハフィング法)>
咳・痰を出しやすくする方法として「ハフィング法」があります。
ハフィング法は、両手を腹部の前で組み、手で胸を圧迫するような姿勢で行います。呼吸を整え、「ハ・ハ・ハ」と発声練習を行い、鼻から息を深く吸って一瞬止め、「ハッ・ハッ・ハッ」と発声しながら息を吐き出します。ゆっくりとしたスピードで行い、発声時に腹部から力が逃げないように注意することが大切です。
また、低い声で長く「おーーーーーい」と繰り返し声を出していく発声練習も効果的です。こうした発声の練習は呼吸の練習にもなり、排痰の促進や発声量・肺活量を上げることにつながります。
<日常生活上の息切れ予防>
石田が患者に勧める息切れ予防の方法として「動作と呼吸の同調」があります。これは日常生活の動作と呼吸を同調させることで、たとえば階段を上るときに「歩き出す前に息を吸い、階段を4段上りながら一息でフーと長く息を吐く」といったやり方です。その目的は呼吸を自分でコントロールしていく術を身に付けていくことです。
また、生活上での息切れ予防の工夫としては、靴下の着脱時などには座って足を組み、身体が屈まないようにする(胸やお腹を圧迫しないようにする)こと、トイレ動作時には呼吸と排泄の同調を図り、力みによる息切れ悪化を防ぐこと、入浴や洗体動作時には背もたれつきのいすや高めのいす(40cm程度)を使い身体が屈まないように(呼吸がしやすい姿勢を保てるように)することなどが効果的です。
まとめ
呼吸は全身の代謝活動の一環であり、呼吸器系は身体機能を維持するための重要な役割を担っています。呼吸器疾患の死亡者数は多く、呼吸器疾患の中でも特にCOPDは慢性進行性であり、⻑期にわたって息切れ・呼吸機能低下・運動機能低下・日常生活動作能力低下を引き起こし、寝たきり状態へ移行していくため注意が必要となります。
その中で在宅での呼吸リハは、現在の生活を息切れや症状が少ない状態で維持・向上することを目的として行われます。患者のQOLを維持・向上させるために、多職種チームでリスク管理、感染予防、栄養面など包括的に呼吸リハに取り組むことが大切です。在宅医療に関わる皆さまにとって、役立つ情報となれば幸いです。
ホウカンTOKYOの夕べ(講義上映)のご案内
現在、オンライン開催となっている「在宅医療研究会」ですが、ホウカンTOKYO杉並・中野では、“ホウカンTOKYOの夕べ”として少人数での講義の上映会を開催しています。研究会当日にリアルタイムで、大きな画面で講義を見ることができます。感染対策にも配慮しながら行っていますので、近隣でご興味のある方はお気軽にお問い合わせください。
主催:ホウカンTOKYO杉並・中野(事業所名:ホウカンTOKYO本部)
■連絡先
TEL:03-5913-7299
FAX:050-3156-2824
■所在地
〒166-0012 東京都杉並区和田3-32-9
(丸ノ内線 東高円寺駅より徒歩約3分)
■Webサイト
https://hokantokyo.jp
今後の開催予定
今後の予定につきましては下記リンクよりご確認ください。
医療職・介護職・福祉職の方であればどなたでもご参加いただけます。お気軽にお越しください。