『在宅診療における薬の話』【#在宅医療研究会 オンライン|5月度開催レポート】
医療の現場での治療の方法のひとつに、投薬治療があります。この薬について正しく理解しておくことは、患者さんに適切な医療を提供するための基本となります。
そこで今回は、在宅医療・訪問診療のつつみクリニック上野院・院長 山崎憲先生から、「在宅診療における薬の話」と題して、薬にまつわる有益な話をお聞きしたいと思います。
■基礎知識
1) 薬とは何か?
医療行為は、主に薬物療法、そして手術などの観血的療法に分けられます。このうち薬物療法は、内服、外用、注射などの形をした薬を利用します。
患者さんたちは、よく薬は体に良いと思っておられますが、薬は少なからず好ましくない反応がありますが、必ずしも害があるわけではありません。体に害を与えるものを特に有害薬物反応といいます。
2) 投薬治療に伴う副作用
薬は毒でもありますが、肝臓で解毒されたり、腎臓から排泄されたりします。したがって肝臓や腎臓の機能に問題を起こすことがあります。また薬はときに体の複数の箇所に作用しますので、複数の場所に問題を起こすこともあります。
なお副作用と呼ばれる反応には、良い副作用と悪い副作用があります。
例えば高血圧治療薬であるACE阻害薬の代表的な副作用に、「咳」があります。咳は患者さんにとっては煩わしく、悪い副作用です。しかし同時に咳をすることは、誤嚥性肺炎の予防につながりますので、この観点からは良い副作用です。
また総合感冒薬の副作用に眠気がありますが、眠くなることはわたしたちに睡眠や休養を促しますので、より高い治療効果につながります。
3) 薬を使用する際には必要性を検討する
薬は有害事象を起こしえますので、薬を使用する際には、当然ながらその必要性を検討する必要があります。
そして、患者さんにとってベネフィットがデメリットを大きく上回る状況でなければ、薬を使用してはいけません。そのような評価を行わずに投薬をすることは、有害な人体実験に他なりません。
そのためには、本来は薬の発売前に十分な治験が必要です。しかし治験を経て販売になった薬剤のなかに、残念ながら発売後に有害な反応があることが判明し、悲劇的な結果を招くこともあります。
CAST studyと呼ばれる研究では、心筋梗塞後の死亡理由として多い致死的不整脈を減少させることを目的に、抗不整脈薬を使用しました。しかし逆に死亡者が増えてしまったため、臨床試験が中止されました。死亡者数が増加した理由は、抗不整脈薬の催不整脈作用にあったと考えられています。
まずは、薬は恐ろしい有害事象を起こすことがあるという事実をおさえておきましょう。
なおこの薬の有害事象は、薬を使用してすぐに生じるとは限りません。例えば抗菌薬は、あらゆる病を克服する夢の薬と謳われて使用が開始されて数十年が経過して、耐性菌の出現、自己免疫疾患やアレルギー疾患の増加、また腸内フローラを破壊することによる性格変化や肥満などを起こすとされています。
■具体例
それでは、続けて具体的な薬についてご説明します。
1) 風邪薬
風邪薬は、風邪を治すこと目的に使用する薬ではありません。
風邪薬を使う場合、風邪に伴うさまざまな症状を一時的に和らげ、休息をとりやすくすることが主目的ですので、それ以外の目的で使用するとかえって風邪を悪化させる可能性があります。
そもそも風邪はウイルスが原因となることが多いため、細菌に対して利用する抗菌薬は無効です。また免疫不全の方などをのぞいて、抗菌薬に二次感染の予防効果もありません。
うがい薬としてよく利用されるイソジンガーグルにも、感染予防効果はありません。原因は定かではありませんが、イソジンが口腔内の粘膜を傷つける、常在菌に対する殺菌作用があることなどから、風邪を悪化させる可能性もあるくらいです。緑茶や紅茶などのお茶を飲むことが、予防目的としては勧められます。
排痰を目的に去痰薬は整腸剤が利用されることがありますが、軽い殺菌効果や保湿作用を期待して利用するトローチとともに、比較的安全で有用だと考えられています。
また葛根湯や麻黄湯は、発熱を促して免疫力を向上させる作用があるため、発熱後に使用すると有害となる可能性があります。
トランサミンは、出血性の咽頭炎でなければ効果はありません。
ビタミンCは、確かに欠乏すると風邪を引きやすくなり、治りにくくなります。ただ体内での総量が決まっており、過剰に摂取しても有益な効果は期待できません。現代ではビタミンCが欠乏している人はいませんので、サプリメントなどを大量に摂取しても、風邪の発症予防に対する効果は期待できません。
わたしたちの免疫力は、熱を出すことで向上し、解熱すると低下しますが、発熱により体力を消耗するので、38~38.5度程度への適度な解熱は必要だと考えています。まれに高熱で脳症を起こすことがありますが、これは遺伝的な要素が影響するため、やはり適度な解熱は必要です。
なお、風邪薬はスティーブンス・ジョンソン症候群のように重篤な副作用をきたすこともありますので、使用する際にはその目的、必要性を十分に検討しましょう。
ちなみに胃腸の風邪とも表現される胃腸炎に対しては、整腸剤のみが有効です。下痢止めや制吐剤は、病原体を排除しようとする生体の防御反応を止める薬ですので、使用を避けましょう。なお胃薬も、粘膜保護作用のある胃薬は問題ありませんが、制酸剤は胃酸によって病原体を失活させるわたしたちの持つ防御作用を抑えてしまいますので、胃炎での使用は避けましょう。
2) 抗菌薬・抗ウイルス薬
(1) 抗菌薬
風邪で使用されることのある抗菌薬ですが、インフルエンザ菌が原因となる急性喉頭蓋炎、溶連菌による感染症のうち、致死的な状態に至る壊死性筋膜炎などには使用する必要があります。
細菌が原因となっていて、抗菌薬の効果が期待できる病態であるとき、抗菌薬を使用しないと病態が悪化する恐れのあるときなど、必要な病態に対してはしっかりと使うべきですが、適応は慎重に考えましょう。
なお抗菌薬の効果が期待できる病態として誤嚥性肺炎がありますが、誤嚥性肺炎は訪問歯科の導入、口腔ケアで防ぐことができます。
腎盂腎炎に対しても抗菌薬が必要です。なお膀胱炎では熱は出ませんが、可能であれば腎盂腎炎に進行する前に抗菌薬で治療します。
なお百日咳には抗菌薬はあまり効きません。というのは咳の症状がひどくなるときには、百日咳毒素が原因で百日咳菌自体はすでに体内からいなくなっているからです。早めの診断・治療が重要です。
ちなみに処方された抗菌薬が余ることは、絶対にあってはいけません。内服をスキップさせることも、治療が完結する前に中止することも、アレルギー反応などの重篤な副作用が生じたなど、特別な事情を除いて避けるべきです。これは中途半端な内服で耐性菌が生じやすくなるからです。
抗菌薬が原因となって起こる副反応に、クロストリジウムによる偽膜性腸炎があります。抗菌薬を使用したのち、直後から2ヶ月程度で発症しますが、抗菌薬使用後に発熱、下血がみられる場合は偽膜性腸炎を疑い、直ちに原因となっている抗菌薬を中止し、治療としてメトロニダゾールという抗菌薬を使用します。
(2) 抗ウイルス薬
特にインフルエンザでは、耐性ウイルスが問題になっています。
抗インフルエンザ薬は、ウイルスの増殖を抑える目的で使用する薬ですので、もうウイルスの増殖が落ち着き、免疫の働きでウイルスが排除される時期である、発症後48時間以降の投薬は効果が期待できません。ただし免疫力が落ちている高齢者は、発症後48時間を超えてもウイルスの増殖が起こっている可能性がありますので、積極的な投与を考えます。
なお抗インフルエンザ薬にはウイルスの排泄期間を短縮する効果はありませんので、他人にうつさないようにすることを目的に使用することは、避けた方が良いでしょう。
逆に成人健常者では、抗インフルエンザ薬を使用することで、半日から1日ほど早く症状の軽減が期待できますので、かえってウイルスを排泄しながら外出することにつながります。また良くなると服薬を中断することもあり、耐性ウイルスができる原因にもなります。したがってリスクの方がベネフィットよりも高くなると考えられます。
帯状疱疹(水痘ウイルス)に対する抗ウイルス薬は、基本的にウイルスの活動が活発なときだけ効果があります。持続する神経痛に対する効果は期待できません。
3) 点滴・輸血・利尿薬
(1) 点滴
点滴には栄養が入っていると誤解している人がいますが、基本的に栄養は入っていません。そればかりか、病態によっては不必要な点滴は心不全や腎不全を悪化させます。
経口摂取ができない状態での脱水や入院が必要な脱水であれば、極めて有用な治療方法です。ただ本来は事前の評価として血液検査を行い、電解質などを確認しておくとべきだと考えています。
漫然とした点滴は、血管内脱水や電解質異常を招きかねません。事前評価として、皮膚のツルゴール(脱水を評価する方法のひとつ)の評価、心エコー、胸部X線写真などを用いて検討すると良いと考えています。
脱水の原因には熱中症など多くありますが、ナトリウムやカリウムの異常を招く薬を使用していないか確認しましょう。例えば利尿薬やSGL-阻害薬などが原因薬剤となり得ます。
(2) 輸血
当院では在宅で輸血をしています。
在宅で輸血を行うには、原則すでに貧血がわかっている場合に限られます。例えば再生不良貧血など血液の病気をお持ちである場合です。在宅では急性出血への輸血は適応になりません。
輸血は貧血の改善を目指すだけでなく、QOLの改善を目的に行うものです。QOLの向上が望めない方には使用すべきではありません。なお輸血をすることで、アナフィラキシーなどの重篤な副作用を起こすこともありますので、慎重に対応しましょう。開始後は15分ほど医師が立ち合い、終了までは看護師あるいは家族が滞在して、問題が発生しないかを確認します。
(3) 利尿薬
利尿薬は脱水を招きます。と同時に、電解質の異常をきたすこともあります。
さらにスピロノラクトンというタイプの利尿剤では、女性化乳房と呼ばれる、男性のお乳が張って痛くなる副作用もあります。
なお利尿薬は浮腫の治療のために使うことがありますが、逆に利尿剤が浮腫の原因になったり、浮腫を悪化させたりすることがあります。心不全を重症度別に分類したForrester分類のⅢ型では、利尿剤を使っても効果は得られません。Ⅲ型で浮腫が起こる原因は、血管内から血管外に水分が漏れ出していることが原因ですので、利尿剤ではなく下腿マッサージが浮腫の治療として有用です。
4) 眠剤
作用機序から考えると、本当の睡眠薬は麻酔薬とオレキシン受容体拮抗薬のみです。
例えばメラトニン受容体拮抗薬は、体内時計のリズムを整えて時差ボケを治す作用がありますが、屯用で使うことによる睡眠効果はありません。効果を出すためには、2週間以上続けて飲み続け、かつ毎朝日光を浴びることも大切になります。
また睡眠薬としてよく使用されているベンゾジアゼピンや非ベンゾジアゼピン系の薬は、脳の麻酔薬です。これらの薬は多くの副作用があります。うつ病や認知症の誘発・増悪、寿命の低下、夢遊病、せん妄、転倒などです。内服を続けていると、習慣性や依存性もあるため、注意が必要です。
5) 鎮痛薬・湿布
鎮痛薬・湿布によくある誤解ですが、NSAIDsの内服薬や湿布剤は痛み止めではありません。NSAIDsは解熱剤でもありません。NSAIDsは抗炎症薬であって、炎症を抑え、免疫を抑制しますので、自己免疫疾患には有用です。しかし、感染症に対して用いると、感染が悪化する可能性もあります。
カロナールは、脳に直接作用する解熱鎮痛薬です。多少は免疫を抑制するかもしれませんが、解熱や鎮痛を目的に使用して問題ありません。
したがって炎症の所見である熱感、腫脹、発赤があれば、湿布は有用ですが、これらを認めない場合は、つまり神経痛や肩こりでは、痛みがあっても効果はなく、ときに害となります。
NSAIDsの主な副作用に、胃潰瘍や免疫力の低下があります。
また別のよくある誤解に、トラネキサム酸が痛み止めというものがあります。トラネキサム酸は、出血性の炎症に対する抗炎症剤ですので、咽頭痛に出血を伴う場合は有用です。副作用として血栓症があります。
神経痛については、トラマール、アセトアミノフェン、プレガバリン、デュロキセチンなどを検討ください。どうしても薬を出してほしいという患者さんには、偽薬として副作用のほとんどない整腸剤を用いることも有用です。
6) 在宅医療で漫然と処方されている薬剤
胃薬であるH2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬、ビタミンB12、骨粗しょう症薬、貧血に対するエリスロポエチン製剤、便秘薬(刺激性下剤、マグネシウム製剤)、漢方薬などは、よく漫然と使用されていることがあります。
これらは決して無害ではありませんので、漫然と続けないこと。有害になるだけでなく、医療費抑制の観点からも、使用を見直すことが大切です。
最後に、医師の間違いをただし、意見を言えようになるために、薬に対する知識を身につけていただきたいです。わからなければ質問することも大事です。
■質疑応答
今後の予定につきましては下記リンクよりご確認ください。
医療職・介護職・福祉職の方であればどなたでもご参加いただけます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?