『在宅現場における暴力・ハラスメント対応の考え方ー基礎編-』【#在宅医療研究会 オンライン|10月度開催レポート】
40回目を迎えます、在宅医療研究会オンラインを始めたいと思います。今回のタイトルは、「在宅現場における暴力・ハラスメント対応の考え方〜基礎編〜」としています。今回の内容は、ホウカンTOKYOに入職された職員全員に受けていただく研修の一部を凝縮させたものになっています。ホウカンTOKYOの教育・研究企画部長である田嶋より、お話しさせていただきます。
それでは田嶋さん、よろしくお願いします。
ご紹介いただきましたハノン・ケア株式会社ホウカンTOKYO教育・研究企画部の田嶋佐知子と申します。
まず簡単に自己紹介をさせていただきます。私はずっと精神科畑で仕事をしてきました。1994年に看護師の免許を取得後、精神科で有名な東京都立松原病院に11年間勤務し、そのあと大学で精神看護学の教育にも携わらせていただいたあと、精神科看護に特化した訪問看護ステーションに13年ほど勤務していました。この間、全国訪問看護事業協会において、『訪問看護師が受ける暴力に関する調査研究事業』の検討委員会の委員も務めさせていただきました。また研究会の開催や書籍の執筆など、幅広い活動をさせていただく機会に恵まれました。
このような経歴もあり、今回みなさまに「在宅現場における暴力・ハラスメント対応の考え方」のタイトルで、お話しをする機会をいただきました。
1)はじめに
早速ですが質問です。
皆さんは、在宅の現場でとても嫌な思いをしたことはありませんか?
この質問をすると、ほとんどの方が頷かれます。訪問看護師、リハビリ、ケアマネージャーの方達は、地域の在宅医療を支えておられます。大変な仕事ですが、とてもやりがいのある仕事をしておられます。ただ人を相手にする仕事ですので、楽しいことばかり、いいことばかりがある仕事ではないかもしれません。利用者やそのご家族からの言葉に嫌な思いをしたり、ときに傷ついてしまったり、中には泣いてしまったりすることも起こるのではないかと思います。
その嫌な思い、それは暴力かもしれないと、私は考えています。実際に皆さんが感じた嫌な思いがどのような状況であったのかについて把握しないと、暴力と断定することはできませんが、ご自身の感じた嫌な思いが、「実は暴力なのかもしれない」と考える視点を今日の話しを聞いて持っていただくことができたら、と考えています。
ここでもうひとつ質問です。
皆さんは、在宅の現場で暴力を受けたことはありませんか?
私が暴力対策についてお話しさせていただく際、いつも同じ質問を聴衆にしますが、およそ半数の方達が、この質問に手を挙げてくださいます。つまり半数ほどの方は、ご自身が利用者や家族から暴力を受けた自覚があるということです。ただ、実は暴力を受けたことがないとおっしゃる方たちに話を聞いてみると、「怒鳴られた」「大声をあげられた」「触られた」など、暴力というほどではないが、嫌な思いになることをされたことはある、そのように答えられる方が、非常に多くおられます。そして、「その嫌な思いをした経験、それって暴力ですよね」とお伝えすると、多くの方は「え、それって暴力なんですね。暴力だと思っていませんでした」とお答えになります。
私からの最初の質問に頷かれた方で、2つ目の質問に頷かなかった方、あるいは頷くことを躊躇された方たちは、実はご自身が暴力を受けていることに、気づいておられないのかもしれません。
その理由はいくつかあると考えています。まず暴力の定義がそもそも曖昧です。人によって怒鳴られた感覚やセクハラを受けた感覚は異なります。同じ声の大きさでも、ある人は「声は大きかったけれど、自分の意見を主張したかっただけ」と考え、「自分は怒鳴られた、精神的な暴力を受けた」と感じる方もおられます。この違いは、個人の置かれてきた環境や性別などにより生じるように感じています。
また、「利用者から受ける暴力は暴力ではない」と、誤った認識を持っている方もおられます。「暴力は、力の強いものがすることであって、社会的弱者がすることではない」と、考えている方もおられます。そのため、弱者である利用者がする暴力は、暴力ではないと思い込んでいる場合もあります。
さらに、大声を出されたり、無視されたりしたことに対して、暴力を受けたと思いたくないとの心理が働く方もおられます。大声を出されたことに対して、「暴力を受けた」と考えてしまうと、自分が悲しく、辛くなってしまうからでしょう。この場合、暴力を受けたことを直視することができません。「この利用者は、本当は良い方だけど、今日は具合が悪かったのかもしれない」、また「この方は、もともと声が大きい人だから、今日の大きい声はわざとではない」など、色々と理由をつけて、暴力を振るわれたと考えないようにしている場合があります。
それ以外にも、暴力を受けたと言えない理由があるのかもしれませんが、もし自分が受けた嫌な思いが暴力に該当するのであれば、我慢するのではなく、しっかりと対処していく必要があります。
嫌な思いをする、暴力を受けることのある在宅医療の現場は、とてもきつい労働環境です。例えば利用者に手を払いのけられる、強い口調・命令口調であれこれ文句を言われる、手を握られる、セクシャルな話をされる、このようなことがあると、利用者や家族にどのように対応したらいいかわからない、利用者に関わることが苦痛、担当することがしんどい、もう辞めたい・・このように感じてしまう方は多くおられます。
私たちの業種は、一生懸命に仕事に取り組もうとする方が多くおられます。そして、その方々は頑張りすぎてしまう傾向があります。頑張りすぎて辛くなり、抑うつ状態になってしまう方もおられます。嫌なことが続くと、仕事にやりがいを見出せなくなり、辞めてしまう人も出てくるでしょう。
実際暴力への対応に関する書籍が出ているくらい、暴力は、在宅医療の現場で現在起こっている、重大な問題であることをまず認識しましょうS。
2)なぜ在宅医療の現場で暴力が起きるのか
では次に、なぜそもそも在宅医療の現場で暴力が起きてしまうのか、ということについてご説明します。
まず、最初に利用者と支援者の関係を整理してみました。
通常、利用者と支援者は、契約上の社会的な人間関係にあります。そして両者の健全な関係では、社会的な人間関係は対等な立場にあります。
支援者は、利用者の安寧の促進への思いをもち、支援を行います。そしてその支援に対して、利用者は診療報酬を支払います。また利用者が感謝してくれると、支援者はとても前向きな気持ちになることができます。このような関係性が構築されていると、「訪問看護師をやっていてよかった」「ケアマネやっていてよかった」と、やりがいを感じるようになり、より良いケアを提供できるようになります。
このような健全な関係で仕事ができている人がほとんどではないかと思いますが、一部関係性のバランスが悪くなっている人がおられるかもしれません。
利用者と支援者の不健全な関係では、利用者の方が上で支援者が下の立場におかれることがあります。
利用者のなかには、「自分の家だから、主導権は自分にある」「サービスだし、お金も払っているんだから、何をいっても平気」「お客様は神様だ」「他の事業所もたくさんあるぞ」と考える方がおられます。さらにもし利用者に不安や精神疾患があると、これらの気持ちが底上げされたり、コントロールが効かなくなったりすることもあります。
他方支援者側は、「信頼関係を築いて良いケアを提供したい」「みんなに平等にケアをしなければ」という倫理観を持っていたり、訪問サービスだと「サービスを利用してくれなくなったらどうしよう」「自分の評価が下がったらどうしよう」と社会的評価が気になったりする方もおられます。
さらに利用者は社会的弱者という前提があるので、「病気でイライラしているのかも」「自分のやり方が悪いのかも」と、自分に問題があると考えてしまう傾向もあります。これは職種の問題でもあります。特に看護職は、自分の内省を促す教育を受けてきた背景があります。また介護や看護の現場は、奉仕の精神に支えられてきたことも影響していると考えています。
原因は様々なものが重なりあっていますが、どうしても利用者と支援者の不健全な関係ができてしまうことがあります。ここで皆さんに知っておいてほしいのは、私たちの職種は、この不健全な関係に陥りやすい職種であるということです。このように理解をしておくことが、まず大切です。
この不健全な関係は、私たちの対応次第でどんどん悪くなってしまうこともあります。つまり、個人に対する相手の行為がエスカレートしてしまうこともあります。したがって、利用者や家族が暴力的な行為をされる場合、個人で対応するのではなく、しっかりと組織として対応する必要があると考えています。
3)在宅医療の現場における暴力・ハラスメントの実態
ここで、在宅医療の現場に発生している暴力やハラスメントに関する研究データをご紹介します。
関西医科大学で、暴力や暴力の予防に関する研究をされている三木明子先生がされた、訪問看護師や介護員に対する暴力の実態調査によりますと、身体的暴力を受けたことがあると回答した方は全体の33.3%、また身体的・精神的暴力、性的嫌がらせなど全ての暴力を合わせると、全体の50.3%の方が、何らの暴力を経験したことがあると回答しておられました。
次に5年ほど前に、全国訪問看護事業協会が行った調査結果をご紹介します。この調査では、過去1年間と全業務期間の2つの期間において、どのような暴力を経験したか調べていますが、どちらの期間においても、精神的暴力を受けたことがあると回答された方が最も多くなっていました。特に全業務期間における精神的暴力を受けた方は52.7%もおられました。また全業務期間において、身体的暴力は45.1%、セクシャルハウスメントは48.4%と、ほぼ半数の方がこれらの暴力を受けておられました。この調査は全国規模で行われた調査ですので、もしかするとこの調査に回答された方がおられるかもしれません。私も、自分が経験した暴力事例について、この調査時に情報を提供させていただきました。
このように在宅医療の現場では、非常に多くの方が暴力を受けておられることがお分かり頂けたかと思います。ただ先ほども申し上げたように、ご自身のなかで暴力の定義が曖昧になっていると、暴力を暴力として認識されていない可能性がありますので、実際の率はもっと高いのではないかと考えています。いずれにしても、多くの方が暴力を受けていることは事実ですので、在宅医療の現場で働く私たちは、暴力を受けるリスクがあることを認識してください。
4)暴力事例
それでは在宅医療の現場で、具体的にどのような暴力が起こっているのか、私自身が経験した事例をご紹介します。
・包丁持ち出されて叫ばれた
・灰皿を投げられた
・机をドンと叩かれ、「帰れ!」と言われた
・テーブルをひっくり返された
・「下手くそ!代われ!」と言われた
・「殺すぞ、このやろう!」と言われた
・「今すぐ来ないと役所に連絡するぞ。お前ら終わりだからな」と電話がかかってきた
・訪問時アダルトビデオが流された
・アダルトな本が見えるように置かれていた
・手を触られた
・抱きつかれた
私自身が精神科訪問看護に携わっていたことも影響していると思いますが、暴力は日常茶飯事でした。よくもこんなにひどい暴力を受けたものだと思いますが、私が暴力対応について勉強する前は、このような暴力を受けても、「利用者は具合が悪いから仕方がない」「自分の対応が悪かったからかもしれない」「これくらいはうまくかわすのがプロ」「こんなことを気にしていたら、仕事はできない」などと思っていました。
でも心の底では、「嫌だな」「我慢しないといけないのかな」「どうして私がこんな目に合わないといけないの?」とも思っていました。
実際、暴力を受けたことのある方は、私のように複雑な思いを抱いた方もおられるのではないかと思います。
ただ最近は世間を騒がせるような事件があったこともあり、利用者やその家族の暴力に対する捉え方も変わってきているように思います。以前は、利用者の暴力について議論すると、懸念を示す方がおられましたが、最近は「在宅ケアハラ」という新しい言葉もでてきており、在宅医療の現場で発生している暴力について、組織としてしっかりと対応する機運が生まれています。
5)暴力の定義
続けて暴力の定義について、お話をいたします。
暴力を定義することは、非常に大切です。それは、やはり各個人で暴力に対する感じ方が異なりますので、組織として暴力対応を検討する際、暴力を定義しておかないと、議論がずれていってしまうからです。皆さんの所属する組織で暴力対応について協議される場合は、必ず暴力を定義しておき、スタッフ間の認識を擦り合わせておくことをおすすめします。
これから紹介する暴力の定義は、日本看護協会が提示しているものや、書籍のなかで紹介されているものです。従って、認識に大きなズレがあるものではないと思います。
まず暴力とは、「危害を加える要素を持った行動で承認できないと判断される、すべての脅威を与える行為」と言われています。
身体的暴力とは、「身体的な力を使って危害を及ぼす行為」であり、刑法上罪に問われるとしたら、暴行罪や傷害罪にあたります。刑法なんて大袈裟な、と思われるかもしれませんが、実際暴力とはこのような罪に問われるものであることを、皆さんに認識していただきたく、挙げさせていただきました。
実際の例として、
・手を払いのける
・つねる、唾を吐く
・殴る、蹴る、叩く、突く
・噛む、ひっかく
・首を絞める
・物を投げる
・服を引きちぎる
・包丁向ける
などがあります。実際に体に傷がつかなくても、一歩間違えば怪我をしていた場合も、身体的暴力に相当します。身体的暴力は目に見える行為ですので、わかりやすいかと思います。
また精神的暴力とは、「個人の尊厳や価値を言葉によって傷つけたり、脅迫したり、過大な要求をしたり、名誉毀損や侮辱など、敬意の欠如を示す行為」と定義されます。刑法では、名誉棄損罪や侮辱罪、脅迫罪が該当します。
実際の例として、
・大声を発する、怒鳴る
・能力がないと言う
・容姿や体型について不快な言葉を言う
・威圧的な態度で文句を言い続ける
・理不尽なサービスを要求する
・苦情の電話を長時間かけ続ける
などがあります。
セクシャルハラスメントは、「意に沿わない性的な誘い掛けや、行為者に対する好意的態度の要求等、性的な嫌がらせや相手の望まない性的な言動全ての行為」と定義されます。刑法では、強制性交等罪、強制わいせつ罪、名誉棄損罪、侮辱罪が該当します。
実際の例として、
・手を握る
・体に触れる
・抱きしめる
・卑猥な話をする
・裸で待っている、性器を見せる
・訪問中にアダルトビデオ見せる、ポルノ雑誌を見せるように置く
・特定の訪問看護師等を指定し、卑猥な言動を繰り返す
などがあります。
なおセクシャルハラスメントは、女性が受けることが多いと思われるかと思いますが、最近は男性の支援者がセクハラを受けた話を聞くようになっています。従って、性別は関係なく、このような行為はセクシャルハラスメントに該当することを認識しておいてください。
その他、中々分類しづらいものをご紹介します。
悪質クレームやストーカー行為です。セクハラ、精神的暴力と関連する場合もあります。これらは脅迫罪、恐喝罪、ストーカー行為罪が該当します。
実際の例として、
・インターネットに誹謗中傷の評価を掲載する
・理不尽な苦情を申し立てて業務に支障が出る
・特定の職員に個人的な相談をしてくる
・ケアを録画、録音している
・担当の写真を撮る
などがあります。
6)在宅現場における暴力事件(訪問看護・訪問診療・ヘルパー等)
次に、メディアで報道された大きな事件を見ていきます。
2013年に兵庫県神戸市で、利用者の家族がお茶に薬物を混入し、看護師が意識障害で入院した事件がありました。新聞等で大きく取り上げられましたので、知っている方も多くおられるかと思います。
この事件があったこともあり、神戸市では在宅の現場における暴力対策に、早くから取り組んできました。また地域柄暴力団が多いこともあり、兵庫県看護協会も、早くから訪問看護の現場における暴力に対応してきました。
2019年に兵庫県神戸市では、38歳の訪問看護師の女性に、睡眠薬のようなものをスープに混ぜて飲ませ、胸を触るなどわいせつな行為し、逮捕された事件がありました。また同年大阪府大阪市では、53歳の利用者が70歳の介護ヘルパーに暴行を加え、ヘルパーが死亡した事件もありました。
2021年に埼玉県ふじみ野市の訪問先の住宅で、散弾銃で医師が撃たれ死亡された事件がありました。また同行していた理学療法士の男性も大怪我を負っています。この事件以降、埼玉県でも積極的に暴力対策が進められており、先日ふじみ野市では地域の医療と看護を守るための条例が施行されたとも聞いています。また在宅医療における暴力に関する相談センターも設置されたそうです。
2021年に大阪府大阪市の心療内科・精神科の医療機関「西梅田心のクリニック」で起きた、犠牲者計25人を出した放火事件も大きく報道で取り上げられました。この事件は在宅の現場で起きた事件ではありませんが、利用者が事業所に乗り込んできて、同様の事件を起こす可能性もありますので、ここでご紹介させていただきました。
また今年、2023年に埼玉県川口市では、60歳の息子が、実母の診療のため自宅を訪れていた40代の女性医師と30代の女性看護師を脅迫し、通路を塞いで監禁した事件もありました。
今回は報道された事件をご紹介しましたが、実際はこのほかにも、小さな事件はたくさん起こっています。このような事件は、決して対岸の火事ではなく、いつ私たちの在宅医療の現場で発生するかわかりません。従って、私たちはしっかりと準備をしておく必要があります。
なお先ほど兵庫県看護協会が在宅医療の現場における暴力への対策を始めていることをご紹介しましたが、そのほかにも全国訪問看護事業協会や厚生労働省も、2017年頃から対策を始めています。5年ほど経過して、ようやく「暴力はダメ」ということが、十分に浸透してきているように思います。これは裏を返せば、5年前までは、「暴力はダメ」と言えない職場環境であったとも言えます。
7)暴力に対する基本的考え方
暴力に対してさまざまな動きがありますが、在宅の現場・地域では、暴力に対するゼロトレランスポリシー、つまり暴力に対する非寛容=毅然たる対応方針が必要です。毅然たる対応をすることが、次の暴力を防ぐことにもつながっていきます。
暴力対策は、ひとつの事業所が頑張って取り組んでも十分な効果が得られません。地域全体で、暴力はダメであることを主張する必要があります。というのも、利用者はひとつの事業所でうまくいかなければ、事業所を違うところに変えることができます。そして前の事業所で発生したトラブルは、そのままうやむやになってしまいます。そうすると、暴力を受けた事業所、新しい事業所を探すケアマネージャーさんは、辛い思いをすることになってしまいます。このような事態は避けられるようにする必要があり、利用者には不適切な行為、改めていただく必要のある行為を伝えることも重要です。そうすることで、利用者の方も地域社会のなかで、継続して社会生活を送ることができるようになります。そのためにも地域全体で一丸となって、暴力はダメであることを伝えていく必要があります。
なお暴力防止を実現するために、無料でダウンロードできるポスターの活用も検討すると良いでしょう。例えば関西医科大学の三木先生たちが医療機関向けに作られたポスターなどは、「STOP!暴力・暴言・迷惑行為」と書かれおり、説明文のなかに暴力防止に必要な要素が全て盛り込まれています。このようなポスターは、職員の意識を変えることにもつながります。暴力を受けても、「利用者の体調が悪かっただけ」「悪かったのは自分」と思いがちな、暴力に対して慣れてしまっている医療関係者が、暴力は絶対にダメである、そう考えるきっかけにもなります。ちなみにホウカンTOKYOでは、建物に入ってすぐの目立つところに、暴力防止を訴えるポスターを貼っています。
(https://www.kmu.ac.jp/faculty/fon/field/topics/seishinkango/index.html)
また在宅の現場における暴力防止を啓発する、暴力に対して組織がどのように対応すべきか、紹介するポスターもあります。暴力を完全になくすことは無理ですが、暴力による被害を最小限にする組織としての対策を立てることは可能です。訪問看護師が安心して働くことができる環境を作ること、また在宅ケアの現場での暴力・ハラスメントへの対応を個人に任せるのではなく、組織としての対応方法を決めておくことを提案するポスターもあります。個人として暴力はダメ、という意識を持ちつつ、ひとりで抱え込まないようにすること、組織として暴力に対応することが重要です。
(https://www.miki-kmu.com/poster/)
8)暴力・ハラスメント対応への取り組み
それでは次に、具体的に暴力・ハラスメントにはどう対応すると良いのかについて、お話をします。
その基本は、予防、発生時対応、発生後対応の3つになります。これらについて、その詳細を事業所内でマニュアルにしておくのが良いでしょう。その内容について、簡単に紹介します。
予防
・組織トップの暴力防止に向けた明確な方針(暴力は絶対に許さない、スタッフの安全を守るなど)
組織のトップが、少しでも暴力を許容する考えを持っていると、組織の暴力対策はうまくいかない。
・組織の安全文化・風土作り(暴力の価値基準)
暴力を許さない、職員を守る組織の文化作りが重要。管理職に暴力対策研修を受けてもらうことも有効ですし、暴力を受けた職員の辛さを共有する機会を設けることも風土作りにつながる。
・暴力予防のための社内規定の決定と遵守
飲み物に薬物を混入された事件を紹介したが、事業所内で「利用者から提供された飲食物は頂かない」という規定を作っておけば、防ぐことができた。暴力リスクのある家庭を訪問する際は、必ず2名体制で訪問するなど、暴力予防につながる社内規定を作ることも有用。
・暴力対応研修、訓練の実施
マニュアルがある事業所では、マニュアルについて学ぶことが暴力対応研修になる。新人は経験のある人よりも暴力に遭いやすいので、入職時研修に暴力対応研修を組み込むのも良い。
暴力発生時対応
・暴力対応マニュアルの暴力発生時対応フォローに沿って、あらかじめ決められた対応を取る
暴力発生後対応
暴力対応マニュアルの組織対応フロー(管理職対応フロー) に沿って、組織として対応する
9)暴力発生時対応例
実際に暴力が発生した時の対応例をご紹介します。
身体的暴力発生時の対応
■叩く、物を投げる利用者への対応
訪問時、血圧測定していると「痛い」と言い、そばにあったティッシュペーパーの箱をつかんで看護師をたたく行為あり。「お前が悪いんだ」と声を荒らげ、ティッシュペーパーの箱を投げつける行為もあり。
おそらく血圧を測定した際に、腕が締め付けられ、痛みを感じられたのではないかと思います。しかし、だからと言ってこのような暴力行為は許されません。
このような事例への対応ですが、ティッシュペーパーの箱であれば大きな怪我をすることはないと思うかもしれませんが、その後刃物を投げられることもあり得ます。したがって、しっかりと対応する必要があります。
具体的には、
・まずは自分を守るために、暴力を受けない物理的距離を取る
・「危ないのでやめてください!」と言う
・やめない場合は、安全を優先するために訪問を中止する
・特に興奮していると収まりがつかないので、いったん訪問を中止し、時間をあけ、人を変えることも考えます
・利用者宅から離れ、上長に報告する
などがあります。
ここでのポイントは、以下の通りです。
・危険だと判断した時はすぐに避難する
・暴力リスクの高いお宅へは、モバイルセキュリティー機器を携帯することを考える
次に、暴言を吐かれた時の対応についてです。
■暴言を言い始めた利用者への対応
訪問すると、最初は不機嫌そうだったが、徐々に声が大きくなり、「お前はバカか!」と怒鳴り始めた。
このような事例は、最初は暴言でも徐々にエスカレートして、暴力に発展したり、長時間の拘束につながったりすることもあります。
具体的な対応例としては、
・「大声を出すことをやめてください」と言い、物理的距離を取る
・やめない場合は、「このような状態ではケアはできませんので帰ります」と言い、訪問を中止する
・利用者宅から離れ、上長へ報告する(なかなか利用者宅から離れられない時は、「電話をかける必要がある」などの理由をつけて、外に出ると良い)
などがあります。
ここでのポイントは、以下の通りです。
・身の危険を感じたらすぐに逃げる
・モバイルセキュリティー機器を携帯する
・暴言のエスカレーション防止するスキル:場所を変える、時間を変える、人を変える
次に、セクハラ発生時の対応です。
■二の腕を触ってきた利用者への対応
血圧測っていたところ、「若いっていいね」と二の腕を触り始めた。
これはよくある話で、ここまでいかなくても、さりげなく腕を触られることもあるでしょう。これもセクハラにあたります。
具体的な対応例としては、
・「やめてください」と言って、触られない物理的距離を取る
・距離をとっても近づいてくる場合、止めない場合は訪問を中止する
・利用者宅から離れ、上長へ報告する
などがあります。
ここでのポイントは、以下の通りです。
・笑ってごまかすことをしない
笑ってごまかすことは、絶対にしてはいけません。
・毅然とした態度を取る
・セクハラ言動に関しては、「不快なのでそのようなことは言うのはやめてください」とはっきりと伝える
このように言うと、相手は「そんなつもりはない、自意識過剰だ」と反論するかもしれませんが、自分が感じたことは事実ですので、しっかりと伝えるようにしましょう。また優しく「やめください」と伝えると、自分に好意があると誤解をする人もいますので、毅然とした態度ではっきりと伝えることが大事です。
セクハラ言動は、どんどんと過激になることがあります。ご自身が「あれ?」と思うことがあれば、エスカレートする前に、はっきりと伝えるようにしましょう。
10)暴力発生後組織対応例
次は、暴力が発生した後の組織としての対応についてご紹介します。
ここで重要なことは、暴力を受けた被害者が動くのではなく、組織として、上長や管理職が対応することです。
具体的な対応例として、次のようなものがあります。
・被害者・状況確認:被害者の状況を把握し、必要に応じて対処する(被害者の受診、休息)
・事実確認:暴力の事実を確認するために、利用者に状況を確認することもある
・事業所内での対応検討:暴力行為の情報を共有し、事業所内で対応策を検討する(暴力のあった利用者には複数名で関わるなど)
・暴力について利用者に説明:利用者が暴力を認識しないときもあるため、利用者の行為は暴力に値すること、暴力行為が続くことがあれば、支援を継続することが難しいなどを説明する
・(必要に応じて)関係者会議:利用者の現状について共有、対応協議する→他職種も悩んでいることがあるので、情報を共有した上で、関係者で統一した対応をとる。関係者がチームを組んで対応すると、利用者は圧力を感じることもあり、暴力が減っていくことも多くあります。
このような流れで暴力に対応していきます。これを組織として行うことが大切です。
最後に、引用参考文献をご紹介しておきますが、特に
三木明子監修、全国訪問看護事業協会編
「訪問看護・介護事業所必携!暴力ハラスメントの予防と対応〜スタッフが安心・安全に働くために」(メディカ出版2019年)は事例も多く紹介されており、非常に参考になります。
今日の話は短い時間でしたので、基礎的な内容が中心になっていますが、少しでもみなさまのお役に立つことができたのであれば幸いです。なお弊社では、暴力・ハラスメント対応研修や事業所マニュアル作成支援なども提供していますので、関心のある方はぜひご連絡をください。
ご清聴ありがとうございました。
11) Q & A
今後の予定につきましては下記リンクよりご確認ください。
医療職・介護職・福祉職の方であればどなたでもご参加いただけます。
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