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道東男子の非日常(2)ドリカムみたいなステキな3人組にカツアゲされた話

DREAMS COME TRUEって、いつの間に2人になったのか。
ドリームズさんとカムさんだけになってる…….トゥルーさん、どこ消えた?
音更おとふけの人、何かやらかして後ろのほうに隠れて演奏してたんじゃなかったのか。
男2人女1人をドリカム状態って言えなくなったんだが……。
(いいタイトルが思いつかないのでこのまま続けます)

1980年代の始めごろ。
私は北海道港町で高校生をしていた。
校内暴力や学級崩壊、過酷ないじめで教育現場が荒れに荒れるのは、少しあとの話になる。
のちに「スクールカースト」と呼ばれることになる学校内、学級内の階層化、階級化のようなものも、それほど強くはなかった。
オタク」という種族もまだ生まれていなかった。
学生たちはそれぞれ様々な趣味にはまり、様々な属性を帯びてはいたが、みんなゆるーく「サブカルチャー」という輪でつながっていた。
私が属していたグループは、漫画、アニメ、スポーツ、音楽、深夜ラジオ……若者文化全般に興味を持つ割とバランスのいい仲間が集まっていた。
それでも鉄道やミリタリー、カメラ、オーディオなどの専門的な話になると、門外漢には何のことやらさっぱり。
奥の深い話が終わるまで蚊帳の外で待つしかなかったが、別に気にはしなかった。

当時、大人気だったTVアニメ『機動戦士ガンダム』が映画化され、街で閉鎖されていた映画館が三日間だけ営業を再開、急遽『ガンダム』劇場版3部作を上映したことがある。
館内へ入ると、根っからのアニメファンもいたが、そこには野球部もスキー部も演劇部も吹奏楽部もいた。
今でいう「陰キャ」も「陽キャ」も、「リア充」カップルも「非モテ」集団も勢ぞろいして、田舎町で久々のビッグイベントに浮かれていた。
そんな感じで、みんなざっくりと同じ文化を享受していた。

ただ若者たちの間にも、乗り越えられない壁のようなものはあって、それはツッパリとそれ以外の間にあった。

ツッパリ……かつては「不良」と呼ばれていたものだが、それがなめ猫グッズや横浜銀蝿の「ツッパリ High School Rock'n Roll (登校編)」の大ヒットもあって、威圧的で「ケンカ上等」なイメージに「カワイイ」と「おもしろい」がトッピングされて社会現象となっていた。

ツッパリとそうでない者は見た目で区別できる。
典型的なツッパリは、きうちかずひろの漫画『ビー・バップ・ハイスクール』を読むとわかる。
ファッションは、中ランセミ短ランなどの変形学生服。
ヘアースタイルは、リーゼントオールバックサイドバックアイパーのいずれか。
横から見て髪が「」か「」になっていたら、それはツッパリ。遠目だと学生服にハンチング帽をかぶった人に見えるかもしれないが、そういう髪型なのだ。
道東の港町では、さすがに応援団みたいな長ランやコテコテのパンチパーマを見ることはできなかったが、漫画のような人たちが本当に校内にいたのである。

私の母校はマジメな人が多いせいか、ツッパリは各クラスに5、6人といったところ。それも根性の入った強烈な人はごく少数だった。
ツッパリは休み時間に他のクラスのツッパリたちと、教室の後ろのほうで何やらワルそうな話をしていた。バイクやロックや「ハクい」女子学生の話をしていたのかもしれない。
私たちは私たちで「ビートたけしのオールナイトニッポン」や「伝説巨神イデオン」の話をしていた。

私個人に対する一部の不穏な動き(あとで記す)を除けば、母校はおおむね平和だった。
ツッパリとの異文化交流もないが、異文化抗争もなかった。
喫煙や暴力沙汰で停学、退学処分もあったと思うが、寡聞にして私は知らない。
幸いなことに母校の学生服は学園の戦闘服ではなく、学園の学生服だった。

***************************

高校一年の秋の日に行われた、学校祭
この年は、三年に一度行われる「仮装行列」の年に当たっていた。各組がそれぞれのテーマで仮装をして、街の商店街をパレードするのだ。
お祭りムードの仮装行列が続く中で、私のクラスは一年生ながら、前衛的で革新的な担任教師の思想的誘導によって意識の高すぎる仮装(テーマが日米安保)をしてしまい、見物していた市民を大いに困惑させた。
採点の結果は、18組中18位。ダントツの最下位であった。
当時のクラスメイトの中には、これがトラウマになって翼が右へ傾いてしまった人もいるほどだ。

学校祭、三日目。
すべての日程を終え、私は友人Iと二人で家路についていた。
仮装行列は散々だったが、高校に入って初めての文化的な催しはそれなりに楽しいものだった。
音楽好きでオーディオに詳しいIと、YMOシステムコンポーネントの話をしていたとき、道路の反対側から声がした。
おーい、ちょっと!
学生服の男子が二名、女子が一名、こちらを見ている。母校の女子と制服が違うので他校の学生たちだとわかった。
何か用だろうか?
学校祭最終日の今日は、バザーや展示の日だった。父兄など一般客や他校の学生も来校していたので、この三人も祭りを見物した帰りだろうと思った。
おーい、こっちこっち……
三人は道路の反対側からしきりに手招きしている。
ちょうど帰り道もそちらだったので、私とIは特に疑うこともなく横断歩道を渡って、彼らのいる側へ向かった。

うかつだった。
夕暮れでよく見えなかったのだが、そばへ来てから気づいた。
彼らはツッパリのドリカムだったのだ。
男子二人は、それぞれ中ランの変形学生服。一人は、深く剃り込みの入ったリーゼント。もう一人は、あまり特徴はないが軽くパーマをかけているようだ。
女子は、きついパーマのかかった前髪で完全に目が隠れている。スカートも足首近くまでの超ロング

お前ら、〇高だべ?」リーゼント頭の男子が言った。
「そうだけど」
そうだけど、だ? とぼけてんのか? こら?
「いえ、別に何も……」
ツッパリが何の用だろうか?
悪い予感しかしない。
オレたち、腹減ってんだよ」今度はパーマ頭の男子が言った。
何かおごってくれや
……おごる?
……何で?
展開が急すぎて、ついていけない。初対面の人におごる習慣はないが、どうするんだろう、こんな場合。
金出せって言ってんだよ。持ってんだろう?
パーマ頭がドスの効いた声で言った。
「ええ、まあ」
財布、見せろよ。なんぼ(いくら)持ってんだ? あ?」リーゼントの声は甲高かった。
「ええと、今日はあまり持ってないかな」
じゃあ、見せてみろよ」とパーマ。
「え、でも」
でもじゃねえよ! さっさと出せ! こら!」とリーゼント。
土佐犬チワワに交互に吠えられているような感じだ。
リーゼントは私に詰め寄ると、早く金出せよ、オラオラオラとヒザで小突いてきた。口調と髪型は確かにツッパリなのだが、妙に声が高いせいか威圧感がない。
加えて、リーゼントはひょろひょろに痩せていた。ヤンキー漫画『カメレオン』の主人公をびょーんと縦に伸ばした感じだろうか。頭だけやけに大きく見えて、ちょっと滑稽な感じさえした。
こら。調子こいてんじゃねえぞ。早く出せよ
「痛い。痛いから、やめろ、やめて……」
今ひとつ迫力に欠けるリーゼントのヒザ蹴りをガードしながら、友人Ⅰのほうを振り返ると、彼も同じようにパーマのツッパリに攻められていた。
こら、やるか? やるのか? こら……
パーマはIの胸ぐらをつかんでドスの効いた声で脅している。
「ぼ、暴力はやめましょうよ、暴力は……」
気丈なIは、無抵抗のまま必死に説得を試みている。
少し離れたところから、それを眺めているスケバン風の女子。彼女は、退屈そうにタバコをふかしていた。
そうか……私は理解した。
これが、カツアゲだ。

リーゼントのヒザ蹴りは続いていた。
私は攻撃をガードしながら、考えていた。
財布の中には確か千円札が一枚だけ入っている。今月の小遣いの残りだ。
それを渡せばカツアゲは終わるのだろう。
だが、こんな奴らに金を渡すのは納得がいかない。悔しすぎる。
たぶんこの中で、私が一番足が速いはずだ。
タイミングを計ってダッシュすれば、逃げられるだろう。
だが、友人Iがいる。彼をこの場に一人残していくわけにはいかない。
……どうする?
……戦うか?
……戦えるか?
ツッパリを相手に。
リーゼントは弱そうだ。
もう一人のパーマは普通の体格だ。
2対2。
リーゼントはIにまかせて、自分はパーマをやるか。
まず、リーゼントに一発食らわせて、パーマに飛びかかればなんとかなりそうな気もする。
問題はI。
彼はいっしょに戦ってくれるだろうか?
友人Iの愛読書は野坂昭如のさかあきゆきの「火垂ほたるの墓」と「戦争童話集」だった。
反戦平和非武装で有名な作家だ。パーティーで映画監督をぶん殴るのはもっと後の話である。
どうした? やるのか、こら
リーゼントが私の胸ぐらをつかんで揺さぶっていた。
「わかった」
じゃあ、早く金出せよ
「金は出さない」
何だお前、ふざけてんのか。やるのか、こら
「うん」覚悟を決めて私は言った。「やろう」
何言ってんだ、お前」リーゼントが聞き返した。「やるのか?
「ああ。やる」
一瞬、リーゼントの動きが止まり、ポカンとした顔になった。
おい。こいつ、やるって
リーゼントがパーマに呼びかけた。
え? やる?」Iを脅していたパーマも、動きを止めた。
心臓はバクバク言っていたが、もう引き下がれない。
「やるから」私はIに向かって言った。「いいよな?」
急に振られたIは、眼鏡の奥の目を丸くしている。
(えっ、ちょっと待って)
Iは無言のままだが、その目は何か言いたそうだった。
(やるって、戦うの?)
(そうだ)私も目で語りかけた。
(オレもか⁉)
(もちろん)
(えええっ‼‼‼)
びっくりしているが、やってもらうしかない。
「ここじゃ目立つから……」
私は恐怖と興奮を抑えて静かに言った。
「……あっちへ行こう」
ここは幹線道路のすぐ脇で、走る車も多い。やるなら住宅街の暗がりのほうだ。
そうか、やるのかよ。いいよ、やるならやるで……
リーゼントのセリフは心なしか上ずっていた。ツッパリたちにとっても、これはまさかの展開なのかもしれない。
私は、横目でスケバン風女子をにらんだ。
この女子、自分はこの件に関係ないかのようにただタバコを吸っているだけなのだが、ときどきダルそうに「何やってんのよぉ」とか「早くやっちゃいなよぉ」とかつぶやいているのが、また腹が立つ。
二人をやっつけて、この女子に一発ビンタを食らわせるまで、すでに頭の中でシミュレーションは済んでいた。
この時代、男女平等パンチという概念はまだなかったが、やる以上はお前もタダでは帰さないぞと思った。

本当にやるんだな? わかったよ。やろうぜ。向こうへ行ってやろう。やってやるよ……
お前ら、焼き入れてやるからな……
ツッパリたちの口数が多くなったのは、内心の焦りを隠すためなのだろうか。
リーゼントは馬鹿にしたような半笑いを浮かべているのだが、その目には余裕が感じられない。見た目のとおり、腕力に自信がないのだ。こいつは弱い。
パーマの実力はわからない。よく見ると、身長はそれほどないが、姿勢がよく締まった体をしている。もしかすると、強いのかもしれない。
しかし、実力がわからないのは向こうも同じだ。急に私がやる気になったため、二人とも動揺している。
(これは勝てる!)
自分の手もぶるぶる震えているのは棚に上げ、私はそう確信していた。

私たちが戦いの場である暗がりへ向かって歩きかけたときだった。
一台の車がスーッとやってきて、私たちの前で停車した。
窓が開き、ドライバーが顔を出した。
「おい、何やってんだ?」
二十歳くらいの男性だった。
ツッパリたちが「あっ」と叫んで、急にシャキッ直立不動になっていた。
「あれ? お前たち、カツアゲとかやってないよな?」
「いえ、○○さん。ちょっと話していただけです」
「本当?」男性はニコニコしながら、ツッパリたちと私たちを見比べている。
「話してたんだよな? な?」リーゼントが私に言った。
話していたのは本当だ。かなり蹴られもしたけど。
「ならいいけど」と男性。「もう遅いから早く帰れ」
はい、わかりました
ツッパリたちに見送られて、男性の車は去っていった。
どうもツッパリたちの高校の卒業生らしかった。
失敗した。
男性に、「今こいつらにカツアゲされています!」と訴えるべきだったのかもしれない。すっかり戦闘モードに入っていたため、そこまで気が回らなかった。
状況は変わらない。
やるしかないようだ。
私は気合を入れ直して、また暗がりへ向かって歩きかけた。
待てよ。お前ら、Tさん知ってるよな?
唐突にリーゼントが、そう言い出した。
Tさんに話して、お前らに焼き入れてもらうぞ
私の足が止まった。
いいのか? おい、Tさんだぞ
Tなら、知っている。
うちの高校の先輩だ。三年生で、学校一のツッパリだった。いつも数名でつるんで、街や校内を肩で風を切って歩いていた。
リーゼントめ、汚い手を使う。
うちの高校の番長格の名前を出して脅すとは、急に知恵をつけたものだ。
今度は、私が困る番だった。
というのも、私はすでに学校でTのグループから目をつけられていたからだ。

どういうわけか、私はTのグループと擦れ違うたびに、「チッ」と舌打ちされたり、にらまれたりするのだった。
Tたちは、私を見つけると擦れ違うまで、ずっと見ていた。いわゆる「ガンを飛ばす」とか「メンチを切る」というやつだった。
私は彼らの視線に気づかないふりをしたまま、黙って通り過ぎるしかなかった。
一年生でそんなことをされているのは、私だけだ。
まったく理由がわからない。
ツッパリでも何でもない一年坊主に、番長グループがなぜ敵意を向けるのか、さっぱりだった
何で毎回舌打ちするんですか? と本人に聞いてみたかった。
ただ一度だけ擦れ違いざまに、彼らの会話を聞いたことがある。
あいつか……
ふてぶてしい顔をしているな……
そんな声が漏れ聞こえた
えー、どうして?
よく見てくれ。 
普通の顔だよ。
眉も剃ってないし、ポマードもグリースも塗っていない。
学生服も普通の長さだし、ただ歩いているだけなのに、本当に不思議だった。
それともツッパリを刺激する何かが、知らないうちに私の体から出ているのだろうか。
気、とか、オーラ、とか。(

ともかく、Tの名前を出されたことで、パンパンにみなぎっていた私の闘志がシューッと音を立ててしぼんできた。
こんな小物たちとは違って番長ともなれば、その交際範囲は他校のツッパリグループを越えて、闇の勢力まで広がっている恐れがある。
港町には密漁船売春組織の噂や、飲食店を回ってカニを安く売りさばく謎のロシア人船員も入り込んでいた。そんな裏社会を敵にしてまで、ツッパリと戦う理由が今の自分にあるのだろうか……。
(当時、十五歳の少年の世界観です)
ためらう理由は他にもあった。
親のことだ。
親は、この街である仕事を始めたばかりで経営はまだ軌道に乗っていなかった。私の軽率な行動で、闇の勢力からどんな嫌がらせをされるかわかったものではない。
こんなくだらないことで、親に迷惑をかけることだけは避けたかった。
どうした? やるんだろう? 早く向こうへ行こうぜ
こちらの戦意喪失が伝わったのだろう。リーゼントの態度が大きくなった。
「わかった。払うよ。払います」
私はポケットから財布を出した。
何だよ、やらないのかよ」とリーゼント。「こっちは、やってもいいんだぞ
嘘をつけリーゼント。お前、絶対ホッとしているだろう。
私は思わず舌打ちしたくなったがその唇をかみしめて、財布に一枚だけ入っていた千円札を、リーゼントに渡した。
そうだよ。最初からそうすりゃいいんだ」とパーマ。彼もホッとしたのか、ドスが消えて普通の声になっていた。
友人Iは、じっと黙っている。たぶん彼は金を持ち合わせていないのだ。
ここは、私が出すしかない。
「あの……今月、もうそれしかないんです。悪いけど、半分だけにしてくれませんか」
私は土壇場で交渉を始めていた。
本当にそれしかないので、全部取られてしまうと月末までパン牛乳も買えなくなるのだった。
え、半分? 五〇〇円返せってか?」とリーゼント。
面倒くせえな、おい」パーマが呆れたように言った。

ちょっと離れたところで、ツッパリたちは相談を始めた。
「……誰か金持ってるか?」
「持ってないよ、あたし……」
「オレも……」
「……どうするべか?」
私とIをジロジロにらみながら、ツッパリたちの話し合いが続いた。
しょうがねえな。五〇〇円だけにしてやるよ」とリーゼント。「そこで、ちょっと待ってろ
スケバン女子が千円札を持って、近くの「××商店」のほうへ走っていった。
しばらくして彼女はカップラーメンを三つ買って戻ってきた。
はい、おつり
スケバン女子が私の手のひらに百円玉を落とした。
百円玉は全部で7個あった。
消費税のまだない時代、カップ麺はだいたい一個百円だった。
もしかして、私がまたやる気になったら面倒だと思い、多めに返してくれたのだろうか。
お前ら、わかってるよな。今日のことは、誰にもチクるんじゃないぞ
今日一番の凄んだ顔でリーゼントが言った。
「チクる? チクるって、何ですか?」
初めて聞く言葉だった。ツッパリ用語は詳しくなかった。
何言ってんだ、お前。チクるったら、チクるだよ。舐めてんのか、お前
「いいえ。本当に知らないんで……」
いいよ、もう」呆れたようにパーマが言った。「早く食おうぜ。ああ、腹減った
じゃあ、最後に名前だけ聞いとくわ
Iは正直に「I」と告げたが、私は何となく嘘をついた。
佐々木です」
Iと佐々木か。ちゃんと、覚えておくからな。いいな。チクったらタダじゃおかないぞ
だから、チクるって何?
もしチクったら、Tさんに言いつけるからな。忘れるなよ
「チクる」の意味がやっとわかった。
なるほど、こちらがチクるとTにチクられるわけか。
この、トラの威を借るリーゼントのキツネめ。

三人は、私がおごってやったカップラーメンを抱えて楽しそうに去っていった。
途中いろいろあったが、一応カツアゲに成功してツッパリの面目も立ったのだから、彼らの勝利だろう。
暗闇の中に、私とIが残された。
こんな不愉快で不名誉な出来事は、函館ラ・サール高に一人だけ落ちた日以来だった。(中学の担任がクラス全員の前で発表して大恥をかかされた)
「今日のことは……誰にも……言うなよ」
私はIに向かって言った。
緊張が解けたのと、悔しいのとで、つい涙声になってしまった。
(ああ、情けない……)


一か月後――――。
カツアゲのショックも癒えて、普段の日常が戻ってきたころだ。
部活を終えて、校舎の玄関を出たところで声をかけられた。
見ると中学のクラスメイトのMだった。剣道着姿で肩に竹刀と防具を担いでいる。
Mの家は近所だが、高校は他校のため会うのは久しぶりだ。
剣道部の合同練習に来たのだという。
Mと話していると、後ろのほうから「あ、お前‼」と大きな声がした。
誰だかわからなかったが、Mと同じく剣道着を着ている。
お前、佐々木って言ったのに、違うじゃねえか!
あのカツアゲパーマのほうだった。
Mが驚いている。
実はIから話が漏れて、Mは同じ高校の奴に私たちがカツアゲされた事実だけは知っていたのだ。ただ、誰がやったのかまではわからなかったようだ。
まさか同じ剣道部員だったとは。
「あいつなの?」Mが小声で聞いてきた。
「うん」
「本当かよ……」
Mは怒っていた。
「焼き入れてやろうか、あいつに」
男気のあるMなら本気でやりそうだ。
「え……いや、もう済んだことだから……」
Mをなだめていると、パーマが近寄ってきた。
この野郎、ホラ吹いたのかよ。お前、佐々木じゃないだろう
一瞬カッと来て、パーマをぶん殴りそうになったが、ここは玄関の前だ。下校する学生たちが笑いながら背後を通り過ぎていく。落ち着け落ち着け……。
それにしても、ツッパリのパーマのくせに剣道部とは驚きだ。健全な精神が宿ってんじゃなかったのかよ。武士道、どこに忘れてきた。
お前、佐々木って言ったのに……
まだ言っている。ほかに何か言うことはないのか。
もう蒸し返してもしょうがない。忘れよう。
私はパーマの肩に手を回した。
「ラーメン、うまかったか?」
私は親しげにパーマと肩を組むと、笑顔でそう言っていたのだった。


大学二年のとき、札幌の街で同じ日に違う場所で2回、暴力団員に因縁をつけられ、一度は組事務所まで連れていかれそうになった。全力疾走で逃げたが、これも不思議な出来事だった。ほかに人は大勢いたのになぜ自分が?
一つ考えられるのは、眼鏡を外して歩いていたことだ。よく見えないので、ヤバい目つきをしていた可能性がある。そういえば、高校でもときどき眼鏡を外していた。これが原因だろうか。
もう一つ、関係ないかもしれないが、私は野良ネコとの相性が悪い。別にネコが嫌いなわけではなく、むしろ好きなほうなのだが、道端で出会うネコはなぜか私を見ると緊張するようだ。野良ネコは私の存在に気がつくと、目を離さずに警戒して、一定の距離まで近づくと決まってパッと逃げ出すのだった。百メートル以上も離れているのに、じっと見られていることがあるので驚いてしまう。
ネコの毛やツッパリの神経を逆なでする電磁波か放射線の類が体から出ていないといいのだが……。


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