特集#2 保育視点から捉えなおす、「デザイン思考」の本質。〜後篇〜
「集団を上手にまとめることに価値を置くのではなく、一人ひとりに寄り添うような『個別性』を大切にしたい」。
そう話す、くらき永田保育園園長 鈴木八朗さん。
前編では、前職(母子生活支援施設)の経験を活かした保育園づくりや、「子どもの視点」と「大人(保育者)の主観」のズレを埋めるためにデザインを活用し始めた、という経緯についてお話をお聞きしました。
後編では、実際に保育園の中でどのようにデザインが活用されているのか、そこでどんなことが起きているのか、実例を交えながら話していただきました。
保育室の「タテ」と「ヨコ」。
子どもたちの行動をつくる環境デザインの仕組み。
ーー子どもの行動を大人の主観でジャッジしないというのは、デザイン的に言うと「ユーザー視点」に立って考えるということですね。大人たちが当たり前と思っている現実を、子どもたちの視点に立って捉え直してみた。そして「子どもたちとの関わり方」を変えていくために、保育環境をデザインしていったということですか?
八朗園長:そうです。環境デザインで言えば、保育室を観察していて「タテ」と「ヨコ」のラインがあることに気がつきました。
「タテ」のラインというのは、たとえばロッカーや本棚、衝立によって生まれる空間上の「区切り」のこと。「ここから先はお昼寝するスペースだよ」「入ってはいけない場所だよ」というメッセージを持たせることができます。
「ヨコ」のラインというのは、たとえばマットやテーブルなどの平面を作る機能のことで、その平面には「人を集める力」を持たせることができるんです。おもちゃの棚の近くにマットが敷いてあれば子どもたちはマットの上で遊ぶし、テーブルが近くにあればテーブルの上で遊んで、元の場所にお片付けをすることもできます。
「タテ」と「ヨコ」の役割を、子どもたちは無意識に認知しているんですよ。だから、「入っちゃダメ」とか「片づけなさい」って大きな声で言わなくても動いてくれたりするんです。それ自体が良いか悪いかは別として、人は環境に規定されるものなんだなと改めて思いましたね。
ーー環境をデザインすることで、子どもたちの行動をうまく促せるということですか?
八朗園長:はい。ただし、ここにはデザインする側が忘れてはならないことがあります。環境に子どもを合わせるのではなく、子どもの想いや行動に環境を合わせていくという視点です。
「安心感」を生むためにデザインを利用する。
ーーあくまで「人(子ども)」を中心に考えるという、デザイン思考の本質ですね。
八朗園長:その通りです。それをある事例で説明しますね。
うちの園に下肢に障害のある1歳の子(仮にAちゃんと呼びます)がいました。
1歳を過ぎると一人で歩けるようになる時期に入るので、外遊びができるようになっていくのですが、Aちゃんだけはみんなに混じって遊ぶことができない状況でした。
「それでも安全を守りながら、せめてみんなと一緒の時間を過ごさせてあげられないだろうか……」と担任の先生たちが考えたんですね。
その時に、「環境デザイン」の考え方を活用しました。
まず、Aちゃんにとって「広い空間」というのはそれだけで不安に感じるものなので、安心できる空間をつくるためにレジャーシートを敷きました。
そして、動き回っている他の子たちが、Aちゃんの足を踏んだりしないように小さなテーブルをAちゃんの前に置いたんです。
すると、遊んでいた子どもたちがテーブルの周りに集まりはじめました。
これは先ほどお話しした「ヨコ」のラインの効果が表れています。
そして、これは予想していなかったことですが、子どもたちがAちゃんのために花や草、砂を持ってきてくれたりして、いつのまにかコミュニティがそこにできあがったんですよ。
ーーAちゃんが安心できる居場所をデザインしたんですね。
八朗園長:はい。安全面のことだけを考えると「タテ」のライン……つまりAちゃんだけを他の子たちから隔離するという発想になりますが、「ヨコ」のラインでできることがないかと考えると、同じ時間・空間を共有することができるようになります。
そこまでは大成功だったんです。ですが、ここで一つの疑問が提示されます。担任の先生が「このままだとAちゃんはここから出ることができません。どうしたらいいでしょう」と言ったんです。
――と、いいますと?
八朗園長:安心する居場所はつくれたけど、今度はその空間がAちゃんにとっての行動制限になる可能性がでてきたということです。つまり、「ヨコ」のラインだと思っていたものが「タテ」のラインになってしまう。
そこで今度は、もう一つのレジャーシートを細長く折って、Aちゃんが座っているシートに繋げて簡単な道をつくりました。道として認識してくれたら、その上をずり這いで移動してくれるかもしれないと思って。
でもそう簡単にはいかず、道の上を歩くのは他の子たちばかりでした。
「やっぱりだめかな」と思っていたのですが、担任の先生が機転を利かせて道の反対側からAちゃんを呼んだんです。そしたら、Aちゃんは動き出すことができました。
Aちゃんが一歩踏み出せたのは、信頼している先生が道の先に現れたことで、道を渡ったあとの見通しが立ち、「安心感」が持てたから。二人の信頼関係があってこそ起きたことです。
この事例からわかるのは、人の行動を促すには環境のデザインが役立つということ。そして、人が本当の意味で感情を表に出したり、自分の意志で行動したりするためには、その環境のなかに「安心感」が必要だということです。
ーー環境自体が人の行動を促すのではなく、「安心できる環境」によって人は動くことができるということなんですね。
ケンカもデザイン思考で捉えなおす。
「ピーステーブル」によって表出される子どもの気持ち。
――他にはどのような取り組みがあるのでしょうか。
八朗園長:4、5歳児向けの取り組みで「ピーステーブル」というものをデザインしました。これは、子どもたちがケンカになった時や話し合いをしたい時に、自分の気持ちを伝えたり相手の話を聞いたりするためにつくったものです。
――テーブルの真ん中に穴があいていますが、これは?
八朗園長:このテーブルは、おもちゃで遊んだり絵を描いたりする場所ではなく「話し合うための場所なんだ」と子どもたちに認識してもらうために、あえて天板に穴をあけたり変形させたりして、いわゆる「テーブル」としての機能を無くしています。
――なるほど。子どもたちはどうやってこの「ピーステーブル」を使うのでしょうか?
八朗園長:保育園では毎日のように子ども同士のケンカが起こります。大人ってケンカが起きると、仲裁したり、仲直りさせたりしないといけないって反射的に思ってしまうんですよね。でも、それって必要なんだろうか?
子どもたちにもお互いに言いたいことがあったはずなのに、大人の仲裁が入ることでそれが表に出ないまま終わってしまう。それって、言葉になる以前の湧き上がる感情を表出する機会を奪っていることになるんじゃないかなと考えました。
子どもたち同士のケンカが起こる空間に、どうにか大人が介入しないようにできないか……それで考えついたのが「ピーステーブル」です。
ケンカが始まると、普通は保育者がそれぞれの子に話を聞いて「ごめんなさいって謝ろうか」「許してあげてね」と言うように代弁してしまいがちですが、「ピーステーブル」があることで保育者は子どもたちに「じゃあピーステーブルでお話してきて、あとで先生に聞かせてね」って伝えるだけでよくなります。
今ではケンカが始まると、子どもたちの方から「ピーステーブルで話すから、ピースタイム棒(写真参照)ちょうだい」と言ってくるようになりました。
――でも、子どもたちだけでケンカを解決できるんですか?
八朗園長:いやいや、大人が考えるような解決なんて必要ないんですよ。
子どもたちはお互いに「自分がどんな気持ちだったのか」「何を感じたのか」を伝えて、相手の話を聞く、それだけです。当人同士で納得感が生まれることが一番大事で、そこに成功も失敗もありません。
ついさっきまでケンカしていた男の子2人がピーステーブルで主張し合った後、いつのまにか仲よく遊んでることもよくあります。子ども同士の関わりに、必ずしも大人の手助けが必要というわけではないんですよね。
――大人の社会では「解決すること」や「結果」を重要視するのが当たり前なので、とても新鮮なお話でした。「ピーステーブル」という環境によって、子ども同士が思う存分気持ちを言い合える「場」をデザインした。
そしてそれは、大人が介在することのない、子どもたちだけでつくる関係性を尊重する空間にもなっているということなんですね。
保育にもデザインにも決まった正解はない。
終わりなく、子どもたちと向き合い続けていく。
――最後に、くらき永田保育園においてさまざまな取り組みをされてきましたが、これからに向けて何か考えていることはありますか?
八朗園長:お話してきたように心の底から安心できる居場所がないと、子どもの主体性は表れません。それは大人だって同じなんです。
高い能力を持っている人でも、アウェーな場所ではその人らしさは発揮できないじゃないですか。だからまずは「居ていい」「居るだけでいい」とされる環境をつくらないといけない。それは、子どもだけでなく、私たち大人にとっても同じです。
「居ていいんだ」という安心感が生まれると、保育者だって自分らしさを出して働けるようになります。そのためにまずは、デザインの力を借りて「人と人」、「人ともの」の関係が整うように環境をデザインすることを続けていかなくてはいけない。
その一方で、瞬間瞬間に起きる一人ひとりの個別性と向き合うことも忘れてはいけません。一度環境をデザインしたら終わりなのではなく、そのデザインが何のためのものだったのかを振り返る。それを忘れてしまったら、人の個別性を大事にすることはできなくなります。
だから常に、一度つくり上げたものに対しても、検証と試行錯誤を終わりなくやってくっていう感じです。
ーー結果が良くても悪くても一つの過程として捉えていくから、そこに決まった結論や正解はないわけですね。
八朗園長:そうですね。集団の利益だけでなく、個別性を大事にするっていうのは保育園に限ったことではなく、社会においても、絶えずせめぎ合っていなくてはいけないと思うんです。
でも、それって結構忘れられがちで。集団の中で合意形成をする時には、各々が感情を伝え合うような対話ができないとうまくいきません。
ただ仮にそうできたとしても、そこにわかりやすい正解なんかないし、面倒くさい作業でもあるんです。
結局のところ、毎回グダグダ話し合うしかないんじゃないかなと思います。そうやって泥臭くやっていく中で、合意形成していかないといけない。そうしないと形だけのディスカッションだけで終わっちゃうから。
ーーそういう形だけのディスカッションでは、主張が強い人の意見だけが通りがちですよね。社会においてもまさに「ピーステーブル」のような「場」のデザインが必要だと感じました。
八朗園長:大前提として、デザインには終わりがないと思っています。これでうまくいくかなと思ってチャレンジをしてクリアしても、また別の課題が見えてくるだろうから、もう一回チャレンジする。いつもその繰り返しですよ。終わりはないけど、このままやっていけば何か見えてこないか……と、期待はしているんですけどね(笑)今後も試行錯誤を続けていきますよ。
ほいくじんの本棚
撮影:飯坂大
インタビュー・ライティング:小島慎平(Rockaku)、森田哲生(Rockaku)
企画・編集:市川敦史(株式会社Reproduction)
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