スイスのバジル豆腐
世界各国に暮らす物書き仲間で、リレーエッセイをやっています。
その名も『日本にいないエッセイストクラブ』。
イスラエルに拠点を置いていたがぅちゃんさんよりバトンを受け継ぎ、
スイス在住・アリサが第3周目のリレーお題
「思い出の一品」の内容でお届けします。
文末に、前回走者と次回走者の紹介があります。
また過去のラインナップは、随時まとめてあるマガジンをご覧ください。
スイスに移住するタイミングで、わたしはベジタリアンになった。
厳密にいうと肉・魚を口にせず、牛乳やヨーグルトも極力避ける食生活を送っている。とはいえ酪農大国に拠点を置くのだから、チーズに対してNOとは言えない。何ならバターも食しているし、卵も平気で食べている。線引きがユルいなんちゃって具合です。
ベジタリアンは何を食べるの? とよく聞かれるのですが、パスタやカレー、意外にも野菜だしで代用した和食まで幅広く作れるのだ。レストランも必ず菜食者向けのメニューがあるので、移住当初の心配とは裏腹に、食事にほとんど困ったことがない。
日本を離れてから2ヶ月が経った2017年7月、夏がやってくると、晴天続きのチューリッヒにスイス人旦那が満面の笑みで言った。
「やっとバーベキューの季節がやってきたぞ!」
ええ? と驚く。当時の感覚では、バーベキューなんてアメリカやアルゼンチンの文化だと思っていた。まして「やっと」とは……。あなた、そんなに待ちわびていたのかなあ、と思いながら、初めて体験するスイス版バーベキューのための買い出しへと足を向けた。
あれだけ食生活の転移に余裕を見せていた私だったが、2ヶ月目にして何を食べるべきなのかと早々頭を抱えてしまった。菜食者の救世主・パスタはバーベキューグリルの上で焼けるわけがないし、カレーだって作れない。みんながソーセージやらガーリックチキンやらをジュージューと調理する横で、ズッキーニとパプリカを焼くなんてどうもインパクトに欠ける。バターと醤油をかけて味にバラエティを加えようとしても、ただただひもじい。
「大丈夫! これがおいしくて最近ハマってたから、きっとアリサも気に入るよ!」と不安をよそに、旦那はベジタリアン食品コーナーへと引き連れた。
陳列していた商品にびっくり。旦那がおすすめしたのは、バジル豆腐だったのだ。
ザ・ジャパニーズのあの豆腐が緑色。わさび由来の鮮やかな緑ではなく、バジルとオリーブオイルからのグリーンだ。控えめであっさりとした味わいの和食材が、パンチの効いたゴリゴリの西洋風に変化を遂げている。まるで地味目な子がギャルメイクで大変身するばりの変貌ぶりだ。
「凄い」とわたしは感激した。当たり前が覆されるとはこういうことである。
衝撃のバジル豆腐は、日本本来の豆腐とは比べ物にならないほど固く、高めの塩分が素晴らしいビールのお供となる。それにカロリーが低い。値段も生肉商品の半分程度の値段だ。どうやら乳製品も食さないヴィーガンにとって、ボロボロとしたスイスの豆腐はフェタチーズの代用品として使われることが多いらしい。
友人らは脂できらびやかにテカったソーセージを頬張る中、私はその晩のバーベキューでバジル豆腐を夢中で食べた。人生初めての斬新なジャパニーズ・フードでお腹をいっぱいにできて幸せだった。今でも好んで食しているが、あの第1回目の一口はまさに思い出の一品である。
これ以外にも豆腐に関して、かつて想像もしたことのないフレーバーを目の当たりにすることとなった。
「テリヤキ豆腐」
「スモーキー豆腐」
「カレー豆腐」……。
スイス人は、何というか、口に入れるモノに関する感覚が違うのかもしれない。大豆アレルギー向けの人のために、今ではアーモンドとゴマの豆腐、ひよこ豆を使った豆腐までもある。何ならクリスピー豆腐という名の商品もあって、ここまでくるとスイスのクリエイティビティにはもう逆らえない。わたしはその味にびくびくしながらも、興味本位で各種豆腐を試食したのだった。
そして2020年の今。
定期的に日本へ一時帰国すると、ときどき居酒屋に行くことがある。揚げ出し豆腐を注文して、そのぷりんとした出立ちと繊細な味に「ああ」と思う。
忘れていた ー 本来の豆腐の味はこれだよ、と。
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前回走者、元イスラエル(現アメリカ)在住の
がぅちゃんさんの記事はこちら。
アメリカへ拠点を移すことになったがぅちゃんさん。いらないながらも、引越しで持っていく羽目になったある一品についての面白話です。断捨離メソッドからうまい具合にすり抜けられたのはなぜだろう……きっと「ときめきがあるから」とコンマリさんは答えるでしょう。
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次回、最終走者となる
イタリア在住・スズキケイさんの前回の記事はこちら。
彼の「思い出の一品」は一体何でしょう? お楽しみに!