A | チューリッヒ人になる方法A to Z
これは、2年半のチューリッヒ生活を通して見つけ出した面白おかしく、ときに皮肉ったチューリッヒ人のあれこれを、アルファベット順で紹介する連載です。このガイドラインを辿れば、あなたもチューリッヒ人の一員になれるかも? どうぞお楽しみください!
A is for…
Adore Prime Tower
プライム・タワーを愛でよ
プライム・タワー。
チューリッヒの心臓部に堂々とそびえ立つどっしりとしたビル。ロマネスク調の市街建築に一切馴染もうとしない態度の持ち主で、一歳の誕生日を迎えた赤ちゃんのバースデーケーキに突き刺さったロウソクのように著しく目立っている。チューリッヒ北部にあるKäferberg(ケーファーベルグ)の小山を登ると、この建造物が市内の空を独占しているのが一目瞭然。正直、ひどく醜いとしか言いようがありません。
「これから成長が期待されているチューリッヒ西地区を象徴するランドマーク」と謳っているプライム・タワーは、オフィスやテナント、ギャラリー、ジム、高級レストランが収められた高層ビル。高さ126mの36階建てで、スイスの有名建築家デュオによって設計されたのだが、見た目や備わっている施設が世界中の大都市に存在する高層ビルとあまりにも酷似で、とくにわっ! と驚くほどのものではない。本音を漏らすと、この手のビルは何度も聞いたことがあるし、とにかく既視感しかない。だがわたしの意見とは裏腹に、チューリッヒ人はプライム・タワーが大好きで、心から愛でているのです。
チューリッヒ生活一年目のころは、長年チューリッヒに住んでいるローカルにどれだけプライム・タワーが滑稽なのかを投げかけた。「どう見ても街に馴染まないよ!」と皮肉交じりに言い、東京出身だし、高層ビルで埋め尽くされているニューヨークやシドニーなどの大都市を訪れたこともあるから目新しさはない、という理由も付け加えた。とはいえチューリッヒ人もかなりの頻度で旅行へ出かけては、世界各国のコンクリートの樹海に迷い込んでいるので、この手の高層ビルはそう珍しいと思わないはず。しかし揃ってみな首を横に振り、わたしの申し分に対して否定するばかりでした。
彼らはどう思っているのかを問うと、「見た目がかっこいいじゃん!」とポジティブな意見で一致する。たしかにプライム・タワーは、コンクリートと鏡が積み重なり、舐めてもいいほどピカピカで清潔な風貌だから、「かっこいい」と言い立てたい気持ちは否めない。でもそこまで褒め倒す必要あるのかも正直な疑問です。彼らが物申す意見をさらに深く掘り込んでいくと、どうやら見た目がかっこいいだけでなく、プライム・タワーがどれほど「革新的」なのかに関して誇りを持っているようだった。
どういうことかを、パリと比較してみよう。フランスの首都であるパリは、景観を保護するための建築ルールがたくさんあるそうだ – 洗濯物は外に干してはならないし、ポスターも道中の壁に貼ってはいけないなどが一例である。もちろん美しい街並みを過去から継承し、後世へと継ぐための努力が必要だとは理解できるが、21世紀に生きているこのご時世において、不便が生じるのではとも懸念できる。
かわってチューリッヒは、長年受け継がれている歴史的建造物を保護するのはもちろん、今となっては現代に順応できる柔軟性も兼ね備えるようになったのだ。プライム・タワーは、その現代的なチューリッヒの象徴として役立っており、チューリッヒ人は称賛の気持ちでいっぱいなんだとか。彼らの目には、この光沢に満ちたビルがエンパイアステートビルやシドニー・AMDタワーと同じように写っているよう。とにかく、胸を天高く張るほど誇らしいのだ。
1950年後半の東京でも、東京タワーは経済成長を象徴し、当時の東京人に明るい未来を与えるシンボルでもあった。プライム・タワーも、新しい時代を呼び起こす存在なのか ー そう考えてみると、チューリッヒ人がこの高くそびえ立つ建造物に対する肯定的な思考が少し垣間見れたかもしれない。
とはいえ、チューリッヒ人の脳みその中をどれだけ分析したとしても、わたしの意見は変わらない ー この建物、やっぱり好きにはなれないわ。認めない限り、チューリッヒ人の一員になるための道は、まだまだ長くなりそうです。
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この連載は、自身のブログ『Hoi, Arisa』上でも掲載中。