006-幼稚な自分で悩む時

 しがみついてる理想像を特定しながら思ったのが、プライドが高い自分が嫌だったり、悩んでる内容が幼稚すぎて恥ずかしいと思っている時、これって結果そうなってしまってるだけで、本質的にプライドが高かったり、幼稚だということでは無いんやなって思った。

 過食症の全盛期、太ってることも認められない、過食なんてしてることも恥ずかしすぎて誰にも相談することができない、本当に地獄の時があった。
 過食だけじゃなく、自分がものすごく心を痛める出来事があったとしても、いつも「そんなことくらいで悩んでて恥ずかしい」と思ってどうにもできずに苦しんでたときもあったな。他の人からしたら、大したことじゃ無いって思われることも怖かった。
 ある意味、プライドが高いと言われたらそうなんだけど、恥ずかしいと思ってた自分の悩みは、恥ずかしいものだから自分でも直視することもできず、ポジティブシンキングや、物事を良い風に考えようとしてごまかして生きていた。そんなこと言ってもしょうがない、とか物分かりのいい人になったふりをしてた。

 心では全然納得してないけど、こうやってごまかして行き続けた結果、自分の心が死んでしまった。26歳くらいの時がピークだったかな。
 そこから、原始仏教だったり(ヴィパッサナー瞑想が心と向き合う入り口だったw)、心のことに興味を持ち始め、心理学とかに飲めりこんで心が少しでも楽になる方法を探すっていうのが始まった気がする。このころはどこかに自分を助けてくれる、幸せにしてくれる人や方法があると思ってそれを探す旅が始まった。時間があればたびたび本屋の自己啓発コーナーに救いを求めて入り浸っていた。

 心のことを色んな人の発信をたくさん取り入れ、失敗をし続け、本気で自分を幸せにすると腹をくくったのが34歳だったな。
 結婚を前提にお付き合いしていた彼との恋愛はストレスで血便が出てしまうレベルに達したので終わりを告げて、自分で自分を幸せにするって覚悟を人生で初めてやっと決めた。それまではだれかに何処かで幸せにしてもらいたい、があった。

結婚するためにとった決死の行動

 自分を見ていくのは、自分自身の現在地を明らかにみるっていうことをし始めた。認められない、幼稚で恥ずかしい自分ばかりが出てきて、本当に本当にゲロ吐きそうな気分だった。それに伴う感情を受け入れた時(この癒しの過程が壮絶で毎日限界まで号泣してた)、そんな自分をそのまま認めることができると、そのとき感じた本音も幼稚で見たくなかったけど、自分を幸せにするって決めたから、自分の男性性を育てるつもりで、自分がどうしたかったかを大事にする行動っていうのをし続けていた。

 34歳の時、35歳で結婚が難しくなると同僚に脅されて、不安になりすぎて居ても立ってもいられなくなり、どうしても踏み込みたくなかったけど、背に腹は変えられず、最後の砦と思って行った結婚相談所の体験入会で、そこでも「親との関係が現れる」と言われ、両親と感情の話をしてみてっていう課題が出されてそれに取り組むことになったわけです。(結局、自分の心に従って入会せず、結婚はその時諦めて、結婚とは全然関係ない、今の自分がしたいことをやろうと決めたのち、2ヶ月後に今の夫と出会った)

 例えば、お父さんに愛されてないと思い込んでたわたしは、過去父親がとった行動で傷ついてることを告げる、という、人生で絶対心を開いてやるもんか!と思っていた相手にそれを打ち明けるバンジーを飛んだわけです。

 でもそれは自分の中で見終わってたことだったので、わかってもらうために伝えたわけじゃなく、自分の中で終わらせる区切りとして、ただ聞いておいて欲しかったから伝えただけだった。

 その結果、家族に対して、自分が悪い場合でも、俺は悪く無い! といって短気で、すぐにキレて謝るなんてしたことがなかった父が、わたしに対して「ごめんな、そんなつもりはなかったけど、傷つけてしまってたんやな」って素直に謝ってくれたことがあった。そして、どれだけわたしを愛してるか、可愛がってくれてたことや、距離感を父なりに考えての選択やったか、思いの丈を話してくれた。

 こっちが自分の中の気持ちを受け入れて、今思えば美しい心でそのまま伝えたことで、心が繋がったのか父も素直になってくれたんやと思った。

 プライドが高いと悩んだり、幼稚な自分だと自己批判してしまうとき、わたしはずっと根底に「愛されたい」「わかってほしい」って気持ちが根っこにあってそれが満たされないからそうなってしまうのだと思ってた。いつも自分と向き合って行き着くところってそこだったから。

 でも今回、理想像を手放して気づいたのは、その先があった。愛されたいとどうして思うのか。愛されたいと願うその奥には、「心で繋がりたい」いつでもそんな思いがあるだけなんやなと思った。

 美しい心に戻ると、この心で繋がる、ということが誰でもできるようになる。
苦悩の状態だと自分中心の意識って言われる、「自分自分!」っていう、心が繋げられない状態になってしまうので、どんなスキルやノウハウを使っても自分も満たされないし、根本的な解決にも行き着かないし、また同じような悩みに直面する羽目になる。

 それも、父親との関わりで苦悩で失敗したことがあるからだ。
 その昔、鏡の法則という本を読んで、感銘を受け、親に手紙を出すということをしたことがあった。

 思えば、まだ苦悩状態だったわたし。どれだけ傷ついてたかをわからせたかったし謝らせたかった、だから、先手を打つつもりで、こっちから素直に、いつも反抗してごめんね的な手紙を書いて渡したのね。
 そしたら、こいつ、こんなこと考えてるんや(笑)謝ってきおった!!! と、勝ち誇ったような、馬鹿にして笑った態度をとってきた父。

 もう、この時に、絶対こいつに一生、自分の本心なんか打ち明けてなるもんか!!!!! って激怒した出来事があった。もう、一番その時とられたくない、馬鹿にされた態度を取られたことで強固なプライドがより強固になってしまった出来事だった。だから、あの傷ついたことを打ち明けた時、あんなに素直に謝ってくれたことはびっくりだった。

 わたしがこんなに絶対もう心を開かない! と傷ついたのにもう一度なぜチャレンジしたかというと、結婚したかったから、です。
 そう、恋愛がうまくいかないパターンは両親との関係にあると思って、そこをどうしてもクリアにしたかったから。
 結果、クリアになったんだよな。

恋愛がうまくいかなかった理由

 恋愛がうまくいかなかった理由、もうわかってたけど、両親との関わりから得られなかったものを彼氏に求めてしまってたから。親の代わりをさせようとしてた。
 これ、頭でわかってたけど、どうしても心がそれを欲しがるから改善することができなかったのです。
 父に素直に自分の思いを伝えたい、って思った時、わたしは父と心をつなげることができたんだけど、これ、父からずっと愛されてたんやなぁって感じられたから、恋愛依存は改善されたのかと思ってたけど、本当のほんとはわたしは心を繋げられたから、満たされて求めなくなって、影を潜めたのだということがいまになってわかりました。

 歴代の彼氏からは、彼から愛されたらわたしは幸せで満たされるんだから必死で愛される人になろうと苦悩で恋愛してたから勘違いしてたから、求めるばかりで自分から心を繋げるなんてことはできなくて、愛を求めるばっかりのことしてたから、わたしはずっと辛かったんだと思いました。自分と向き合うことで、自分から心をつなげるということができるようになって、今の彼に出会い、いまは本当に大切にされて幸せな結婚生活を送っています。

 でも、あの満たされなかった頃描いてたような、愛されたら毎日が、わたしは、あー愛されてるわ!って感じられるような特別な日常体験が来ると思ってたけど、違ったな。本当に心が穏やかで無理なくわたしでいられる、っていう日常が手に入ったって感じです。わたしがわたしらしく美しい心でいられる時間を共に過ごしてくれるパートナー。
 苦悩のまま、血便でるまで相手に合わせた人と無理に結婚ってしなくてマジでよかったと思いました。

美しい心が見せてくれる世界

 美しい心に戻すことを大切にし始めて思うのは、こんな私なんて・・・とよく自信がなくなる感覚に見舞われることが少なくなって来る感じがしてる。
 本来の自身の取り戻しかたを以前書いたけど、しがみついてる理想像を手放すと本当に自分自身に少しずつ還っていくことができて、自分の感じてることをベースに目の前で最善の選択が見えるようになって来るから。
 今の自分を見失ってしまった私が過去、相談所に入会しなかったとき、相談所に対しての苦痛な気持ちを優先したから得られた、夫との出会いだったなといまは思う。34歳で結婚したいって思ってるなら、最短距離は結婚したいと思ってる人が集まってるところに入会するのことでしょって頭では思ってたけど、私にとってはそれがどうしても苦痛で無理だったのでそんな自分の感覚を信じてあげたこと。そうやってちゃんと自分の感覚受け取るの、最近、忘れてたなって思う。

 美しい心になるのは、まず、自分か自分の心を繋げることから、なんやな。

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