小説「土を喰らう十二ヵ月」にある「竹笑う」
風で竹がなびく様子を「竹笑う」というそうだ。
強風であろうが、弱風であろうが、順風であろうが、逆風であろうが、どんな風が来ようとも平然としてあらがわず、涼やかに揺れる竹の様子が、笑っているように見えるからだそう。つまり「竹笑う」とは、どんな風が吹こうとも、抵抗も我慢もしない生き方をいう。
ついでにここでいう我慢とは、耐え忍ぶこと、こらえること、という意味ではない。我慢とは仏教語で七慢という傲慢のひとつ。もともとは「我」に対する「慢(うぬぼれ)」という意味だそう。「自分こそが正しい。他人は間違い」と、我を通そうとする心のことをいう。
自分が正しい、人間とはこうあるべき、こうしなければならないという我を捨てれば、それは「竹笑う」。人生の折り返しをとうに過ぎた今、川に水が流れるように、おのれの環境に逆らうことなく、それでいて自分を捨てずに、雨の日も風の日も「竹笑う」ような生き方をしたいものだ。
日本語っておもしろい。