日本のサブカルチャーと西部劇の不思議な関係 後編 ~オタクは銃を捨てた~
・前回までのふりかえり
①西部劇は1920年代頃からハリウッドで一貫して人気で、特に1950年代は西部劇の黄金時代と言われていたが、1970年代初頭に急速に人気が低下した。
②昔の漫画家は映画をよく見ていたので、特に藤子・F・不二雄レベルの大御所で西部劇好きが多かった。1960年代に「マカロニ・ウエスタン」というイタリア製西部劇のブームがあり、それを好むクリエイターも多い。
・西部劇ゲームが売れない日本
アメリカ本国で西部劇の人気が無くなって以降も、日本では何故か「西部劇」や「西部劇風」の作品が大好きでした。しかし、2000年代中盤にワイルドアームズシリーズが終了。トライガン・マキシマムが完結して、そうした日本人の謎の西部劇人気がついに終わりを迎えたようでした。
それを象徴するのが「レッド・デッド・リデンプション」シリーズという西部劇ゲームです。これはグランド・セフト・オートシリーズでおなじみのロックスター・ゲームス製の大作アクションアドベンチャーです。売上は2010年発売の1が2400万本・2018年発売の2が6700万本です(比較対象としてワイルドアームズ3は27万本)。藤田直哉『ゲームが教える世界の論点』(p145-157 集英社新書 2023年)によるとストーリーも素晴らしいゲームだそうです。
RDR2は2018年のゲーム発売本数ランキングで20.5万本の21位なのですが、自分としてはそんなに売れているとは思わなかったほどSNSで話題になりませんでした。順位が1つ下の「オクトパストラベラー(19.3万本)」の方がよほどSNSで話題になっていました。
このことから、やはりSNSであったりオタクの内輪の評価という物はあてにならない物だなと思いました。それと同時に、2010年以降の日本人は西部劇への興味が急激に低下したようです。昔はわざわざ西部劇風の創作物を作るほど大好きだったのに、海外で2018年に1400万本売ったゲームがこの程度しか騒がれないのかと調べてわかりました。
・西部劇映画もウケない日本
西部劇映画自体の話に移ります。ここではクエンティン・タランティーノという映画監督を紹介します。ひょっとすると若いオタクの人は存在すら知らないかもしれません。
2000年代前半、タランティーノは「Kill Bill」という日本映画へのリスペクトがあふれる作品を撮りました。作品中の珍妙な日本描写や、過激で爽快なバイオレンス描写、栗山千秋が演じる「Go Go 夕張」など魅力がいっぱいの作品で、日本で大人気になりました。日本が大好きなズッコケオタク監督が登場したという事で、日本中のオタクはタラちゃんの事が大好きでした。(もちろんその前に「パルプフィクション」等を撮っている訳だけど、それは映画マニア向けみたいな扱いでした)。
2009年の戦争映画「イングロリアス・バスターズ」ぐらいまでは日本人観客もタラちゃんに興味を持っていました。しかし、その後タランティーノは「ジャンゴ 繋がれざる者」「ヘイトフルエイト」と2作続けて西部劇を撮りました。この2作は日本で全然話題になりませんでしたし、タランティーノが日本で話題になる事も無くなりました。タランティーノは「西部劇を撮った」から「日本で人気が無くなった」という、今までと完全に逆のパターンに入ったのです。
もちろん両作品とも世界ではヒットしています。2010年代に日本人の西部劇への興味はゼロになったんです。さらに言えば、日本人はアメコミ映画以外の洋画への興味も失ったし、海外製の大作ゲームへの興味も失いました。日本文化が世界で大人気になる一方で、日本人は海外の文化に興味を無くしていったのが2010年代以降だと言えるでしょう。
私はこの記事を書くために「ヘイトフルエイト」を実際に視聴しました。自分はかなり面白かったんですが、こんな地味な作品が日本でヒットする訳がないとも思いました。タランティーノ監督が好きなのは映画そのものであって、日本を特別好きという訳ではないのですが、日本人はそれを誤解していたようです。
・それでも西部劇が好きな人たち
この項では箸休め的に、2000年代に西部劇風の作品を作った「それでも西部劇が好きな人たち」を紹介します。
①水島努
水島努は「ガールズ&パンツァー」と「SHIROBAKO」で有名なアニメ監督ですが、昔はクレヨンしんちゃんに関わっていました。水島は「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」という西部劇を題材にした異色の劇場版を撮りました。私はカスカベボーイズを見た事がありますが、子供向けにしては暴力描写があったり、ストーリーに脈絡が無かったり、監督の趣味に走っている所があったり、正直やや失敗作かと思います。
水島はさらにその14年後「荒野のコトブキ飛行隊」というTVシリーズを撮ります。これはガールズ&パンツァーの戦闘機版という内容で、やはりこれも西部劇テーマでした。自分としては大好きな作品です。しかしアプリ版や編集劇場版も作られましたがあまり話題にはならず、そこそこ人気ぐらいで終わったかなとは思います。
②虚淵玄
魔法少女まどか☆マギカやFATE/ZEROの脚本で有名な人ですが、「続・殺戮のジャンゴ -地獄の賞金首-」というアダルトゲームの企画・脚本を担当したそうです。
タイトルの時点でそうなんですが、登場する3人のキャラクターが「黒のフランコ→フランコ・ネロ」「名前のない女→クリント・イーストウッド」「リリィ・サルバターナ→リー・ヴァン・クリーフ(多分)」と非常にマカロニです。
虚淵は西部劇が好きというより、ガンアクションが好きなのかもしれません。デビュー作のPhantomも暗殺者ものですし、ヴェドゴニアも銃要素があるようです。
③皆川亮二
前回、紹介し忘れたのですが、「スプリガン」「ARMS」等を描いた漫画家の皆川は、2007年~2016年まで「PEACE MAKER」という西部劇風の作品を描きました。全17巻の長期連載です。自分の感想としては……普通の良くできたアクション漫画でした。架空の世界が舞台の割りにはっちゃけている部分が少ないんですよね。でも質の高い作品だとは思います。
3人を並べて思うのが、あまり西部劇を描いた事がヒットにつながっていないという事です。ここでおさらいなんですが、西部劇は過去は一大ジャンルであり、映画好きなクリエイターなら西部劇が好きでも至極当然です。しかし、それはクリエイター側が自分の作りたい物を作っているだけで、視聴者側はもう西部劇に飽きてる or 根本的に興味が無い状態になってしまっていたのでしょう。
これは西部劇以外でもありえる危機です。クリエイターは過去の映像作品にガツンと脳をやられてクリエイターを目指す訳だから、自分の好きな物を作品にしたい。でもその好きが「巨大ロボ・怪獣・ロック」みたいな今現在や10数年後の時代に合っていない物だと、一生クリエイターとして芽が出ないまま人生が終わるかもしれません。「自分の"好き"を大事にする」事の恐ろしさですね。
(しかし、同じアーサーが聖杯を探す作品でも、外国人がRDR2をやっていた時に日本人はFateをやっていたんだねえ。)
補足として、現代が舞台ですが西部劇要素が少しあるアニメとして2007年の「エル・カザド」があります。特に有名な作品ではありません。
・そして時代は巻き戻る
最後に2017年~2022年に少年サンデーで全20巻の長期連載となった「保安官エヴァンスの嘘」(栗山ミヅキ)を紹介します。
主人公のエヴァンスは「女性にモテたいから保安官をしている」という、西部劇史上最も矮小な動機で戦うヒーローです。エヴァンスは銃の達人ですが、常に相手が持っている拳銃を弾丸で弾き落とす形で戦うのでたとえ極悪人でも絶対に射殺しません。エヴァンスはヒロインの賞金稼ぎのフィービー・オークレイと相思相愛なのですが、「かぐや様は告らせたい」( 赤坂アカ)のようなすれ違いギャグになります。コメディなので、いつもエヴァンスが悪人を倒すものの不運や見栄からついた嘘が原因で結局女にはモテずに終わるという話になります。
私が保安官エヴァンスの嘘を8巻ぐらいまで読んだ時、このマンガは狂っていると思いました。銃で撃ってるのに人が死なないんだ。差別問題とか歴史問題とかは無しなんだ。西部劇なのにアクションシーン無しのラブコメなんだ。等々、これまで見た映画や西部劇マンガとあまりに違っていて驚いたんです。
でもこのマンガは全20巻という長期連載である以上、作者と読者を尊重しなければいけません。まず栗山先生の名誉のために書いておくと、ヒロインのフィービーの名前は史実のアニー・オークレイから取っている事は明白です。なので、栗山先生は西部劇の知識があり、「アニーよ銃を取れ」や「カラミティ・ジェーン」みたいな恋愛要素ありのミュージカル西部劇を念頭にして保安官エヴァンスの嘘を描かれたのかもしれません。フィービーは可愛いですし、コメディとしては愉快な面白い作品です。
それは置いといて、このマンガが20巻も続くなんて、今の読者はガンアクションに全く興味が無くなったんだなと思いました。ヴァッシュ・ザ・スタンピードは毎回傷だらけになりながら不殺を貫いていたのに、エヴァンスはいともやすやすと不殺し続ける。「エヴァンス」を読んでいた時に「肌にトーンが貼ってある脇役」が何人もいるんですが、作中では黒人扱いされておらず、読んでいて黒人なのか色黒なのか混乱する事がありました。ネイティブアメリカンや東洋人も全く登場しません。
もう一つ奇異に感じたのは主人公エヴァンスが保安官である事です。日本人が作る西部劇・西部劇風の作品だと主人公はアウトローか組織に属していない者が多く、保安官のような「体制側」なのは秋元治のBLACK TIGER以外まずありません。この間Togetterでも見ましたが、日本人は体制側のキャラをヒーローとして扱う事が増えてきているんでしょうか?
銃は興味無い。あるいは、魔法やヒーロー能力の"かませ犬武器"。差別問題なんて物語に必要ない。体制側が正しい。ラブコメが読みたい。これが今の読者の傾向なんでしょうか(もちろんこれはマイナー漫画1作から読み取った事で、それに当てはまらない作品は大量にあるでしょう)。ちょっと方向性は違いますが、日本人にとっての西部劇のイメージが50年代のジョン・ウェインの時代まで巻き戻ったようにも感じます。
60年代、70年代的に生まれ80年代、90年代まで続いていた「優れた映画というものは、創作物という物はこういう物である」という規範のような物があって、それには「ガンアクションは格好いい」「物語は重厚であるべき」みたいな物が含まれていたわけです。でも日本人だけ2000年代中盤から徐々にそのレールから外れていったように感じます。そんなことを私は今回西部劇を調べて気づきました。
ここから先はやや余談になります。
2024年現在、海外製のソシャゲはブルアカ・NIKKE・ドルフロのようにフェチシズムっぽいと言えるほど銃に執着しているのに対し、日本人の銃への興味の無くし方は実に不思議です。
銃といえばジャンプではSAKAMOTO DAYSが人気であり、一概に銃が不人気とも言い切れないのかもしれません。中年男性がヒーローというのも珍しいです。これがSAKAMOTOだけ例外なのか?今後銃人気の揺り戻しがあるのか?要注目です。
オタク分野は2000年代末期からずっとガンアクション物は人気がありません。過去のオタク向け作品と言えば、ガンスリンガーガール・ブラックラグーン・ヨルムンガンド・キノの旅のように「オタク=銃が好き」みたいな傾向もあったんです。先述の虚淵とニトロプラス(Phantom等)・伊藤明弘「ジオブリーダーズ」、エルカザドの前作「ノワール」「マドラックス」。梅津泰臣の「A KITE」「MEZZO」。漫画だと園田健一「ガンスミスキャッツ」、うすね正俊「砂ぼうず」等です。なので数年前「リコリスリコイル」が流行った時、古いオタクが好きそうなアニメがヒットしたと言われたんですよね。
ゼロ年代の萌えミリも近い物があるのかもしれませんが、銃そのものが題材の「うぽって!」「ステラ女学院高等科C3部」等は全然人気ありませんでした。自分としてはちょっと違うようにも思います。
なんにせよ、オタク界には2010年頃の壁(これまでの「映画と美少女を合体」みたいなコンテンツが古くなり、アイドルやソシャゲの大量の美少女・百合みたいな物が流行る)と、2020年の壁(美少女やアイドル好きな男性オタクが古くなり、オタク文化が女性のものになった。少年ジャンプ系のコンテンツが世界的大人気になり、鬼滅の刃やチェンソーマン等の激しいバトルコンテンツが復権した)の2つの壁があるように見て取れます。今回紹介したのは2010年の壁を越えられなかったコンテンツですね。
↑90年代~00年代のオタクはこのような作品を愛好していた、というのがよくわかるオープニング。主題歌のアリプロも渋い。次作「マドラックス」は「ヤンマーニ」という劇中歌が当時のネットで流行りました。
20年ぐらい昔のオタクの傾向について。銃・犯罪・裏社会に加え昔非常に人気だった作品、例えば「ローゼンメイデン」のようなゴシック・耽美、「ひぐらしのなく頃に」等の伝奇・猟奇、セカイ系作品のような破滅思想のように、何となくマイナスの感情が入った作品を好む傾向があったんですよ。こういう傾向は完全に無くなりましたね。これはやっぱり、オタク文化の源流にバイオレンス映画とアダルトゲームというアングラ文化が含まれていたからでしょう。バイオレンス映画にはマカロニ、クライムアクション、香港ノワール、B級ホラー映画等が含まれます。