
ヒメヒナ物語『Refrain』 | プロローグ
プロローグ
星空の狭間
†††
「いいんですか?本当に」
ここまで導(みちび)いてくれたのは彼なのに、
取り返しのつかない罪を犯したみたいに『親方』は言った。
「うん。だってこれは、ヒナにしかできない−−−−ううん。ヒナが、絶対にやらなきゃいけないことだから」
「……ヒナちゃん」
真っ黒に日焼けした親方の顔。
笑ってできるはずの目尻のシワが、今は辛そうにゆがんでいた。
−−−−本当に優しい人。
悲しそうなその顔を見ていられなくて、ヒナは振り向いた。
「それじゃあ、行ってきます」
別れを告げ、息を飲んだ。高い。と思った。
この場所は、とても高いところにある。と。
風が吹いて、ヒナを揺らした。
あわててバランスを取ろうとして、手がかりになるものが、何もないことに気付く。じたばたと両手を動かして、なんとか踏みとどまる。もしも少しでも踏み外してしまえば、地上にまっさかさまだ。
においのしない、つくりものの、空気のゆらめき。
ヒナを揺らしたその風は、ここには自然も人間も存在しないと、はっきり告げていた。
おそるおそる。と。
のぞきこむようにして、下をみる。
まるで飛行機から見た景色のよう。
遠い。遠いことだけは分かる。街の灯り。
あと一歩で、落ちてしまうという距離。
真下へ目を向けると、足がすくんでしまう。
もう進めないと、
心が、魂が、へたりこんでしまいそうになる。
−−−−だけど
ここから逃げ出すことなんて、もうできない。
もういっぱい、逃げたから。
向き合うんだって、決めたから。
「「ヒメとヒナはお歌を歌う人になりたい!」」
約束……
約束をしたから。
忘れられない、約束をしたから。
大きく息を吸い込み、「よしっ」とひとことつぶやいて、覚悟を決めた。
頭上には宝石を散りばめたような星々。
眼下には星々を振りまいたような灯火。
星空の狭間にあるこの場所から、思い切って一歩を踏み出す。
たった数十センチ。だけど、それは取り返しのつかない距離。
鈴木ヒナは、まっさかさまに飛び降りた。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
落ちる。
雲を突き破り、マントをはためかせ、一直線に落ちる。
揺らがない。
怖がらない。
おそれない。
一歩だって動けないと、
一度は凍りついた心臓に、
熱いものが流れているのがわかる。
−−−−気付いたから。
たくさんの願いが、
ヒナをここに連れてきてくれたと……
気付くことができたから。
だからもう……
きっと、なにも怖くない。
真一文字に口を引き結び、ヒナの表情は揺るがない。
けれど、再会の予感に、魂が震えはじめる。
だから、その名前を口にする。
「待っててね……」
−−−−−−ヒメ!!
闇を引き裂く流星のように、口からこぼれたその名前を追い越して、ヒナは一直線に落ちていった。
懐かしいあの笑顔と、もう一度また、出会うため。
†††
プロローグ『星空の狭間』
〜Fin〜
†† 次話 ††
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