ド素人による野球のバッティング・スイング理論

最近ではYoutubeなどでプロや元プロがスポーツの技術について動画付きで情報発信することが増え、学びやすい環境が広がっている。ただ、プロ・元プロの意見は「自分の感覚」を元にしているので、それを鵜吞みにするのは危険である。

今回はスイングの軌道について見てみたい。

ダウン・スイングの提唱者である落合も、実戦では実際に自分が必ずしもダウンではないことを認めていて、この辺りは感覚と実際の動きのズレを証明している。

また、「ダウンスイング」と言っていても「(地面と水平に)まっすぐ振っていく」と言っていて、インパクト周辺では地面を基準にしてバットが平行移動していると言われている。

まず、言葉の定義をした上で、従来の議論の問題点を指摘したい。



定義

ダウン・レベル・アッパー

バッティングの議論が混乱しがちなのは、そもそもダウン・レベル・アッパーという言葉の定義がきちんとされていないことが多いのがその原因の1つになっている。

以下では「所謂」レベル・スイングを、バッド全体の軌道面が地面と平行になるものと定義する。


トップ



従来の議論の問題点

レベル・スイングはボール軌道にバット軌道が長く乗るのでバットの芯に当てやすい?

先程の落合の意見もそうだが、インパクト周辺でバットの軌道が作る面と地面が平行になるのが重要ということがよく主張される。この議論は、ボールがほぼ地面からの高さを変えない軌道を描くことが前提とされている。

もちろん、現実のボールの軌道は、ピッチャーがオーバースローやスリークォーターでストライクゾーンに投げられた場合、重力の影響もあって、やや高さを下げながら飛んできている。ただし、これも最近よく議論されることだが、ストレートなどはバックスピンがかかっており、空気抵抗によって無回転の場合に比べてややボールが上がる力も加わる。これを考えると、現実の軌道は、ほぼ水平と考えて問題ない。

しかし、だからといって所謂レベル・スイングが優れていることにはならない。人間は地面を基準に考えるのでイメージしにくいかもしれないが、(地面に対して)「真っすぐ」飛んでくるボールに対して、バットの軌道が作る面が地面と水平でも、傾いていても、インパクト周辺のバッドの軌道面と地面が作る角度が変わらなければ、ボールを「面で捉える」ことになるのは変わりない。

また、現実的に考えて、「低目の球」を打つ場合、所謂レベル・スイングを行うことは不可能である。野球でストライクゾーンは、下は打者の膝までとされているが、この高さでレベル(に近い)・スイングをするには、かなり膝を曲げて、状態もかなり倒さないとできない。

繰り返しになるが、重要なのは「インパクト周辺でバットの軌道面と地面との角度がほぼ変わらない」という事である。また、変化球は空気抵抗によって高さが大きく下がるため、現実的には少しアッパー・スイングもできることが望ましい。


ダウン・スイングは重力を使えるのでスイング・スピードが上がる?

これも感覚が生む間違いである。

多くのバッターのトップの位置はストライクゾーンより高いか、高めギリギリである。これは、多くのバッターのトップが自分の肩の位置かその上であるため、ストライクゾーンが胸だとすると理屈としてそうなる。だから、多くの場合、トップからインパクトまでのバットの軌道は高さを下げることになる。

上で書いたように、インパクト周辺ではバットの軌道面は地面と角度が変わらない事が望ましい。トップからインパクト周辺までのバットの軌道が下がってきているのだとしたら、インパクト周辺でのバットの軌道面と地面が作る角度を一定にするために、落ちてきたバッドの下がるスピードを徐々に落としていかなければならない。これにはバッドを水平移動させるのとは別の余計な力が必要になるので、重力の作用はマイナスにしかならない。

この点で特に面白いのが落合のスイングで、彼はトップの位置が肩よりもやや下になっている。こうすれば、バットが落ちる高さを少なくできるので、重力に抵抗するための力が少なくて済む。このことは、選手の感覚がいかに現実と異なっているかの証明にもなっていると思う。

注意点としては、だからといってトップの位置を低くしなければならないという訳ではないということ。トップの位置からバッドを下げる場合には力のロスがあると言ったが、この力はスイングに必要な力のほんの一部でしかない。上記の議論の主張は「重力はスイングの助けにならない」という点。スイング全体の軌道がどうあるべきかは、選手の感覚や動作の得意・不得意によって決まるもので、最終的なインパクト周辺のスイング・スピードが速く、様々なボールの軌道に対応しやすいもの、という2つの基準から決められるべきである。


最短距離のスイング

これも、ダウン・スイング推奨の理由としてよく述べられる。しかし、何度も書いてきたように、インパクト周辺ではバッドの軌道面と地面の角度が一定に近いことが望ましい。トップが肩かそれより高い位置から振り下ろして、これを実現するには、かなりバットを水平にするために力が必要になる。

この問題を解決するために、落合や多くの選手ががやっていたように、トップの位置を肩より低くするのが望ましい。

ここまで何度も「インパクト周辺でバッドの軌道面と地面の角度が変わらないのが望ましい」と書いてきたが、スイングの距離を短くするためには、インパクト周辺だけでなく、スイング全般としてなるべくバッドの高低差が少ない方が良いのは物理的な事実である。



バッティング以外の体の動作から分かる事

それでは、実際にどのようなスイングが合理的なのだろうか。ここでは、バッティング以外の例を使って考えてみたい。


ゴルフのスイング

ゴルフのボールは地面に置かれているため、究極の低目の打ち方と考えることができる。

当たり前だが、スイングの軌道面と地面が作る角度は水平ではない。ゴルフ・ボールは動かないため、インパクト周辺で軌道面と地面の角度を変えないということは野球程考えなくても良いが、キチンとしたスイングであれば、インパクト周辺でその角度はほとんど変化しない。

また、ボールが動かないため、最短のスイングということを考える必要もない。むしろ、スイングに適度な時間をとることによって、瞬間瞬間に必要な力を抑え、スピードを上げつつ軌道を安定させることができる。野球においてもスイングのスピードを安定して上げるためには、スイングに適度な時間を取るのが望ましい。しかし、野球の場合はピッチャーが投げる球は軌道やスピードが一球ごとに変わってくるため、やたらとスイングに時間をかけることは難しい。現実には、この2つのトレード・オフの関係の中で、選手ごとに望ましいバランスを探ることになる。


剣道の打・スイング

剣道には「打」と「突」の2つの攻撃方法があるが、ここでは「打」の動きを考える。

剣道では(防具ではなく技の)面を打つ場合、真下に下ろす動作から左右45度までの範囲で打つように指導されるし、実際にそれよりも傾いた角度で打っても有効打とは見なされにくい。バットを「横に」振らなければならない野球と全く異なる。なぜ剣道の面では上から下に振り下ろすのだろうか? あるいは、なぜその軌道だと有効打と見なされるのだろうか。

理由は単純で、上から下に振り下ろすのが人体構造上スイングのスピードが出やすい自然な動きだからである。剣道の竹刀は野球のバット以上に軽いため、重力の影響はほとんど無視できる。

剣道では「胴」という技もあるが、スイングが斜めになるため難しいとされている。また、正しい胴の打ち方も、真横ではなく斜めのスイングが推奨されている。

野球のバッティングと剣道の共通点といえば、両手で棒状のモノをなるべく速く振る点である。


野球のスイングの体の動作

それでは、ここまでの議論を踏まえたうえで、バッティングの動作を再確認してみよう。


上体を落とす

まず、スイングの動作に入ったら後ろ足(軸足)を曲げて上体を落とす。これは、既に議論したように、トップでバッドの位置が肩の高さ周辺にある場合、バットが下がる動きをなるべく少なくすることが目的の1つである。

もちろん、どのていど後ろ足を曲げて上体を落とすのかは、選手によって異なってくる。上体が下がればトップでのバットの芯の位置も下げやすいことから、スイングを始めてからインパクトまでの時間を短くでき、別の言い方をするとスイングの距離が短くなる。しかし、後ろ足を曲げれば曲げるほど後ろ足は曲がった状態で力を発揮しないといけないので、後ろ足に大きな力がかかることになるのがデメリットである。別の言い方をすれば、下半身の力が強いバッターが有利なスイングだと言えるだろう。

このスイングをする場合、頭と腰と軸足の膝を結ぶ直線が、地面に比べて垂直に近い角度になり、これが体の回転軸になる。あとは、次に話す「後ろの肩を下げる」程度にもよるが、軸が垂直のためフォロースルーはあまり高くなりにくい。

地面に垂直な軸を中心として体全体は回るため、レベル・スイングをする場合、その回転のエネルギーがそのままスイングの力になるのがメリットである。

逆に、スイングの最初の方で軸足をあまり曲げないバッティングの代表例は大谷だと思う。もちろん大谷も、インパクト周辺でのバットの軌道面と地面との角度があまり変わらないという条件は満たしている。大谷もインパクトの瞬間は上体の位置が下がっている。しかし、軸足を曲げるのではなく、腰の位置を前に移動し、後ろ足全体が前に倒れることによって状態を下げている。

このスイングの特徴は、徐々に体の回転軸が後ろに倒れていくことである。そのため、スイングの後半になって後ろ足の膝が徐々に曲がってくる。

このスイングのメリットは、体の重心の位置が後足と前足の間にあるので、両足で体を支えることになり、後足だけで体を支えなくて良い事である。

しかし、軸を倒しながらスイングするため、その軸を傾けることに力が必要になり、エネルギーのロスが生じるのがデメリットだ。また、軸の回転と

軸を後ろに倒した状態でフォロースルーを迎えるため、フォロースルーは上にあがりやすい。このため、アッパー・スイングと言われることが多い。



後ろの肩を下げる

これも当たり前過ぎて言われることは少ないと思うが、少なくともインパクト周辺では後ろの肩の方が下に来る。

なぜ、後ろの肩を下げなければならないのだろうか?

試してもらえれば分かるが、両肩の高さを同じにして速いスイングすることは非常に難しい。やろうとすると、それこそインパクト周辺でもスイングの軌道は下に向かうことになるが、これが野球のバッティングとして望ましくないことは既に議論した。

ここで、剣道の面のスイングの話が意味を持ってくる。人間の動作として、両手で棒状のモノを素早く振るには、上から下に振り下ろすのが良い。しかし、野球という競技の特性上、バッドの軌道面と地面との角度はなるべく一定にしたい。この2つの条件を満たすには、上体を横、ピッチャーから見て後ろに倒すしかない。上体を倒せば当然、後ろの肩が下に来ることになる。

上体を横に倒すことによって、より「振り下ろす」に近い動作でバッドの軌道面と地面との角度の変化を小さくできるのである。だから、当たり前だが、落合をはじめダウン・スイング提唱者の「感覚」は正しいのである。上体を基準にしてみれば、確かにバッドは横というよりも上から下に落とす方に近づく。そして、剣道のスイングから考えると、これが最も合理的な動きなのである。

ここで、先程の「上体を落とす」の2つのやり方によって、後ろ肩の下げ方がどのような影響を受けるか考えてみよう。

議論を分かりやすくするため、上体を基準にしてバットを真下に振る動作を考えてみよう。この場合、状態は体全体の回転軸とちょうど90度曲げなくてはならなくなる。

また上体を倒しながら、なおかつ後足・腰・頭の軸を立てたままにするため、首をひねらなければならず窮屈なスイングになりやすいのが、軸を垂直にするスイングのデメリットである。

これらの条件から、上体を体の軸から横に倒す角度が浅くなるのもデメリットである。つまり、腕や上体の力を生かすことは難しい。このため、所謂ダウン・スイングの人たちは、腕や上体ではなく下半身の力で打つことが大事だ、と言うことが多く、実際力の配分もそうだろう。つまり、さらに下半身、特に軸足に力が必要になるのである。

一方、軸を後ろに倒してスイングする場合、上体を基準にしてバットを真下に下ろすとすると、スイング始動時点での上体は真横ではなく斜めで良いことになる。このため、上体の動作の不自然さが下がり、足への負担も小さくなる。

しかし、軸が斜めになっているため、インパクト周辺でのバットの芯の移動を地面と平行にするには、スイングを進めるにつれて上体をどんどん倒さなければならなくなる。このためエネルギーのロスが生じるし、スイングを安定させるためにもエネルギーが必要になる。その結果、上体の位置を支えるために腰や腹、いわゆる体幹の力がより必要になる。

アッパー・スイングをするには上体の力が必要と言われるが、そのメカニズムはこのようなものである。



その他のポイント

軸足には力が必要

多くのバッターが、軸足の重要性を主張している。当たり前だが、上体を横に倒すと、倒した方の側の足により体重が乗ることになる。しかも、膝を曲げているので、より軸足の側の負担は大きくなる。

そして、より軸足に体重が乗った状態でインパクトを迎えると、しっかりと足を踏みしめて、曲げた膝を伸ばすことによって、よりインパクトの力が強くなる。この点でも、軸足の力が重要になってくる。


球の高低に対応しやすいトップの位置

ピッチャーが球を投げてキャッチャーまで到達する時間は、ストレートだと約0.4秒、遅い変化球でも0.6秒程度とされている。ということは、それよりも短い時間でスイングを行わなければならない。

バッティングでは、投球されたボールを見て、球種・スピード・角度からその後の球の軌道をバッターは予測する。そして、トップからのスイングを始める。

この際、トップでのバッドの芯の位置がストライクゾーンの高さの中心辺りにあれば、球の高低に対応しやすくなる。別の言い方をすれば、様々な高さの球にたいして、バッドの芯の移動の平均的な距離を短くしてインパクトまでの時間を短くすることができる。

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