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わたしにとってホフディランとは...
ホフディランとは、故郷です。
最新のラジオディランを聴いてると、最古参ファンの人が羨ましくなります。
わたしはコジコジ銀座で知り、3rdからファンになりました。ふたりが作る曲は大好きなので確かにファンだし多摩川FCにも入っていましたが、そんなに熱心なファンでもありませんでした..届いたFCの中身をほぼ読んでいなかったというのもありますが...最後の方なんて休止するのが悲しすぎて読めずにそのまま殆ど目を通してないです、たぶん。。しかし自分の投稿が載ってる箇所だけは読んでいました。。
ファン歴22年、思えばずーっとモヤモヤしてます。ファンになってからというもの雑誌のインタビューを買い漁って読みまくりましたが、その頃からクエスチョンマークが頭の中に渦巻いていました。コンビなのにこの歯切れのわるさ...ホフディランとはなんぞや、ふたりは似てるところが全くないのに何故一緒に居るんだい???と。
当時は他にも色んな音楽、主にパンク(ハイスタやブラフマン)やロック(スーパーカーやナンバーガール、ゆらゆら帝国、他にも色々)にハマりましたが、それらはスッキリスカッとしたある種の爽やかさがありました。
当時のホフディランにはスッキリした何かがほぼなくて、ずーっとモヤモヤしていたのを思い出します。私だけの印象かもしれない、いやきっと私だけだろう。。
今だから推察すると、初めて観たライブ(Helloホフディランツアーin新潟)と当時の雑誌でのインタビューとのギャップにモヤモヤしていたのではないかと思います...あの日、初めて観たライブで、アンコールでホフ+ベスト3で円陣組んで 世界の国からコンニチハ をやってくれたのが物凄く嬉しかったのを鮮明に覚えているからです。3rdのツアーなのに全くやらなかった曲もありましたし。1stも2ndもまだ手に入れてなく、コジコジ銀座と3rdしか知らなかった頃です。わたしの初めてのホフ体験がそれですから...
ホフが学ラン着ていたりキーボードの上で赤色灯をまわして演奏していた時代はリアルタイムでは知らないのです。その頃から知っててファンになっていたら、わたしの見方はもう少し変わったのかもしれませんね。
あの夏から、22年が経過しました。
近い未来に精密検査を受けなければならない程にはすっかり不健康になってしまったわたしと、今になってふたりの仲がいちばんいい状態というホフディラン。
わたしの音楽の趣味もすっかり変わり、主に電子音楽やアイドルを聴くようになり、その間にホフも休止したり色々あり、ホフを全く聴けなかった時期もありましたが、今現在もずーっとファンです。が、ずーっとモヤモヤしたままです。だからこそホフディランの事がずーっと気になるんだと思います。ワタナベイビーさんと小宮山雄飛さん、あのふたりじゃないと成立しない、独特のモヤモヤ感。
モヤモヤしてる所にわざわざ帰る、というのもなんかアレな気がしますが、ホフの曲を聴いていると何故か実家のように安心します。ホフのふたりが地球上に存在しているだけで、安心するのです。
私にとってホフディランとは、故郷なのです。
(ちなみに冒頭のフライヤーは今も実家の壁にあります)