感謝している友人のこと。
今日の記事には動画もあります。
よかったら、動画も観られる(聴ける)時に読んでいただきたいです。
今回は、私や周りの人に対して常に勇気を与えてくれる友人のことについて書こうと思います。
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トラック運転手のラッパー、大樹(たいき)。
彼と初めて会ったのは、9年ぐらい前です。
お互い地元が一緒の同級生なんですが
私が母の地元の小学校に転入してきた時に、ちょうど彼はその小学校から関西の小学校へ転校したので、完全な入れ違いで、お互いのことは知りませんでした。
彼が奥さんを連れて新婚旅行で地元を訪れた時、母校繋がりの同級生に誘われて、大樹夫婦が泊まるペンションに私も顔を出したのがきっかけで知り合いました。
当時の大樹の印象は、フレンドリーだけど、いかつくて恐い(笑)
私はラップという音楽に興味を持ったことが無かったし、彼らのファッションや世界観は、自分とかけ離れていたので、近寄りがたいと感じました。
でも、初対面の私に対しても、一期一会、今日は楽しもう!と言って、当時小さかった私の息子たちに対しても、ラップの歌い方を教えて笑わせてくれたりして、みんなで楽しく過ごすことができました。
それをきっかけに、SNSを通して交流をするのが日課になり、大樹の生き方や価値観に好感を持つようになって、いつしか友人としてコミュニケーションをとるようになりました。
トラックの運転手をしながら、月に数回行われるイベントでラップを歌って楽しんでいる大樹。
そんな彼の生活が、数年後に衝撃な展開を迎えることになるとは思いもしませんでした。
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1日に数回SNSで近況をつぶやいていた大樹の投稿が、ある日突然ピタリとやみました。
投稿がなくなってから1ヶ月ぐらいたった頃に、何かあったのかな?と気になって、大樹にメッセージを送ってみました。
「大樹、久しぶり!元気にしてるかな?最近、大樹の近況報告が無いからなんとなく気になって連絡してみたよ」
すると、大樹ではなく、奥さん(ゆりねぇ)の方から返信がきました。
「連絡ありがとう。心配かけると思ってまだ身内にしか話せていないのだけど、実は仲間と海で遊んでいる時に事故にあって・・・」
「大樹のことは、ヤフーニュースにも載っています。落ち着いたら、本人から連絡があると思います」
そのメッセージを読んで、一瞬 頭の中が真っ白になりました。
大樹の身に何が起こって、今どんな生活をしているかは、こちらの動画がとてもわかりやすいと思ったので、リンクを貼ります。
2018.5月放送のNHK ほっとビジョン 特集です。
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この放送は昨年のもので、この動画にまとめられている何年もの間に、彼はそうとうな努力と苦労をしていました。
寝たきりからのリハビリ、そして少しずつ自立できる生活をするまでのことを、彼がSNSを再開してくれたことで日々見ることができ、頑張れ、と影で応援してはいたものの。
それでもどこか他人事、自分にはこのままの生活が続くと思っていた矢先
今度は私がくも膜下出血を起こし、手術、入院、絶対安静の生活になりました。
「前向きに考えたくても、もうこのまま歩けない身体になってしまうのではと考えて絶望的な気持ちになる。早く元の身体に戻りたいのに、ベッドの上でただこの景色を眺めるしかない自分に悲観してしまう」
あの頃の私が、絶望的な気持ちを切り替えることができた理由のひとつに、間違いなく彼の存在がありました。
「俺にも病院のベッドで絶望的な気分を味わった経験があるので、ゆみこの気持ちがわかります。少しでも前向いていってほしい」
彼のSNSでの投稿や私にくれた言葉が、私にとって励みとなり、私も前向きにリハビリして、元の生活に戻ることができました。
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そして2年前、大樹と久しぶりに再会したのです。
当時ガン治療中だった姉の病院に付き添うため、関西に行った時のことです。
せっかく関西まで行くから会いたいという気持ちもあったのですが、その頃、いつかは姉も車イス生活になる可能性があったので、大樹に少しでもアドバイスをもらいたいということと
姉に大樹を会わせることで、少しでも姉が勇気をもらえないものかと考えて、私は大樹に連絡をしました。
「実は、姉が乳がんで治療中で今度検査のためにそっち方面にいくんだけど、もし時間が合えば大樹に会いたい」
大樹はもちろん快諾してくれて、姉が診察を受けた京都の病院まで、大阪から車で迎えに来てくれました。
身体が不自由な人が運転する車に乗るのは初めてだし、障害者として生活している大樹に会うのも初めてだったので、正直どういう風に接したらいいのか戸惑ったんです。
でも、大樹が「お~久しぶり!」と、ニコニコ笑顔で迎えてくれたことで、私も自然と笑顔になって、車に乗りました。
その時久しぶりに見た大樹の顔は、昔とは変わらないようで、なんだか表情がすごく穏やかになっているように見えました。
姉と大樹は初対面だったのですが、お互いに病気の身なので、車を運転しながら大樹がいろいろ話してくれました。
事故にあった当時の絶望的な気持ち。
なぜ日本では安楽死ができないのだろうと感じたこと。
この身体になるまでの自分は、周りのことは一切考えない、他人なんかどうでもいい、自分さえよければいい、気に食わないことがあったらすぐケンカをふっかけるようなこともあったと。
それが、この身体になって、人に頭を下げるようになったこと。
周りに感謝するようになったこと。
「だって、この身体では、一人じゃ生きられへん。ラップ歌う時ステージに上がるためには、必ず誰かの手を借りなあかん。すみません、ありがとうございます。本間にそう思う。この身体になって初めてわかったわ」
久しぶりに会った大樹の顔が、穏やかな表情に見えたのは、これが理由だな~と分かりました。
大樹の家に少しお邪魔して、姉が席を離れた時に、大樹が私に話してくれたこと。
「俺の病気も、しんどいし辛い。朝起きた瞬間から体中が焼けるように痛いし、毎日起きるたびにあー今日も地獄が始まった〜と思う。なるべくそれを考えんですむように楽しい予定を埋め込んでる。正直、ここまでの身体になったから、もういつ死んでも後悔ない。
でも、ゆみこの姉ちゃんはそれとは違う。俺は死ぬことを恐れる症状ではないけど、姉ちゃんは、死が押し寄せる恐怖と日々闘ってる。だから俺とは違ったしんどさがあるんやろうな・・・。」
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一方、姉は、私にこんなことを話してくれました。
「最初、ゆみが大樹くんに会うって言った時、正直あまり気乗りしなかったんだけど、大樹くんに会えて良かったわ。
安楽死の話聞いて、姉ちゃん少し気が楽になった。
姉ちゃんもね、苦しくて。
こんなこと言ったら家族が傷つくと思ったから言えなかったけど、こんなに周りに心配かけて、治療しても再発繰り返して、それでも治療するしかなくて、もうどこか誰も知らないところに一人で逃げていっそのこと・・・」
そうやって、言葉に詰まって泣き出しました。
姉は、自分が死にたいと思ってしまうことに、罪悪感を感じていたと。
でも、それを大樹が肯定してくれたように感じた。
彼の話を今のタイミングで聞けて本当に良かったと話してくれました。
2人がそれぞれの立場で必要な気持ちを受け取り、私は2人から新たな気づきを得ることができ、3人での時間は、とても貴重なモノとなりました。
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関西で大樹と姉と私で会ったちょうど1年後、いよいよ姉が車椅子を使うことになり、「聞きたいことがあったら何でも聞いてや」と言ってくれていた大樹にアドバイスを求めました。
大樹とメッセージのやりとりをした後、姉が私に言いました。
「縁ってすごいよね。姉ちゃんが車イスの生活をイメージできるのも、ゆみが大樹くんと出逢わせてくれたおかげだもんね。人はいつだって、誰かに補ってもらって生きてるんだな〜」
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大樹は現在も、ラッパーとして活躍中です。
私が初めて出会った時は、 「トラック運転手のラッパー」でしたが
今は、「車椅子ラッパー」として活動しています。
痛みや麻痺がありながらも、基本ポジティブに笑い飛ばせ根性で
大阪各地のイベントでひっぱりだこの様子。
彼の姿が、同じ障害のある方に勇気を与えているのはもちろんですが
私も、自分が病気した時、姉が治療中の時、彼の精一杯生きる姿に本当に助けられました。
ラップに興味がない私だけど、Large‐TのCDだけは買いました。
応援の気持ちで買ったつもりだったのですが
彼の歌詞には生き様がそのまま書かれているので、聴くと、心にしみこんできて感動します。
大樹とは今でもSNSを通して時々やりとりをする間柄ではあるけど
私の尊敬する存在で、大切な友人です。
先ほど紹介した映像でも流れていた曲ですが
大樹が綴った歌詞と、大樹の様子がこのPVには詰まっているので
こちらの動画もご覧ください✨
今日も読んでいただきありがとうございました。