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限界社会人だが、ベランダに迷い込んだ野良猫が懐いてくる件~ウチはペット禁止です!~


先にお断りしておこう。
当記事に猫の写真はない。可愛い猫ちゃんの画像を期待して開いてくださった読者諸氏にとっては期待外れの内容となってしまうことにご留意いただきたい。
また、こんなタイトルを冠しているが当記事はライトノベルではない。未だに私にとっても信じがたい話だが、以下はバチバチのノンフィクション(プライバシー保護のため一部多少の脚色あり)である。


ある夜、家で寛いでいるとどこかから甲高い音が聞こえてきた。
どうにも猫の鳴き声のようだ。どこかの部屋で飼っているのだろうか。だとしたら見過ごせないな。当アパートはペット禁止のはずである。

はじめに鳴き声に気付いてから数十分ほど経ったが、鳴き声はなかなか止まなかった。声は比較的明瞭に聞こえるため同じ階のどこかだろう。冷凍食品で腹を満たした私が、秋めく夜風に当たろうかとカーテンとベランダの窓を開けた時だった。
遥か視界の下に蠢くふわふわの影。
「…!、にゃーお!ッフーッ!、っにゃーお!」
小さな猫の影は私を威嚇している。

いや、ウチのベランダにおったんかい!

しかし困ったものだ。前述のとおり当アパートはペット禁止である。よしんば規約上問題がなくとも今の私にペットを飼う予定はない。
「にゃーお!にゃー!にゃー!」
それにこんなおしゃべりな猫がいたらご近所に迷惑だ。

見たところまだ子猫のようだ。毛はぼさぼさで痩せこけ、みすぼらしい。さっきからベランダを行ったり来たりして近隣の部屋の住人への挨拶周りに勤しんでいる。
洗濯物に毛を付けられてはかなわない。猫が去ったタイミングで、私は急いでベランダに出た。
「にゃーあ。にゃーお。」
…とか言ってる間に外に出たら猫、帰ってきちゃった。子猫はにゃーにゃー鳴きながらこちらに寄ってくる。ああーもうー…

猫の割には人懐っこい奴だった。こちらをまんまるの瞳で見つめながらにゃーお、にゃーおと甲高く鳴いている。
小さな足をとてとて動かし、ベランダを行ったり来たりしながら時折私の足にすり寄ってくる。それが今の私にとっては多少のプレッシャーだった。今下手に部屋に入ったらこいつまでついてきてしまいそうだったからだ。
私はその場にしゃがんで子猫に目線を合わせる。
「君、うちはペット禁止なんだよ。」
「にゃーん」
いや、にゃーん じゃなくてだね…

見たところ彼奴の首元に首輪はない。それにこの毛並み、ほぼ間違いなく野良だろう。とすれば、侵入経路はベランダ一択か。
頭を抱える私を余所に、子猫は仰向けに寝転んでしまった。私にどうしろというのだ。
駄目だ駄目だと思いつつ、そろりと猫の毛並みに指を伸ばし、顎の下を撫でてみる。ふわふわであったかい。
子猫は私の指を小さな両の前足できゅっと掴まえて、ざらざらの舌で舐め始めた。
あー!困りますお客様!あー!
…後で手洗おう。

それでも私には明日の仕事もある。いつまでも猫と遊んでいるわけにもいかない。猫がまた余所のベランダに移動したタイミングを見計らって、私はすっと部屋に入った。
すぐに我が家のベランダに戻ってきた猫がにゃあにゃあ鳴きながら窓に駆け寄ってきた。何かを訴えるようにじっとこちらを見つめてくる。
私は今、都合の良い夢でも見ているのだろうか。なろう系小説くらい都合の良い夢を…
心を鬼にして無視を決め込んでいると、猫の関心も次第に他の部屋に移ろっていったようだ。そして、どこかからベランダの窓を開ける音。猫の鳴き声はだんだん遠くなってゆく。誰かが玄関から逃がしてやったのだろう。
しばらく猫はにゃおおおん、にゃおおおんと必死に鳴き続けていたが、いずれ何処かへ行ったようだ。ああ、可愛かった…もしあの時伸ばされた前足を私が取っていたら、近隣に信頼できる保護猫シェルターが見つかるまで生活を共にできたら…などと、一瞬仮定の話が頭を過ったが、あくまでも絵空事だ。これで良かったのだ。万事、これで。

夜が明ける。どこかにおしゃべりな子猫が住まうこの町を、私は今日も歩いてゆく。今朝は快晴だ。
エントランスを出ようとした時、知らぬ顔の住民とすれ違った。その住民は、手にしたリードに大きく聡明そうな犬を繋いで共用玄関を潜っていった。



いや、ペット飼っとる奴おるんかい!!!



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