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私の教材研究法(3)ー葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」

今回は、これまでも何度か触れた、葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」を題材として、小説教材を対象とする教材研究のやり方を説明していきたいと思います。まずは次の一文をご覧ください。

(1)お願いですからね、このセメントを使った月日と、それから詳しい所書きと、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、ぜひぜひお知らせくださいね。(葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」)

これはセメント樽の中に入っていた女工の手紙の一節ですが、ここからは、恋人をセメント工場の事故で亡くした女工が、その恋人が混じったセメントが使われる場所と日時と、それを使う労働者の名前に執着している様子がうかがえます。

この一節に対して、指導書は次のような発問を載せています。

(2)「このセメントを使った月日と、それから詳しい所書きと、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前」は女工にとってどのような意味をもつか。

この発問に対する指導書の解答例は次のようなものです。

(3)女工は、恋人が、いつ、どこに埋葬されたかを知りたいのである。埋葬の月日・場所・そして埋葬してくれた人の名前。それらを知ることで、はじめて女工にとって恋人の埋葬が終わるのである。

問題は(3)の3つ目の文「それらを知ることで、はじめて女工にとって恋人の埋葬が終わるのである。」という部分です。どのように考えたら、この解答に辿りつくことができるのでしょうか? 例によって、指導書にはその過程が全く説明されていません。そこで、教材研究をする際には、その過程を丁寧に説明する必要があります。

解答例には「女工にとって」という表現がありますから、問題となっているのは「恋人の埋葬についての女工の捉え方」であると考えられます。そこで、恋人の埋葬について女工が語っている部分を、女工の手紙から探してみると、少し前の段落で、女工は次のように書いていました。

(4)①私はどうして、あの人を送って行きましょう。②あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬られているのですもの。(「セメント樽」)

まずは(4)の①から考えていきましょう。「どうして~しよう。」とは反語表現で、「~する方法がない/~できない」といった意味になります。また、「送る」とは、辞書で調べると、

葬送する。死者を墓地に運ぶ。また、去りゆく死者に別れを告げる。(『広辞苑』第五版)

と書いてあるので、ここでは「死んだ恋人に別れを告げる」といった意味でしょう。すると、(4)の①は次のような意味になると考えられます。

(5)私は死んだ恋人に別れを告げることができない。

一般的に、「埋葬する」という行為は「死者を墓地に運んで、棺に入れて地面に埋め、別れを告げることによって完了する行為」であると考えられます。すると、(5)のように、死者に別れを告げることができないというのは、「埋葬が完了できない」ということを意味します。したがって、上の(5)は次のように言い換えることができるのではないでしょうか。

(6)私は死んだ恋人の埋葬を完了することができない。

次に、(4)の②について考えてみると、「~もの」は理由を述べる終助詞ですから、恋人が「西へも東へも、遠くにも近くにも葬られている」ことが、女工が(6)のように考える理由ということになります。そして、「恋人が西へも東へも、遠くにも近くにも葬られている」ということは、要するに、「恋人の入ったセメントがどこに使われるのか、女工には特定できない」ということでしょうから、女工は結局、次のように考えていることが分かります。

(7)恋人の入ったセメントがどこに使われるのか、自分には特定できないから、私は死んだ恋人の埋葬を完了することができない。

これが「恋人の埋葬についての女工の捉え方」です。そして、この(7)からは、次のようなことが推論できます。

(8)恋人の入ったセメント袋がどこに使われるのか特定できるならば、女工は死んだ恋人の埋葬を完了することができる。

そしてこれは、(3)の解答例の3つ目の文「それらを知ることで、はじめて女工にとって恋人の埋葬が終わるのである。」とほぼ同じ内容です。

(8)のように考えたからこそ、何としてでも恋人の埋葬を終わらせたい女工は、「セメントを使った月日と、詳しい所書き、どんな場所へ使ったか、手紙を読んだ人の名前」にあれほど執着したのでしょう。恋人の入ったセメントがどこに使われているのかを自ら特定するために。

以上のように、小説の教材研究においては、指導書の解答例を参考にしながらも、なぜその解答例になったのか、それを導き出した過程を、文中で使われている語の辞書的意味や、反語などの文法事項の整理によって、一つ一つ丁寧に説明していくことが何よりも重要であると私は考えます。

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