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小説の登場人物の心理をどのように理解するのか?(1)

今回は教材研究からは少し離れて、私たちが小説を読む時、その登場人物の心理をどのように理解しているか?という問題について考えていきたいと思います。

ここで「心理」というのは、その人物の喜怒哀楽の感情や、思考内容などを指して言っています。

一口に登場人物の心理の理解と言っても、そのやり方は多岐にわたりますので、ここでは比喩表現から登場人物の心理を推測する場合に論点を絞って考えていきます。

1. 登場人物の会話に現れる比喩に暗示される心理

現実の人間の会話と同じように、小説の登場人物の会話にも、しばしば比喩が多用されます。そして、その比喩にはしばしば、登場人物の心理が暗示されます。例えば、以下のような文章がその例です。(これは会話文ではありませんが、会話文と同じような扱いができると思います。)

①そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細かい石になって、ベルトの上へ落ちました。②ベルトは粉砕筒へ入っていきました。③そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細かく細かく、はげしい音に呪いの声を叫びながら、砕かれました。(葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』)

これは女工の手紙の一節で、彼女の恋人が破砕器に巻き込まれた事故を描写したものです。ですから当然、①の時点で恋人はすでに絶命しています。すると、③の文の「はげしい音に呪いの声を叫びながら」という部分は、石と恋人の体が砕け合ってできた「赤い細かい石」が粉砕筒の中で細かく砕かれる時の激しい音を、隠喩的に表現したものであると考えられます。

ここには当該の事故に対する女工の心理が暗示されていると解釈することができるでしょう。「呪う」とは「強く恨む」ことで、「恨む」とは「ひどい仕打ち(をした相手)に、怒りや憎しみや不満などの気持ちをもつ」ことです。「赤い細かい石が、激しい音を立てながら、細かく砕かれる」様子を、「呪いの声を叫ぶ」と擬人的に描写する女工は、その出来事を、

(1)何らかのひどい仕打ちに対して、誰かが怒りや憎しみや不満などを感じている。

と捉えていることが分かります。恋人が巻き込まれているのに、破砕器が止められた形跡がないことや、当時の労働者の過酷な境遇などを考えると、「何らかのひどい仕打ち」とは、「事故に対するセメント会社の対応」あるいは、より一般的に「資本家の労働者に対するひどい仕打ち」などを指しており、「誰か」とは「女工の死んだ恋人」あるいは「資本家に虐待される労働者」などを指していると推測できるでしょう。

以上のように、登場人物が作中での出来事を描写する時に用いられる比喩と、その出来事の(比喩ではない)通常の描写とを比較することによって、比喩に暗示された、その人物の心理を推測することができるのです。

(2)地の文に現れる比喩に暗示される心理

また、三人称小説において、作者が登場人物の視点に寄り添っているような場合、地の文で用いられる比喩にも、登場人物の心理が暗示される場合があります。例えば、以下の(2)~(5)は、芥川龍之介の『羅生門』の地の文からの引用ですが、地の文は下人の視点に寄り添っているので、そこで用いられている比喩には、下人の心理が暗示されていると考えられます。

(2)檜皮色の着物を着た、背の低い、痩せた、白髪頭の、猿のような老婆である。
(3)すると、老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた屍骸の首に両手をかけると、ちょうど、猿の親が猿の子のしらみをとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。
(4)下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへねじ倒した。ちょうど、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
(5)すると、老婆は、見開いていた目を、いっそう大きくして、じっとその下人の顔を見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い目で見たのである。(……)その時、その喉から、鴉の啼くような声が、あえぎあえぎ、下人の耳に伝わってきた。

(2)~(5)の引用文では、下人が羅生門の楼の上で出会った老婆の外見や動作が、「猿のような老婆」「猿の親が猿の子のしらみをとるように」「ちょうど、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕」「まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い目」「鴉の啼くような声」などのように、「猿」や「鶏」や「肉食鳥」「鴉」といった動物の比喩を用いて、描写されています。

これら一連の描写から、その背後にある下人の心理を推測すると、この下人は、

(6)この老婆は人外の動物のような、気味の悪い存在である。

といった捉え方をしていると考えられるでしょう。

これは「1つ1つの比喩表現の背後にある対象についての捉え方」という点で、「概念メタファー」と似たような特徴がありますが、「概念メタファー」とは異なり、一般的な世界認識とはあまり関わりがありません。しかし、それが何であれ、地の文で用いられる1つ1つの比喩表現から、その背後にある、登場人物の捉え方を推測できる場合があるということは確かではないかと思います。

以上、小説の会話文や地の文で用いられる比喩から、そこに暗示された登場人物の心理を推測する場合について説明しました。小説の登場人物の心理を推測するやり方には、これ以外にも、様々なものがあるでしょうが、それについてはまた別の機会に書いてみたいと思います。




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