サブウェイ
小さい頃、わたしは食べ物の好き嫌いが多い子供だった。
小学4年生のとき成長が止まるまで1年に10cm以上身長が伸びたおかげでついたあだ名は「巨神兵」。
周りの男の子はみんな自分より小さかった。なぜ小さい人の都合で屈辱的なあだ名をつけられなければいけないのか。わたしは日々憤慨した。
今もヒールを履いて歩けばたいていの男性と目線が同じになる。
母の作るもの以外食べられず、友達の家に行って出される食べ物が苦手だった。「料理」というものがそもそも苦手だったように思う。ミニトマトや種無しぶどう、いちごなど、水分の多い素材そのままで食べられるものばかりを好んで食べていた。マヨネーズやソースも嫌いで、マクドナルドに行くと必ずテリヤキバーガーを頼む姉をいつも信じられないという顔で見ていた。焼きそばも好きではなかった。母が焼きそばのことをめちゃくちゃ好きだったので、かなり高い頻度で食卓に並ぶ焼きそばを嫌々食べていた。
小学4年生のとき、163cmあったのに41kgくらいだった。胃に穴が空きかけて母に泣かれた。
サブウェイと初めて出会ったのは、わたしが小さいとき、幼稚園低学年のときだったように思う。
母が30歳のときに設立した生花店は、わたしが幼い頃はそこそこ繁盛していたと思う。
川崎駅前にあった百貨店の「母の日」フェアは、毎年うちが担当していた。わたしは幼少期、「母の日」を母と過ごしたことがほとんどない。
他人の母のために花を生ける自分の母の姿を、バックヤードから見ていた。母は忙しくて仕方がないはずだったのに、構ってもらいたくてお腹がすいた、とか、お腹が痛い。と言って母をずいぶん困らせてしまった。
百貨店のフードコートには、ハンバーガー屋さんやクレープ屋さんが並んでいた。今思えば変なつくりのフードコートだった。ハワイアンズみたいだった。
入ってすぐ右側に、サブウェイがある。
ハンバーガーが好きではなかったし、味の濃いものしかなかったそのフードコートで幼いわたしが唯一食べることができたものが、サブウェイのたまごサンドのオリーブ抜きだった。
そのときだけ手伝いにきてくれていた母の友人の息子さんに手を引かれ、わたしははじめてサブウェイのサンドイッチを口にした。
極度の人見知りだったわたしは、お手伝いにきてくれていたお兄さんに、この黒くてまるい物体(オリーブ)を抜いてくれ、と頼むことが出来ず、初回は泣く泣く、だましだましオリーブを口に運び、そのたび吐き出した。お兄さんは困っていた。
翌日母に連れられてやってきたときには、オリーブ抜きで食べることができた。
わたしの記憶は、この「母の日」から始まっているのではないかと思う。自分のなかで一番古い記憶は、この母の日か、自分で車の鍵を下ろしてしまい車の中に閉じ込められたあの記憶だ。
時は過ぎ、高校1年生の夏。
高校受験に失敗したわたしは、人生で初めての挫折を味わった。中学校に通っていたとき、わたしは頭が良かった。そう思い込んでいた。実際は、周りがヤンキーばかりで比べられる対象が対象だっただけで、そんなに勉強が出来るわけではなかった。
高校に入ってはじめて、「勉強」をした。
過酷な日々だった。二度と高校時代には戻りたくない。
高校では周りの成績がよく、みんな要領が良かった。わたしは提出物忘れが多かったし、ワーストにさらされるくらい理系の勉強ができなかった。国語の成績は常にトップだったが、英語では赤点ばかりを取った。
学校という存在が嫌いだったし、縄張り意識や自尊心の高い級友と馴染めずにいた。先生のこともすきになれなかった。
中学時代にいじめを受け、ストレスから10キロ以上太ってしまった。味覚が変わったのか好き嫌いが少なくなり、なんでも食べるようになった。
そんな高校時代の密かな野望が、「早稲田大学に行きたい」だった。早稲田大学の文化構想に行って、国語の教員になるんだ!という夢があった。出版社勤めもしてみたかった。和歌の勉強もしたかった。とにかく文学に関わる仕事がしたかった。
周りと馴染めないわたしにとって、本の中の世界は生き甲斐だった。
高校1年生の夏のある日、オープンキャンパスのために行った早稲田大学戸山キャンパス前のサブウェイに入店した。
接客は最悪だった。
こちらは遠い遠い幼少期の記憶の中のサブウェイしか経験がない。サブウェイの注文方法など知るわけがない。
ケースの中には、色とりどりの野菜たちが行儀よく並び、食欲を誘ってくる。ぷりぷりのピーマンや水をたっぷり含んだ真っ赤なトマト。清潔な冷蔵庫の匂い。パンの焼けた音が聞こえる。
いますぐえびアボカドのサンドイッチを食べたい!
列にならんですぐ、笑顔を張り付けた店員さんがわたしに向かって声を発した。
「パ!!!!!」
バカでかいパの音以外なにもわからなかった。それしか聞こえない。疑問符を浮かべて聞き返すと、
「パ!!!!!!!!!!」
さらに大きな「パ」が返ってきた。本当に何を言っているのか聞き取れない。
わたしはおいしいサンドイッチが食べたいだけなのだ。何をどうしたらサンドイッチを食べることができるのか、店員さんにはそれだけを教えて欲しかった。
「すみません、もう一度お願いします」
当時シャイガールを極めていたわたしだが、勇気を振り絞って蚊の鳴くような声で聞き返した。すると、パ、ではなく、ハッという、明らかに人を蔑んだ笑いが聞こえてきた。
「パンの、種類はあ、どちらに、なさいますか~?」
ひどくゆっくりそう聞かれた。
ゆっくり言えるんだったら最初から言えやこのカスが~~!!!!!!!!サブウェイ初心者がパンの種類聞かれるなんて思ってないに決まってんだろがこのボケ~~!!!!!!!!!!!!!カスが~~!!!!!脳ミソにおがくずでもつまってんのかアホンダラ~~!!!!
大声で叫びたいのを我慢して、「セサミで」と、目に入った種類のパンを読み上げた。サブウェイの店員さんは、サブウェイ一見さんに優しくしてほしい。パンの種類を選ぶんですよ~と、優しく言ってほしい。実際、小心者のわたしはこれがトラウマになって大学生になるまでサブウェイに行くことができなかった。サブウェイの列に並ぶとき、初心者マークのシールとか用意してほしい。
大学受験のストレスでさらに10キロ近く太った。マンゴー以外嫌いなものはほとんどなくなっていた。
ファミリーマートのミニシュークリームをほぼ毎日食べていた。恐ろしいほど太っていた。
早稲田大学はだめだった。なんとか法政大学に入学し、わたしは夢である日本文学部の学生になった。
受験が終わる頃には、「受かればどこでもいい!!!!わたしを拾ってくれ!!!!!」と思いながら生きていた。法政大学ほんとうにありがとう。
文字を書く側になろうと思っていたのに、百人一首の研究がしたかったのに、なんの罠か美形おじいさんの古事記の授業に惚れ込み、大国主研究に関わることになっていた。
人生何が起きるかわからない。
サブウェイについても、同じことが言える。
大学生になって、お昼ごはんは母のお弁当ではなく外食になった。コンビニのパンやおにぎりばかりでは栄養が偏る。そんなときに思い出したのが、サブウェイだ。
サンドイッチだけならそんなに値段はしない。ひとつでお腹いっぱいになる上に、野菜全部多めにすると更なる健康満足感が出る。見た目もおしゃれで、なにより味がおいしい。わたしは、サブウェイの虜になった。
大会で決勝に上がったときや誕生日も、落語研究会の友人たちはサブウェイを用意してくれた。低血圧を起こして死にかけたわたしに、友人がくれたサブウェイのサンドイッチの味は、生涯忘れないと思う。友人たちのこともサブウェイのことも愛している。
わたしと何度も遊んでくれている友人は、サブウェイを見つけると一緒にサンドイッチを食べてくれる。クリスマスもサブウェイへ連れていってしまった。いつもありがとう。愛…
わたしのイチオシは
・生ハムとマスカルポーネ
・チリチキン
・チョコチャンク
だ。
サブウェイの全商品を愛して止まないが、最もリピートしているのは生ハムとマスカルポーネのサンドイッチだと思う。新星のごとく現れた本商品は、なんといっても「ケチらない」ところに魅力があると思う。
重なった生ハムの塊を4つパンに置いたと思えば、間を縫うようにマスカルポーネが敷き詰められていく。生ハムもマスカルポーネも幅をとるものではないため、「野菜全部多め」にしても食べにくくならない。おすすめはホワイトがおすすめ。くせがなく、生ハムの塩っけを十分感じることができるからだ。
次におすすめなのが、チリチキンだ。
わたしは辛いものを好んで食べるが、チリチキンは正直にいって全く辛くない。しかし、肉の柔らかさと甘みが素晴らしい商品なのだ。このとき、意識してほしいのが「たまねぎ」とのマッチ具合である。甘さ引き立つふたつの具材が合わさって、「美味しい」の一言に過ぎる。野菜を食べている感覚ではなく、全てがマッチしている。ケースの中にごろごろ転がっているチリチキンを見るだけで、「わたしが今食べてあげるからね…」という気持ちになる。おすすめのパンはセサミ。辛いものには(わたしには辛くないが)ゴマがなくちゃはじまらないのである。チリチキンLOVE。
最後に。みなさまはサブウェイにクッキースタンドがあるのをご存知だろうか?緑の側面に正面はガラスでできていて、大きなクッキーが食べられるのはいまかいまかと温められている。
わたしはこのクッキースタンドを、渋谷にある大和田文化総合センターのとなりにあるサブウェイでしか見かけたことがない。わたしはあそこのサブウェイが一番好き。
半地下になっていて、窓際にはコンセントを完備。いつもあまり混んでいなくて、見上げると隣にはわたしがいつも行くプラネタリウムがある。立地として最高だ。
レジのとなりにあるクッキースタンドの中の、大きな大きなチョコチャンク。そういえばチョコチャンクってなんでチョコチャンクって言うのだろうか。
あつあつのチョコチャンクは、サンドイッチの前に食べてしまう。まるでピザのチーズのように伸びるキャラメル(おそらく)とチョコレート。焼きたてのクッキーはほくほくで致死量の幸福感を与えてくれる。
おいしい…さいこう…
健康志向高そうなサブウェイに、カロリーの暴力みたいなデザートがあるという点が、推せる。
サブウェイに唯一文句があるとするならば、なぜ、なぜコカ・コーラじゃなくペプシコーラなのか。コカ・コーラ愛好家として辛いものがある。こんなことを言ってはいけないとは分かっているが、いつかコカ・コーラとペプシコーラを並べておいてほしい。わたしはコカ・コーラのことがとても好きだ。
長々、つらつら、サブウェイとわたしの思い出、またサブウェイの魅力について書いてきた。
これを読んだ誰かが、サブウェイに足を運んでくれますように。そして、日本のサブウェイが再度、繁栄を極めることを願っています。アイラブサブウェイ。サブウェイサランへ。みなさん、わたしの冠婚葬祭のときには、1人ひとサブウェイをよろしくお願いいたします。