ポールケアホルムと松屋銀座
松田倉庫時代にとんでもない出物がありました。ローレイダー時代に噂には聞いていたのですが、足を運んでびっくりでした。
新宿のとあるリサイクル屋さんの地下になんとなんとポールケアホルムのソファのセットが眠っていました。そこには3人掛けが、2人掛け、長方形のガラステーブル、丸スツールが2つありました。全てEKC製の貴重な品物です。この頃、ちょうどケアホルムが値上がりしてきた時です。私も自宅で2人掛けを使用していました。
余談ですが僕の最初のPKは20番のラウンジチェア。e-bayで落札しました。デンマークからではなくアメリカ。まだ2000ドル位でした。もちろんEKCのモデルです。この頃、EKCの22番がデンマークでおよそ10万位でした。最初に手にいれた20番は熱狂的に通ってくださった方にお譲りし、今でもSNSでその元気な姿を見られます。
さて、話を戻して新宿のPK。店主に話を聞くと下北沢の建築家の家からの出物とのこと、他にもスワンチェアなどがあったそうです。下北沢の建築家さんは1960年代に松屋銀座で行われたスカンジナビアンフェアでこのセットを手に入れたそうです。なんとそれは日本初の正規輸入品のPKでした。このスカンジナビアンフェアは語り継がれるフェアでして、当時の顧客は濱田庄司や柳宗理さんなどだったそうです。そこで購入された由緒あるPKのセットなのです。店主の言い値はセットで300万。まあ、妥当です。テーブルがレアなPK-64です。そして丸スツールPK-33番は当時はレアでポイントが高い、ソファもセットはなかなかないです。最初のコンタクトではとりあえず身を引きました。
そして時が経ち、例の店主から電話が。急な入用があるのでテーブルは無しだけど100万でどうかと。これは即決でした。気が変わらないうちに現金握りしめて取りに行きました。テーブルはサザビーズと付き合いのある店主がサザビーズに出品をしました。なんと落札は300万弱。僕に売った100万と合わせて予想より利益が出たようです。
さて、僕の購入したセットなんとなんと次のオーナーは福岡オルガンの武末夫妻です。今だにきっちりとリビングに収まっている姿を目にしたり、座ったりしたりとなんだかこれも嬉しい取引でした。売った時はまさかその時に僕が福岡に来るとはねえ。
残ったPK-33の丸スツールは家宝として大切に使用する予定でしたが、非売品NGの僕のポリシーの元、2脚とも旅立ちました。
新宿のリサイクル屋の店主とはその後、コネクトオークション時に誤解からとても恨まれてしまったのが残念です。
松屋銀座とはその後にフラクタスで出店させていただいたり、モダニズムショーで出品させて頂いたりとなんだか僕の人生の中ではまあまあ重要な関わりをしています。
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