音を見るトレーニングをはじめよう(前編)
解説ありの詳細版です。
想定よりも長くなったので前後編に分けました。
先にこちらやこちらの記事を読んでいただけると、内容が理解しやすいかもしれません。
それでは、ステップごとに説明していきたいと思います。
①スピーカーで音像に慣れる
まず初めに、スピーカーが作り出す音像に慣れましょう。
⑴ 音像とは
オーディオ初心者の方向けにざっくり説明すると、
音楽は一般的にステレオフォニック(ステレオ)という形式で制作されていて、
2本のスピーカーで再生することで、音の位置や形を作り出しています。
基本的には下図のように、スピーカーと対峙したときに正三角形ができる位置で音を聴くようにしましょう。
たとえば、ボーカル入りの楽曲であれば、
大抵は2本のスピーカーの間にある空間からボーカルが聴こえます。
このとき、なんとなくこの辺りから音が聴こえるという空間の範囲を、視覚的に表現したものを「音像」と呼びます。
この音像は、全ての音に存在していて、
たとえば下図のように、楽器ごとに位置が異なって聴こえるように意図的に制作がされています。
これらの音像は、実際にその場所で音が鳴っているわけではないので、いわゆる「虚像」であり、人工的なものです。
音像はスピーカーが作り出せる音の空間の範囲内であれば、任意の位置に定位させたり、形を持たせたり、曲の中で動かすことも可能なのですが、
そもそも、なぜ音に位置を与えるのかというと、
その最大の理由は、それぞれの音を聴き取りやすくするためです。
(カクテルパーティー効果の例のように、音源の位置情報は人の選択的聴取の手助けになります)
そのため、音楽(ステレオ制作された音源)が持つ音像は境目がはっきりしていて、
明瞭なものが多いという特徴があります。
⑵ スピーカーである理由
音像に慣れるためにスピーカーを使う理由のひとつは、音像が明瞭だからです。
つまり、スピーカーの音は自然にある音よりも、
音像を視覚的にイメージしやすい(視認しやすい)んですね。
(これは後のステップで身をもって知ることになると思います)
また音源となる音楽メディアは、
同じ音源を繰り返し聴くことも、他の音源と聴き比べることも容易なので、
トレーニングに適した環境が整っているといえます。
では、別にスピーカーに拘らなくても、
イヤホンやヘッドホン(バイフォニック再生)でも良いのではないか?
確かに、イヤホンやヘッドホンのほうが音質面でのアドバンテージがあり、
一般的にスピーカーよりも明瞭な音像が得られます。
しかし、音の位置において「頭内定位」という特有の事象が発生します。
これは皆さん経験済みかと思いますが、
スピーカー再生では中央から聴こえるはずのボーカルなどの音が、頭の中で聴こえる現象ですね。
それ以外の音も、おそらくは頭の周りで鳴っているように聴こえるため、
目で見える範囲、つまり視界内に音像は出現しません。
そうなると必然的に、
音像をイメージできたとしても、脳内の架空の空間に投影することになってしまいます。
音像という概念を知るだけであればそれでも良いのですが、
このトレーニングの最終目標は、目で物を見るのと同じように音を見ることなので、
これまで自身が「視覚で培った感覚や能力」を活用することが求められます。
(たとえば視覚で日常的に使っている空間認知を聴覚でも使うように意識するなど)
その点スピーカー再生であれば、ほぼ全ての音像が視界に収まるため、
目の前にある現実の空間上で虚像を捉えてイメージできるというわけです。
ただし、スピーカーであっても目を瞑って音を聴くと、イヤホンやヘッドホンと似たような状況になってしまいます。
音像がイメージしにくい最初のうちはそれでもいいですが、
慣れてきたら目を開けて練習するようにして、
目で音像を見る感覚を身に付けるようにしましょう。
あと、これは後の話に繋がるのですが、
他にもイヤホンやヘッドホンではないほうがいい(と思う)理由があります。
それは、「音が近すぎる」ことです。
極端な例えではありますが、映画館の最前列を想像してみてください。
スクリーンが近いと、映像に迫力と没入感が生まれますが、
映像が視界いっぱいになってしまうと、
瞬間的には、視線を向けた限られた範囲しかよく見えない(認識できない)状態になりませんか?
イヤホンやヘッドホンもそれと同じで、
(映画館と違って視線の移動で目が疲れるとか首が痛くなるということはないですが)
音が近いと、ディテールが聴き取り易くなって没入感が生まれる一方で、
その時々で気になった音に注意が向きやすくなってしまいます。
(選択的聴取が働きやすい状況にあるということです)
もちろん、それがイヤホンやヘッドホンの魅力であり、あるべき姿なのですが、
このトレーニングでは、音全体を俯瞰して捉える(選択的聴取をコントロールする)ことも目指しているので、
音が近すぎることはトレーニングの「障害」でしかありません。
映画館でもスクリーン全体を見るためには適切な距離が必要なように、
音全体を俯瞰で捉えるときも「距離」があったほうが楽なのです。
(イヤホンやヘッドホンでも俯瞰はできますが、コツが要るのでいきなりは難しいと思います)
⑶ 音像のイメージの仕方
まず、特定の音だけに「集中」します。
(最初はボーカルが良いと思います)
この集中により選択的聴取が働いて、音の位置が把握しやすくなるので、
その音が聴こえる大体の「場所」を特定します。
このとき左右の方向だけでなく、前後の方向(手前か奥か)も意識して捉えるようにしてください。
次に、その音が聴こえる「範囲」を探ります。
正確にはその範囲は3次元の立体的なものになりますが、
最初は「横幅」だけでも構いません。
そして大体の聴こえる範囲が分かったら、
それを視覚的な「形としてイメージ」(想像)します。
その時できれば、暗闇の中にある光源が作り出す明暗のような、
「濃淡」のある形でイメージするようにしてください。
もし、音の位置が分からなかったり、イメージしにくいような場合には、
目を瞑ってやってみてください。
(慣れたら目を開けてやれるようにしましょう)
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手順としては以上なのですが、
実際の音は、どの音も常に一定で鳴り続けているわけではないので、
音像も時間と共に現れたり消えたり、形が変化したりします。
その変化にも瞬時に反応できるように、
音の位置の特定から形をイメージするまでの「スピード」を上げていかなければいけません。
それには反復トレーニングあるのみですが、
音像と一言でいっても、音源によってその形(見え方)は様々なので、
より多くの音源に触れることも大事です。
たとえば現代の音楽は、音の位置が動くように作られている楽曲も多くあるので、
音の動きを追う練習に利用しましょう。
どんな音でも音像がイメージできるようになったら、次のステップに進んでください。
②俯瞰を試してみる
スピーカーの音像に慣れたら、俯瞰を試してみましょう。
⑴ 選択的聴取と俯瞰
①のステップは、1つの音だけに集中して音像を見るトレーニングでしたが、
次は複数の音像を同時に見ることを考えます。
複数の音像を同時に見るためには、それぞれの音が聴けている必要がありますが、
そもそも、複数の音を同時に聴く(認識する)とはどういうことなのでしょうか?
これは脳による認識のメカニズムになりますが、
常に複数のものを同時に見ている「視覚」を例に考えてみると、
経験的に理解しやすいかと思います。
(ざっくりとした説明として聞いてください)
人は「視線」を向けた先にあるものを見て、それが何かを認識していますが、
その周りのものは何も見えていないのかというと、そんなことはなく、
なんだかぼんやりと見えていたり、無意識的に見ていたり、
記憶や経験をもとに把握していたりします。
つまり瞬間的に視認できるものやその範囲は限られていても、
それらを継続的に見る(得た情報を累積する)ことで複数のものを同時に認識しているのです。
音を聴くときも同じで、
「視線」のような明確な動作を行う感覚はなくても、
「注意」を向けることで同様な認識の仕方をしています。
ただし、人が得る情報の8割を占めると言われる視覚とは違って、
聴覚で重要となる情報は、音の察知や言葉の理解なので、
カクテルパーティー効果の例のように、
普段の生活のなかで、注意を向けた音「だけ」を抜き出すこと(選択的聴取)に慣れてしまっています。
これは、いわば視野が狭くなっている状態で、
視覚であれば、視野を広く保とうと意識することで対策ができますが、
音の場合は、視野が狭くなっている(選択的聴取が働いている)状態の自覚すら難しいので、
聴感上での意識だけではおそらく不十分なんですね。
(気付いたときには特定の音に集中してしまっているという事態に陥りやすいのです)
そこで、「音像」の出番です。
つまり、音像を見る際の視野を広げることで、無意識的に働いてしまう選択的聴取を克服しようというアプローチです。
逆説的に考えて、
複数の音像が同時に見れていればそれらの音を同時に認識できているはずなので、
その見る意識を保つことで、
無意識的な注意の移り変わりを抑制し、
選択的聴取をコントロール可能にするという理屈ですね。
(アプローチという言葉を使ったのは、人によってはこれ以外の方法もあるかもしれないと思うからです)
この見方(聴き方)を聴覚における「俯瞰」と呼ぶことにしますが、
音を全体として捉えることで、分かることがあります。
⑵ 俯瞰の効果と必要性
最近の写真アプリはフィルター機能が豊富で、皆さんもよく使用されていると思いますが、
写真を見たときに、たとえば青みがかっているとか、彩度が高めの加工がされているとか、
そういった特徴ってなんとなく見て取れますよね?
それが分かる理屈は、
写真を全体的に見ることで共通する色などの傾向を捉えているからです。
音の場合も同じで、
全体を客観的に捉えることで、どの音にも共通する特徴や傾向が分かるようになります。
たとえば、私はCDのマスタリングの違いやエンジニアの音の特徴が分かりますが、それはこの聴き方のおかげです。
(ある意味、マスタリングの違いはエンジニアというフィルターを通した音の違いと言えます)
もっと身近な例だと、
オーディオの趣味では機材やセッティングをよく変えますが、
おそらくそのほぼ全ての要素が、音の全体に対して影響します。
(特定の音や帯域だけが変化するケースは稀だと思います)
そのため、俯瞰した聴き方のほうが、音の変化を捉えやすいですし、
大体は聴いて直ぐに違いが分かります。
しかしオーディオのレビューなどでは、
一般的に「高域」「中域」「低域」などの帯域ごとの音質評価がされているので、
これを額面通りに受け取って「高域の音質はどうだろう?」と聴いてしまうと、
それは正に、意識的な選択的聴取になってしまうんですね。
そのような聴き方では、本来の音の特徴を捉えきれない可能性もあるのです。
音の感じ方なんて人それぞれだし主観的で良いだろう、という考え方も否定はしませんが、
音を正しく評価するためには、やはり俯瞰的な聴き方が重要ではないかと思います。
あと最後にもう1つ、
俯瞰の効果というか、これは願望かもしれないのですが、
俯瞰に求められる「客観性」は、
オーディオ界隈でよく揶揄される「プラシーボ効果」への対抗手段としても、ある程度は有効なんじゃないかと思います。
プラシーボ効果(思い込みや暗示)に関しては、脳の仕組み上、完全に防げるものではなさそうなのですが、
その根底には、おそらく聴覚への「自信」が関係しています。
その点では前述のとおり、
俯瞰が出来ると音の違いがより分かりやすくなるので、
自分の聴覚に自信が持てるようになります。
そして、選択的聴取に付随する視野が狭くなる状況が解消されることで、
そもそもの思い込みが減る効果も期待できます。
あとは客観的な意識さえ忘れなければ、
自分の感覚が思い込みかどうかを判断することも、決して難しくはないと思います。
さて、
ここまでは俯瞰の良い面ばかりをアピールしてきましたが、
逆に選択的聴取ってダメなのでしょうか?
ここでも映画を例にさせていただきますが、
映画では、シーンごとに見てほしいもの(たとえば登場人物など)に自然と目が向くよう、構図や演出などが意図されて作られています。
そのため、観客は普通に観ていれば映画の内容を理解できるようになっていて、
スクリーンに映っているものを全て見なくても映画は楽しめるんですね。
しかし皆さんご存知のとおり、
映像作品の多くは背景にも拘りがあったり、
そこに何かしらの伏線やメタファーなどが隠されていたりするものです。
それらは偶然目に入ることもあれば、
何回も見返すうちに気付くこともあれば、
それに期待して始めから注意を払って(視野を広くもって)鑑賞することもあるでしょう。
いずれにせよ、今ではそれも映画の楽しみの1つとして一般的に知られていると思います。
音楽も全く同じで、
曲の中で聴いて欲しいポイントに注意が向くように、音のバランスや定位などが考えられて作られています。
(たとえばボーカルのほとんどがセンターに配置される理由は、どんな再生環境でも分離よく聴こえて欲しいからです)
これは言い換えれば、
音楽は人の選択的聴取を前提に作られているということで、
普通に聴いていて楽しめるというのは、当たり前のようであって、
実は計算されている(意図されている)ものなんですね。
そしてまた映画と同様に、
普通に聴いていて注意が向きにくい部分にも、アーティストやエンジニアの拘りや遊び心が詰まっていたりします。
それらは俯瞰して聴く(選択的聴取を外す)ことで気付きやすくはなりますが、
それは必ずしも必要な技能ではありません。
たとえば、他にどんな音が鳴っているのか探りながら聴くのも楽しみ方の1つですし、
単純にオーディオの音質をアップグレードすることで、聴こえるようになる音も多く存在します。
(それはオーディオの魅力でもあります)
つまりは、選択的聴取も俯瞰もどちらが良い悪いというものではなく、
「手段」の違いでしかないんですね。
しかしながら、見ると聴くでは決定的に違う点があります。
一般論で言うと、
映画も音楽も(その他のあらゆる創作物もですが)
見方を変えることで新しい発見があったり楽しみの幅が広がったりします。
その手段の一つとして、
主観的な見方(選択的聴取:一部へのフォーカス)や客観的な見方(俯瞰:全体へのフォーカス)があるとすれば、
それらの違いを理解したうえで適宜使い分けられることが望ましいと言えるでしょう。
その点、映像を見ることに関しては、
画面全体に気を配るような客観的な見方というものが、
おそらく誰でも経験的に習得でき、自然と使いこなせています。
(普段の生活でも、例えば車の運転では広い視野を保つことが求められます)
ところが音を聴くことに関しては、
客観的な見方(俯瞰で音を捉える技術)が未熟であるだけでなく、
そのような手法が存在する事実すら一般的に知られていません。
(だからこそオーディオ沼は存在するのかもしれないと個人的には思います)
その原因としては、人が普段の生活の中で客観的に音を聴く機会も必要性もないことや、
音の感じ方や聴き方には個人差があって言語化もし難いなど、
人の聴覚ゆえの難しさが根底にあります。
そしてそれはそのまま、このトレーニングにおける理解や習得のハードルの高さにもなっています。
でもここまで読んでいただけた方であれば、
客観的な音の聴き方でどのように音の世界が変わるのか、興味が湧いてきませんか?
やはりこれは経験してみないことには始まらない類のものだと思うので、(私もそうでした)
この先のトレーニングもぜひ実践してみていただけたらと思います。
⑶ 俯瞰のやり方
まず1つめの方法として、
一歩引いて自分の後方(頭の後ろあたり)から前方を眺めるようなイメージで、音像を見てみてください。
これは「俯瞰」という言葉の意味そのままのやり方です。
(私は当時、幽体離脱をするぐらいの意識でやっていました)
もう1つの方法として、
スピーカーが作り出す全ての音像を大きなひとつの音像だと思って見てみてください。
(音が聴こえる空間=音場そのものを音像として捉えるイメージです)
もし、複数の音像が同時に見えるような感覚が掴めたら、その状態が維持できるか試してみてください。
なんとなくやり方が分かったら、次のステップに進んでOKです。
もう勘の鋭い方はお気付きかもしれませんが、
この方法では明らかに不十分な点があるんですよね。
なぜなら、人の耳は360°どの方向からの音も拾っているからです。
もしかしたら、前方の範囲の音だけを捉えるというフォーカスの当て方でも、
選択的聴取が働いてしまっている可能性があるのです。
というわけで、
次のステップからは音像を見る視野を360°(全方位)に広げるトレーニングを行っていきたいと思います。