片手にアロエ、おばあさん。
京都の市バスは難しい。
同じ駅に乗り場が3つも4つもあって、
地図を熟知していないと自分がいま北に進んでいるのか、南に進んでいるのか
全くわからなくなってしまう。
23年暮らしても、乗り間違えることなんて日常茶飯事だ。
それに観光シーズンともなれば乗車率は100パーセントを超え、もう途中で降りてしまおうかと思うくらい気が滅入ってしまう。
そんな京都のバスだけれど、
公共の乗り物はいろんな人を運ぶので、時折面白い出会いをもたらしてくれることがある。
ほんとのたまに、その出会いはやってくる。
今日は私が出会ったユニークな乗客の話をしたい。
ある暑い夏の日。
わたしはお稽古に通うためにいつものようにバスに揺られていた。
観光地を通るそのバスは、バス停に着くたび
多くの人を乗せ、
涼しくしてあった車内もすぐに蒸し暑くなった。
レンタル浴衣を着たカップル、麦わら帽の少女とその家族、ほんのり日焼け止めの匂いのする外国の人、片手にアロエを持ったおばあさん、、!
片手にアロエ?!しかも素手で持ったまま。
わたしの斜め向かいに腰を下ろしたそのおばあさんの右手から、目が離せなかった。
どこからむしりとってきたのだろう、
そしてなぜ片手にそれを持ったままバスに乗っているんだ?
そもそもその片手におさまるくらいのもぎとったアロエは何に使う??
平然と座っているおばあさん。
私の中でいろんな考えが巡り巡りしていた。
そういえば昔、私のおばあちゃんの家でもアロエを育てていたなあ、なんて考えていると
ふいにそのおばあさんとおばあちゃんが重なって、
そしたら私はあの時の5歳の自分に戻ってしまった気がした。
家の前の室外機のそばで育てられていたアロエ。
ひんやりつるんとした肌触り、
柔らかいところをちぎってみたら中から透明のトロッとした液体が出てきたこと、
これを傷口に塗るとすぐに治るんだよと言われたこと、
この鉢植えには魔法の薬が植わってるんだと
なんだか嬉しくなった。
あの時の匂いまで思い出した。
懐かしい記憶。鼻が覚えていた。
そんな遠い昔の出来事に思いふけっている間にもバスはどんどん人を吸い込み、また吐き出していた。
よっぽど声をかけようかと思った矢先、そのおばあさんは私の降りる2つ手前のバス停で降りていってしまった。
どこへ向かったのか、その後のことは全くわからない。
あれから一度もそのおばあさんは見かけなかったし、もう会うこともない気がしている。
不思議な出会いは、一瞬だけ私を過去に連れていってくれた。
5歳の時にみたあの一瞬の風景を、
15年以上先の未来でこんな風に思い出すなんて、考えもしなかっただろう。
案外、そういうことの方が
私の中に残っていくのかもしれないと思った。
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