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朗読劇「白昼夢の青写真 CASE-_ 誰が為のIHATOV」感想

2023年7月29日に科学技術館サイエンスホールにて行われた
朗読劇「白昼夢の青写真 CASE-_ 誰が為のIHATOV」
についての感想レポートです。ネタバレまみれにつき注意。

そもそも白昼夢の青写真とは

SFノベルゲームでお馴染みのブランド、Laplacianの第4作。
Windows向け(R18)に2020年に、SteamとNintendoSwitch向けに2022年に発売。
記憶を失い謎の施設で目を覚めした主人公海斗3つの物語を夢として追体験を経て、自我を失った少女世凪を取り戻すべく奔走する純愛物語。
3つの物語が単体でも完成度が高く、その上で海斗と世凪の話へとつながっていくのが特徴。

朗読劇「白昼夢の青写真 CASE-_ 誰が為のIHATOV」はこのノベルゲームの本筋たる部分の続編となる。

以下ノベルゲーム版白昼夢の青写真原作白昼夢の青写真 CASE-_ 誰が為のIHATOV朗読劇と表記。

朗読劇というイベント形式について

私は朗読劇というものに初めて触れるのだが、所感としては今回のそれはノベルゲームと演劇の中間と言える形式だと思う。
朗読劇の名の通り声による演技がメインの劇であり、画的な動きや情報量は少ない。これはノベルゲームに通ずるものがある。
逆に相違点として特筆すべきは文字がないことペースが決まっていることであろうか。
原作はノベルゲームという媒体なのもあり地の文をがっつり使っているが、劇中のナレーション等もないため登場人物のセリフにて内容のほぼ全てを出力しているのである。
ペースについてはノベルゲームは本のように自分のペースで読み進められるものであるのに対し、朗読劇は演劇なのでペースが決まっている。
近しい部分もあり親和性はあるが、その上で全然違う部分もありそれらを活かした続編となっていたと思う。

声優さんについて

今公演に出演された声優は浅川悠さんと三宅麻理恵さんと杉崎亮さん、福島潤さんと金城大和さんの5名である。前3名は原作にも出演されていた、というかバリバリの主要人物役である。一方で後2名は出演がなかったため、発表の時点で驚いたものである。
結果福島潤さんは主人公海斗役であった、ノベルゲームという媒体であるから声のついてないためこれは予想の範疇であった。金城大和さんは誰を演じるのか、それはまさかの世凪の父汐凪であった。ここでまさか作中時点で死亡していた人物の役であった。
ただよく考えるとセリフの存在しない男性キャラクターは海斗以外では汐凪と波多野秋芳のみである、なので順当であると言えば順当であった。

では演技について触れていきたい。
5名とも名優であるとしか言えないのだが、私が今回特に凄いと感じたのが海斗訳である福島潤さんである。
主人公役であるだけあってセリフ量が非常に多いわけだが、その殆どが怒りを露わにした言葉であった。
確かに思い返してみると主に原作CASE0後半でも怒りを露わにするシーンが多々あったし、遊馬と対峙するシーンでは鬼気迫る表情を見せていたのが印象深い人物。だがしかしそれらを上回る圧倒的な怒が噴出する、そんな演技だったと思う。
特に劇のクライマックスと言えるあのシーンの気迫は半端なかった、観てるこっちが死を感じるほどのものであった。
しかも私が観たのは夜の部、つまり昼にも同様の演技を行っていたのだからそのエネルギーとそれに耐える喉が凄いとしか言いようがない。
まさに鍛錬の賜物である。

まさかの汐凪役であったのが金城大和さん。先述の通り汐凪は原作においてセリフの存在しないキャラクターであり、そのパーソナリティは世凪と遊馬の口から語られるのみである。実質新キャラと言える立ち位置なのだがこの人元々居たなぁと錯覚してしまうほどにハマり役だったと思う。

浅川悠さんと三宅麻理恵さんと杉崎亮さんに関しては原作で主要人物を複数役演じきっているのだからもはや最初から不安要素皆無としか思ってなかった。結果その通りであったがそれ以上であった。
劇というリアルタイムの発声、そんな状況でも全く違和感なく役の切り替えを行った様は見事としか言いようがない。
特に浅川悠さんに関しては最初の凛の演技に違和感があったが、最終的な展開を見るとこれわざとなんですよね…恐ろしや。

楽曲について

原作は全ボーカル楽曲がyukiさんであったが、今回のオープニング曲とエンディング曲共にHinanoさんである。
これが発表された時は大人の事情だろうなと私は思った。何故ならば原作においても全楽曲をyukiさんが担当したこと自体にメッセージ性がある造りになっていたのだから、それを易々と手放すのかと思ったからだ。
正統続編でと銘打つ本作でボーカル担当を変更したのは苦渋の決断だっただろう…と勝手に思っていたがこれは思い違いであった。
何故なら蓋を開けたらyukiさんがアナウンス参加しており、更には楽曲のコーラスまでも担当していたのであった。言うまでもなくこれには驚かされたものだ。
そして何よりもこの物語の真相を見るとこれはyukiさんではないことに意味がある、何故なら今回の2曲は世凪の曲ではないからである。

全体として新規の楽曲であるが一部既存曲のフレーズが使われているTwo Blanc、タイトル通りInto Grayのアレンジ曲であるOut of Gray共に流石Laplacianはオタクのツボを理解しているなと言う他ない。

さてそれはそうとHinanoさんの歌唱について。
若手の女性歌手とは思えない独特の力強さ、それでいて勿論しっかり女性らしい美しさをもった歌声であると思う。
そんな歌声が曲や作品にばっちりマッチしていたと思う。
しかも劇というだけあって生歌唱まであったのだからありがたいものだ。
そしてそれを一発でビシッと決めるのだから彼女もまたプロだなと言わざるを得ない。

と長々と語ったが、実際に聞くのが一番である。
YouTubeに公式MVがあがっているのでそれを観るのが一番だろう。

以下がっつりネタばれ感想

単にネタバレなだけではなく観た人にだけ伝わればいいの気持ちで書いてあります。

「誰が為のIHATOV」というタイトルについて

IHATOVとは宮沢賢治による造語であり、CASE1が宮沢賢治エッセンスを含んだものであるから引用されたのだろう。
そしてその意味は心象世界中にある理想郷である。意味を知っていれば世凪の仮想空間を指すものであることに誰しもが連想するであろう。
では誰が為なのか。
この物語は首謀者の歪めた理想郷を、これは誰にでも開かれた世界であると否定する話だったと思う。
世凪と海斗の作り上げた「世界」に足を踏み入れた人々の為、そこから転じて白昼夢の青写真を目撃した全ての人の為思う。
それは勿論首謀者も含む、というか首謀者はある意味我々の代表者なのだと思う。

「首謀者」というキャラクターとその在り方

原作が海斗と視点を共有する内容であったのに対して、朗読劇はむしろ首謀者が我々と同じ視点で「白昼夢の青写真」という物語を観たからこそ発生した物語である。
そして首謀者による原作による自己投影、ある意味首謀者によって改変された「夢」というものは公式二次創作なのである。そして文字通り夢小説じみていると言える。

そういうポジションなのもあってなのか弱い自分を愛せないという現代的な弱さを持った少女である。
その一方でその弱さを力に変えることが出来る人間でもある。巷で話題になりがちな所謂無敵の人に近い面もある。
また海斗への執着が恐ろしくヤンデレを思わせる様相であったが、その結末を見るに彼女の一番の目的で今の自分からの脱却であり、それに次いで愛される存在への憧れであり海斗への愛はあまりなかったように思える。
愛のない執着、厄介オタクそのものである。
なによりも自分自身はなにも愛していないのに愛されたいと求めるのは所謂メンヘラのそれである。とても現代的であり庶民的在り方である、所謂「俺ら」という奴である。

まぁそんな現実に当てはめると地味にイヤな人な上に、とんでもないことをやらかした彼女。そんな彼女が単に成敗されて終わったのではないのがこの物語のミソでもあるかなと思う。
海斗の怒りの前に屈したものの、それと共に救われた。
他者を愛していないのに愛されるのを求めた結果破綻したが、世凪の愛を受けて愛を知った。
肯定のみが愛ではなく怒りによって救われるものがあるというのがこの話の帰結だったのだと思う。
ベタな話だが他者に愛される以上に他者を愛することはその人を救うのだろうなと思った。事実Out of Grayや特典Epilogue小説でも世凪のために祈ることを明言していますし。
俺ら的には推しに活力を貰ってる状況、あと宗教に救われてる的な状況でもある。

やっぱりエロゲじゃないか!

すもも太郎について、原作よりもエロゲみたいな茶番パートがあったのはある意味一番驚いたところかもしれない。
デフォルメ調で描かれたキャラクターがわちゃわちゃしている感じがまさにエロゲっぽい演出である。

一方で無茶苦茶な内容を怒涛のように流し込む一種の滑り芸はノベルゲーム形式よりも朗読劇という媒体に最適化された内容であり、これについては配布パンフレットのラプラシアン通信でも触れられている。本当にメディアの違いをしっかりした脚本や演出に関心させられる。
またその前後も含めたやり取りは首謀者が世凪や凛に作家として劣る状態であることを示した描写であるため全体としての必然性もしっかりある。

いやでもだからこそエロゲ時代のLaplacian以上のエロゲ感がここで飛び出てくるのは本当になんだったんだろうか。
それはそうと皆かわいくて助かったし、出番があるか怪しかったウィルのパパやキキ、梓姫が出てきて嬉しかった。
それはそうとここのパートのオリヴィアはIQが15くらいは低下してそうで若干解釈違い。オリヴィアはもっと強く賢く美しく気高いのだから!
逆に最後に出てきた本物オリヴィアはこれだよこれってなった。
僕もオリヴィアに手厳しく怒られたいよ。

白昼夢の青写真の正統続編として

実のところ白昼夢の青写真の正統続編と発表された時、厄介オタクくんである私は「Laplacianも売れたものを擦り続けるブランドになってしまうんじゃないか」という疑念を少なからず持った。
凛をフューチャーしたキービジュアルもこの後2本続編をやる布石なのではないかとまで邪推した。
何よりもやることやってもう完成した作品であるため、どう続けるのだろうかと思ったものだ。

だがしかし蓋を開けてみればこの凡人の勘繰りは全て杞憂でしかなかったのだった。
これは凛をフューチャーする以外のアプローチの取れる内容ではない、少なくとも同じパターンで擦ることは不可能だろう。
まぁここから次の続編がある可能性も否定は出来ないが、少なくとも露骨に続けるための布石のようなものはなかったんじゃないかなと思う。

そして完成した作品である理由として海斗と世凪、そして遊馬の関係は原作で既に書ききっていたように思えるからだ。
結果としても朗読劇において彼らの関係性についての進展はあまりなかったと思う。海斗は一貫して世凪のために戦う男であり、世凪は自らに仇なすような相手にすら優しく出来る女であったなと改めて思った。
あと遊馬は相変わらず図々しい。
むしろ続編として焦点を当てられたのは世凪が人々にどのような影響を与えたかと言うことであったのだと思う。

キミトユメミシの結衣ルートから踏襲され、原作ではこれからそれを成そうという結末ではあった作り物の世界に幕を下ろすというテーマ。
原作で提示された基礎欲求欠乏症の克服による人類の地上世界への帰還、それとは違う形ではあるがテーマを完走したという意味でも正統続編であったのだと思う。
逆にここから更に次があるとしたら、その時はもう完全に白昼夢の青写真という作品に幕を下ろす完結作しかないかなと思う。

特典Epilogue小説について

短いながら内容の詰まった1冊。
前半は原作後の朗読劇前の時系列における首謀者の歩み、後半は海斗の怒りの前に敗れた後の彼女の心理描写となっている。
彼女がなにを思ってこの事件を起こしたのかは勿論重要であるが、まず印象に残ったのは基礎欲求欠乏症の描写である。
まるで鬱のような状態から脳みそだけではなく体まで動けなくなり朽ちていく死への悪循環、たった5行の描写にそれが詰まっている。しかも彼女の場合他人の微笑みすら理解できないという子供以下の人生経験なのだから欲することがないのも当然である。
そして世凪の仮想空間にきて初めてさみしいと思うのである。
そりゃそうだ知らないものを求めることは出来ない、さみしいと思うのは人や物を知ったから初めて得ることの出来る感情なのだ。朗読劇のラストも含めて未来ラジオのかぐやルート終盤に通ずるものがあると思った。
何よりも朗読劇よりも首謀者の憑き物が落ちる様を見て取れたのがよかったと思う。

最後に

これ程までの作品をこの1日だけのものにしてしまうのは文化的な損失なのではなかろうか!!!!!!
そもそもチケットをご用意することができませんでしたが結構発生していた様子であったし、追加公演は何かしらあるとは思いたい。もっと観られるべき公演ですよこれは!

ここに書いてもあまり意味はない気がするが、もし追加公演があるなら今から買えば間に合うぞ、原作白昼夢の青写真をやりなさい。
既にやっているという人で朗読劇を観に行けなかったという人も追加公演があれば是非観るべきものである。

そしてこの作品が朗読劇という媒体に特化した造りになっているのは重々承知の上である。しかし!その上でこの作品が形として残るものが台本、それもマニア向けのプレミアムチケットに付属するもののみというのはあまりにも勿体ない。
ファンディスクやドラマCD、なんならイベントの円盤化や台本の一般販売でもいい。朗読劇がこの物語の最高の媒体であり、それ以外では魅力を引き出しきれないのも百も承知である。それでも白昼夢の青写真を愛した皆、これから手に取る皆のために何かしらの形で残してもらいたいものである。

等身大パネル、こういうのを劇の後に見るとエモを感じる。
今更だけど今回の朗読劇では凛の服装がレーティング配慮版ではなく柊英学園制服になっている。

本当にいい劇でした…ありがとう…。

おまけ

朗読劇が行われた科学技術館東京メトロ九段下駅との間には重要文化財である江戸城清水門がある。都会の中に江戸の趣と自然が広がる名所である。
科学館のみならず周りのロケーションも素晴らしかったです。

清水門と左に広がる堀。
清水門を見て右側、ビルの裏に蓮が広がる。

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