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天敵彼女 (94)
父さん達が出かけた後、俺と奏は自分の部屋に帰る気にもなれず、リビングでテレビを見る事にした。
先日、本家に行った事で、奏の古民家熱が高まったのか、さっきから某動画投稿サイトの田舎暮らし関連の動画ばかりが再生されていた。
「ねぇねぇ、こういうのいいよね?」
「うん、そうだね」
その動画は、古民家の庭にレンガ造りのバーベキュー炉を作るDIYものだった。
確かに、レンガを摘んだりするのは楽しそうだが、肉を焼いたりするのは囲炉裏で十分じゃないかと思わなくもなかった。
何より、わざわざ外で蚊に刺されながらやらなければならない事とは思えなかった。
そんな俺の微妙な表情を読み取ったのか、奏が更に話を振って来た。
「これって作れたりする?」
俺は、正直気乗りしなかったが、昨日の今日でまだショックを引きずっているであろう奏の言葉を否定する気になれず、話を合わせる事にした。
「作れるよ。耐熱レンガを買って来れば……」
「そうなんだ……庭に作ろうよ。それで、都陽や佐伯君も呼んで、みんなでバーベキューするの」
「それはいいね」
「それで、ピザ窯も作ろうよ! 昼ごはんはピザを食べて、夜は羽釜で炊いたご飯を食べるの」
「うん、今度父さんに相談してみるよ」
「やったぁ、楽しみだなぁ」
その後、奏の計画を一通り聞かされた後、また動画鑑賞会になった。
俺は、その頃には昨夜の寝不足がたたり、ソファでうとうとし始めていた。
(ねぇ……)
俺は、誰かに肩を揺すられ、目を開けた。
「ここで寝ると風邪ひいちゃうよ?」
俺は、ハッとして上半身を起こした。気が付けば、奏の顔が目の前にあった。
「あっ、ごめん」
思わず、目を反らしそうになった俺に、奏が呟いた。
「目を逸らさないで!」
「えっ?」
俺は、奏の顔をまじまじと見た。
いつも一緒にいるのに、何故か久しぶりな感じがした。
思えば、俺はいつからか奏の顔をまっすぐ見られなくなっていた。
俺は、意識的にも、無意識的にも、奏に対してのめり込まないよう自分を抑えていた。
どんなに近くにいても、いつかは離れなければならない時が来ると思っていたからだ。
俺は、奏への気持ちがある一線を越えないよう、常に自分を律しなければならなかった。
どんどんきれいになっていく奏に気持ちを持っていかれないよう、自分をごまかし続けていたのだ。
俺は、いつしか奏の顔をまともに見られなくなり、伏し目がちに視線を彷徨わせるようになった。
奏は、それに対して何も言わなかったが、何も感じていない訳ではなかったのだろう。
俺は、頬が熱くなるのを感じていた。かなりドキドキもしていた。奏は、そんな俺に更に顔を近づけてきた。
「久しぶりだね。峻が私の顔ちゃんと見てくれたの」
「あっ、ご……」
「謝らなくていいよ。峻が、私の事を大切にしようとして、そうしてくれていたんでしょう?」
「そ、それは……」
盛大にキョドり始めた俺に、奏ははっきりと言い放った。
「今はそれでいいの……でも、いつか振り向かせるから! 私、頑張るねっ! おやすみ」
俺は、奏を呆然と見送ることしか出来なかった。
さっきまであんなに眠かったはずなのに、今は目が冴えてしまっていた。
振り返ると、奏の後ろ姿が見えた。昔からそうだが、奏は照れ臭い時は耳が真っ赤になる。
俺は、その場に立ち尽くしたまま、遠ざかっていく奏を見送った。
奏は、さっきから耳を隠している。きっと俺に見られたくないんだろう。
さすがの俺にも、奏が無理をしてまで何かを伝えようとしてくれた事が分かる。
俺達の関係性を前に進める為、奏なりに勇気を振り絞ってくれているのだろう。
父さんも、そんな俺達を応援しようと変わり始めている。
縁さんも、多分そうだ。
そんな中、俺だけがいつまでも変わる事が出来ないでいる。自分がだんだん情けなくなってきた。
俺は、いつまでヘタレ続けるのだろう? 自分でもどうすればいいか、分かっているはずなのに……。
気が付けば、俺は自分の頬を叩いていた。
もう、このままではいられない……俺は、自分の中の問題と向き合う覚悟を固めた。