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天敵彼女 (66)

 さっきまでの沈黙が嘘のように、リビングは和気藹々とした雰囲気に包まれていた(俺を除く)。

 既に、父さんの説明が始まって数十分が経過している。

 思わぬ形で始まったゴールデンウィークのレジャー計画説明会だが、気が付けば縁さんも奏もすっかりいつもの二人に戻っていた。

 俺も、若干の精神的ダメージは引きずっていたが、もう気にしない事にした。

 確かに、ゴールデンウィークを忘れていたのは失態だった。

 しかし、俺にも言い分がある。俺の中では、あれはあれで仕方がなかった事になっている。

 そもそも、学校で俺の意識が現実に反応しなくなったのには理由がある。

 余り詳しくしたくは無いが、要は俺達の周囲で変な噂が立ち始めていたという事だ。

 一般的に、転校生は目立つ。その目立つ存在の内の一人が、突然通学ルートを変えた。

 当然、毎朝転校生と同じ電車で通っていた生徒が、急に転校生を見かけなくなった事を不審に思いだす。

 さらに、転校生は学校には来ているのに、一体どうしたんだろうと噂になる。

 この時点では、まだ推測の域を出なかったのだが、別の生徒がいつも一緒に通学していた男子生徒と転校生が学校の前で別れ、もう一人の転校生他一名と一緒に歩き出すのを目撃。

 特に興味はないが、何となく行き先を目で追っていると、学校近くのとある民家に三人で入って行った。

 そこは、他一名の家で、他一名は男子生徒だ。

 どうやら、転校生の女子二名は男子生徒の家から学校に通っているらしい。

 これだけで、大変にスキャンダラスな展開な訳で、楽しい状況証拠が想像力を掻き立ててフィーバーな訳だ。

 さすがに、いきなり当事者に質問して来る者はいなかったが、何となく変な雰囲気になるのは仕方がない。

 今朝、俺達が登校するといつもと何か違う感じがした。こういう時は、大抵良からぬことが起こるものだ。

 特に、最近は大人しくなったとはいえ、大挙して人の家に押しかけてきたり、集団で学校を欠席してしまうような女子生徒ズがいる。

 この恐怖の集団が、何らかの刺激を受けて、再び活動を活発化させた恐れがある。

 俺は、とにかく奏と話をしなければと思っていた。

 そんな中、奏と早坂に話しかけてくる女子生徒がいた。皆川と明瀬だ。

 二人は、教室の隅で奏達と話をした。俺には、何を話しているのか良く分からなかったが、声の大きい皆川が「そうだよね」「やっぱりね」などと言っているのだけは聞こえた。

 やはり何かあったのかもしれないと思っていると、佐伯が話しかけてきた。

「あっちは多分大丈夫だよ。あの二人がついていたらちゃんとしてくれると思うから」

「そ、そうなの?」

「うん、君は知らないかもしれないけどね。まぁ、後は俺がやっとくから、叶野様は我関せずでいてよ」

「あ、ああ……」

 それから、俺は周囲で何が起こっているのか良く分からないまま、一日を過ごした。

 何となく人任せにしているのが心苦しかったが、俺が下手に関わると余計に事態がややこしくなるらしい。

 佐伯にも奏にも、何度も釘を刺されたので多分間違いないのだろう。

 結局、俺は何がなんだか分からないまま下校時間を迎えた。

 そんなふわふわした状態で、ゴールデンウィークの事など考えられないのは仕方がないのではないだろうか?

 それから夕方になり、夜になった。俺は、今日一日を振り返っていた。

「峻、何か質問は?」

 ぼうっとした頭に、誰かの声が響く。

 俺は、何となく返事をした。

「えっ? 何?」

 気が付けば、父さんが怪訝な顔でこっちを見ていた。

 縁さんは、何故か楽しそうで、奏は頭を抱えていた。

 俺は、またやらかしてしまったのかと暗い気分になった。さすがに、今度ばかりは奏のフォローは期待できないと思った。

 そんな中、父さんは普段見せないような笑みを浮かべた。

「考え事中悪いな。ずっとお前だけ何も話してないから、ちゃんと聞いてるのかと思ってな」

「あっ……ごめん」

 俺は、さっき指摘されたばかりの事を、自分がまた繰り返した事に気付いた。

 父さんは、眉を吊り上がらせ、しばらく俺をまじまじと見ていたが、ふっとため息をつき、もう一度言い聞かせるように言った。

「峻、人の話はちゃんと聞くようにな、分かったか?」

「分かったよ、父さん……」

 俺は、さっきよりも遠い目になった。

 とりあえず、膝の上に置いたままだった書類の表紙をめくり、ざっと目を通した。

 結構、ちゃんと計画が立てられていた、父さん大変だっただろうなと思うと、何だか申し訳なくなった。

 俺は、すっかり冷めているはずのコーヒーに口をつけ、思い切り身体をびくつかせた。

 そう言えば、最近うちは真空断熱のマグカップに買い替えたんだった。

 普通、これだけコーヒーが熱ければ、カップを持った時点で気付きそうなものだが、真空層が熱を伝えない為、カップはほんのり温かい程度にしかならない。

 それでなくともボーッとしていた俺がそんな些細な事に気付ける訳がないが、それにしても熱い。

 誰かコーヒーを淹れ直してくれたのだろうか?

 俺は、無言で真空何とかをテーブルに置き、口元を押さえた。

「大丈夫?」

「う、うん……だいじょうぶ」

 心配そうな奏に、俺は平気なそぶりを見せた。実際は、かなり舌がヒリヒリしていたが、何となく意地でも知られたくない感じだった。

 当然、そんな強がりは奏には丸ごとバレていたのだろう。奏はすぐに立ち上がり、キッチンに向かった。

「はい、これ」

「ありがとう」

 俺は、奏からコップを受け取ると、飲むふりをして舌を冷やした。氷水が嬉しかった。

「じゃあ、最後にざっと説明しておくけどいいか?」

「うん、もう大丈夫だよ」

 俺は、今度こそちゃんと話を聞ける人間になろうと、背筋を伸ばしソファに座り直した。

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