天敵彼女 (54)
俺は、なるべく奏の歩幅に合わせながら周囲を見渡した。
今の所、不審者はなし。
相変わらず、奏は俺にぴったりくっついて歩いている。そう言えば今日から俺は彼氏設定だった。
それから変に意識してしまう俺に対して、奏はいたって自然体だった。まるで何の悩み事もないように話しかけてくる。
奏の機嫌が良いこと自体は喜ばしい事なんだが、俺まで一緒に浮かれてしまう訳にはいかない。
俺が同じことをすると周囲の警戒が疎かになるからだ。
そんな事情を知ってか知らずか、完全受け身状態の俺に、奏がどんどん話しかけてきた。
「何だか、こんな風に並んで歩けるのっていいね」
「そ、そうだね。俺、外じゃ無口になると思うからごめんね」
「いいよ。いつもありがとう」
「う、うん……」
「今日からよろしくね」
「分かってる」
「楽しみだなぁ。都陽にもちゃんと説明しなきゃ」
「その辺はよろしくね」
「うんっ、まかせてっ!」
気が付けば、奏の肩が俺の肩に触れそうだった。
心なしか周囲が騒がしい気がした。
そんな中、いつもの唐突さでウザい声がした。
「おはようっ! 相変わらず仲がいいねぇ……っていうか、近っ!」
思わず、俺は声の主に一撃喰らわせそうになった。
佐伯だ。もう通常運転なのかと思った。
「朝からウザい野郎だな? 何の用だよ?」
「あいさつですが?」
こういう切り返し方がいかにも佐伯らしいと思った。相変わらずの、安定のウザさだ。
俺は、意地でもムカついている事を悟られないよう、抑揚のない口調で答えた。
「ああ、おはよう」
すぐ前を向く俺。佐伯は、既に良い人モード全開だった。
「うん、よろしい。八木崎さんもおはよう」
「おはようございます」
「早坂も挨拶しなよ。ほら、八木崎さんだよ」
「う、うん……奏ちゃん、おはよう」
「都陽、おはよう」
何だか、後ろから奴の鼻歌が聞こえる気がした。
佐伯は、人間関係の距離の取り方がうまい。俺を若干ムカつかせた後、にこやかに奏と挨拶をして、早坂も交えて和やかな雰囲気づくりをする。
これで俺だけが不機嫌なままだと、一人で何やってるの? 的な煽り方をしてくるだろう。
つい最近の覇気のなさが本当に懐かしい……そんな事を思っていると、どことなく元気のない早坂の声がした。
「叶野さん……おはようございます」
この感じは、何かあったのかもしれない。早坂の元気がなくて、佐伯だけがハイテンションなのにはきっと理由がある。
「おはよう。早坂、大丈夫?」
「えっ? ええ、大丈夫……です」
何となく表情が暗い気がした。早坂は、いつものように奏の隣を歩くと思ったが、何故か佐伯と一緒に俺達の後ろを歩いている。
間違いなくこれは案件だ。俺は、無条件で早坂の味方をするつもりだ。
俺は、思わず佐伯をヘッドロックしそうになったが、少なくとも学校の敷地内に入るまでは自重する事にした。
佐伯、許すまじ……俺は、密かに戦闘準備をした。