天敵彼女 (15)
俺は、かなり焦りながら八木崎のおばさんを探した。
最悪、今回の引っ越しの件も考え直さなければいけない可能性がある。ストーカーに居場所を知られてしまったら元も子もないからだ。
奏は転校まで決めたのに、俺のせいで台無しだ。そんな事態を自分が招いてしまった事に、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「おばさん、ちょっといいですか?」
「どうしたの? 峻君」
「俺、どうしても言わなきゃいけない事があって……」
かなり動揺した様子の俺は、父さんと八木崎のおばさんを見つけると、いきなり謝罪モードになった。
俺のくだらない事情に奏を巻き込んでしまったこと。その為に、ストーカーにこの場所を知られる危険性があること。
今後、奏と一緒に行動することで、俺関連のトラブルまで奏に背負わせてしまう可能性があることなどを、それはもうしつこいくらい丁寧におばさんに説明した。
八木崎のおばさんは、俺の話を表情一つ変えずに聞いていたかと思うと、いつの間にか俺の後ろにいた奏に訊ねた。
「奏はどうなの? 峻君があなたに迷惑がかかるかもしれない事をすごく気にしているようだけど……」
奏は、しばらく考え込んでから、意を決したように呟いた。
「私は大丈夫。峻と一緒ならきっと」
「そう。じゃあ、私から言うことはないわね。でも、心配なことがあったらすぐ相談すること。いいわね?」
「うん、分かった」
奏の意思は固かった。八木崎のおばさんも奏の気持ちを尊重した。
母娘で話がついた以上、俺が言うべきことはなかった。
迷惑かけるけど奏をよろしくねと言う八木崎のおばさんに俺は頷き、ごめんねという奏に俺は良いよと答えた。
それから、父さんが俺の肩に手を置き、八木崎のおばさんとの話し合いを再開した。まだしばらく祖父母宅にいるようだ。
奏と俺は、父さん達の用事が終わるまで、また二人でいることになった。何となくさっきのキッチンに戻り、俺はコーヒーをいれた。
一瞬、何を話せばいいのか分からなかったが、奏は何事もなかったように俺の近況などを聞いてきた。奏なりに気を使ってくれたんだろう。何となく打ち解けた雰囲気になった。
俺は、この際何となく疑問に思っていたことを奏にぶつけることにした。
「ちょっと聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
「言いたくなかったらいいんだけど、元実習生って教育実習に来てた人だったんだし、奏の友達が騙されちゃったのも分かるっていうか、周囲から信用があった訳でしょ? しかも、人当たりが良いタイプみたいだし、そんな人に被害にあったって言っても普通はなかなか信用してもらえないと思うんだけど、どうやったの?」
黙り込む奏。しばらく考えた後、奏は学生鞄から何か取り出した。
(どうして君は分かってくれないんだ? 俺の言う通りにするのが君の為だって、分かろうともしない。どうして君は俺を否定するんだ? おかしいだろ? 俺が何したって言うんだよ? なぁ、答えろよぉ!)
ICレコーダーから常軌を逸したテンションで喚き続ける男の声がした。
異様な感情をただただぶつけ続ける男。このままでは何をするか分からない感じがした。男の俺でも脅威を感じるレベルで男の言動は振り切れていた。
よくこんな状態から奏は無事に逃げおおせたものだと思っていると、男が突然叫び声をあげた。
どうやら目に強烈にしみる何かをかけられたらしい。男の喚き声が遠ざかっていく。
「絶対に許さない」、「君は俺のものだ」等の捨て台詞が男の執念深さを物語っているように思えた。
奏は、ICレコーダーを止めると、低い声で言った。
「うちも色々あったでしょ? 母とあの人の離婚のときに……だから、私は男の人が女の前で正直に話をするなんて思ってないの。男なんて、どうせ自分に都合のいい事しか言わないと思ってるから、証拠を残すようにしていただけ。会話を録音してなければ、きっとこの人は自分に都合のいい事だけを、学校や私の周りに吹聴し続けたでしょうね。さも事実であるかのように」
俺は、ここでようやく納得した。
毒母がそうだったように、動かぬ証拠がなければ天敵は真実を語らないものだ。
それがどんなに倫理的に間違っていても、人間性を疑われる内容だったとしても、天敵は自分から不利になるような罪を告白したりはしない。
男と女は人間同士かもしれないが、味方同士ではない。一切の罪悪感なく相手を裏切れるから、天敵は天敵なのだ。
そんな世の中の暗部に幼くして触れてしまった俺達にとって、証拠固めは必須。
改めて、俺は俺達の壊れっぷりを再確認した。
「そうだよね。やっぱりそうなるよね」
「うん、私の事怖くなった?」
「いや、俺もそうすると思う」
「そう」
奏はホッとしているようだった。
俺は、密かに自分に言い聞かせた。
これ以上、中途半端ではいられない。問題を整理する時が来た、と。
「お待たせ」
そうこうしている内に、八木崎のおばさんが父さんと一緒に戻ってきた。
今日は、奏達を仮住まいのウィークリーマンションに送っていくとの事だった。
「お前も一緒に来てくれるか?」
そう訊ねる父さんに俺は答えた。
「うん、分かった」