ヒューマノイド∽アイドロイド∅ガール (2)
国民基礎生活保障給付金――国民全体に隈なく支給される、最低限の生活保障を目的とした給付金の事だ。
この制度が導入された背景に、AIとロボット技術の急速な発展により職場を追われた大量の失業者救済があったのは言うまでもない。
ちなみに、僕ももらっている。今の収入では最低保証の対象外になることが出来ないためだ。
正直、今のバイト代だけでもギリギリ生活できないことはないが、その程度では配当を諦めてくれない奇特な制度だといえる。
そんなありがたくも名前の長ったらしい制度がなぜ「ナマポ」と呼ばれているのかについては、あまり詳しく説明するつもりはない。色々とデリケートな問題が「かつては」存在していたからだ。
そもそも、「ナマポ」というのはあくまで隠語であり、正式名称には永久になりえない。
言葉にこめられた意味が決して良いものとはいえず、他人を褒める際にはおそらく使わない。それどころか、けなす意味がないとは言えない。下手をすると、ディスり百パーセントにとられかねない危険をはらんでいるからだ。
そのため、「ナマポ」について言えることは非常に少ない。かいつまんで言うと、かつての生活保護制度に端を発しているということだけだ。
そんな「ナマポ」は、僕にとって切っても切れないものだが、それでも座して「ナマポ」を受け入れていた訳ではない。
自分なりに努力はしたが、相手が強大過ぎたのだ。
だから、僕は無能でも無気力でもなく、言うなればシステムの犠牲者なのだ。
僕は悪くない。頑張った。現に、今だって働いているじゃないか……そう自分に言い聞かせる事で今日までメンタルを守ってきたのだ。
こんな事いつまでも続くわけがないのは分かっていた。
でも、こんなに突然終わりが来るものなのか? 僕は、さっきの無口野郎の言葉を思い出していた。
――俺、今日までだから。麻生地さんも……。
今でも信じられない。今日付けで退職なんて、いきなり過ぎはしないか? 奴らは、残される人間の事を考えもしなかったのだろうか?
普通、いきなり辞めますなんてありえない。せめて一週間前には言って欲しかった。ここで続ける(無理)にしても、次を探す(絶望)にしても、時間は必要だ。
僕は、久しぶりに自分のキャリアについて考えた。たった三人しかいない部署で、二人が今日付けで退職してしまう。
これは、どう考えても部署消滅を意味する。完全に失業の危機だ。僕は、今更ながら動揺していた。
既に、国民基礎生活保障給付金をもらっており、逆立ちしたって制度の対象外になることなど出来ない屑が、今更何を恐れているのだろうとのツッコミが今にも聞こえてくるようだが、それは違う。
働きながらもらうナマポと、プーしてもらうナマポには大きな大きな差がある。
どんなにひどい半生(半分ナマポ)でも、全生(全部――以下略)にだけはなりたくない。どんなクソみたいな仕事でもあるだけで違う。ゼロと一ミクロンには無限の差があるのだ。
僕は、何とかゼロな人間にならないための方策を考えた。
我々の担当業務の重大性、会社への貢献度を鑑みて、新たな従業員を採用してまで部署を存続してくれる可能性は低い。ほとんど……いや、ないっ!
それでは、ここで僕にできる仕事が他にあるかと言えば、全くないと断言できる。それがあればそもそも「モニタールーム1」送りになっていない。 一と言えば聞こえがいいが、二以上がないのに一なのには理由があるはずだ。
それは、これ以上こんなクソ部署作ってたまるか! 打ち止め! 打ち止めですからっ! という会社の執念じみたものが込められた一なのだ。
誰に聞いた訳でもないが、僕はそう理解した。他人と交流することが全くないこの会社で、主観は全て。我思う。すなわち其れ真理なりだ。
この確定した「事実」から導き出されることは、全て正しい。それ程までに必要とされないお荷物部署所属のクソ人材。俺、YOOEEEEEEEE!!!なのだ。こんな仕事、片腕を犠牲にして避けられるのならば、喜んで利き腕以外を差し出すだろう。
僕は既に万策尽きてここにいる。手軽な解決策など最早残されてはいない。恐らく、答えは決まっている。
でも、出来る事なら……。
僕は懊悩した。貴重な休憩時間をこの時点でほぼ使い切ってまで、いくら考えてもどうしようもない将来のことを考え続けた。
「……説得。そう、説得だっ!」
そんな言葉が不意に口をついた時、休憩終了五分前を告げるアラームが鳴った。
僕は、いつの間にか座っていた中庭のベンチから立ち上がると、ふと我に返った。
「でも、どうやって?」
よく考えれば無理ゲーだった。
あの二人とはまともに会話したことがない。
これ以上ない程、奴らは赤の他人だ。こちらも、モニタールーム1の付属品としか思ってこなかったし、向こうもそうだろう。
そんな関係性のあいつらに僕はどうやって退職撤回を迫ればいいんだろう?
いいんだろう?
いいんだろう?
「無理だっ!」
僕は、気持ちを切り替え、「最後」の監視業務に向かった。
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