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「自己紹介」というアルバムの話

【7年半ぶりの推しの新譜について早口で語り散らかしているだけの雑文】

 7年半ぶりに新譜が出た。

 秋田に住みながら全国で活動するロックバンド、鴉――のギターボーカル、近野淳一の、ソロ名義での新譜である。フルアルバムである。全国流通盤である。それ即ち、祭りである。

 厳密な話をすると全国流通するのは8月10日からとのことだが、この際なので細かいことはいておく。だって、本人の通販サイトでは今日から買えるし、なんならライブ会場では先行販売していたし、初めて聴く曲や久しぶりに聴く曲が詰まっていて大興奮したし。再録の曲もアレンジだいぶ違うから新作同然だし。もう語彙力とか表現力とか無いし。

 私はこういうとき、言葉にして文章を綴るしか表現の術を持たない人間である。

 そんなわけで、近野淳一2ndフルアルバム「自己紹介」について、全曲語り尽くそうという企画である。聞いてやろうという勇者諸氏はついてきていただければ幸いだ。
 いざ、文字と音の海へ。


《1.自己紹介》
 いきなりだが思い出語りをさせてほしい。2016年のライブ「最新奏デ夜」で披露され、参加特典として配布された曲である。なにを隠そう、この5月10日名古屋会場が、私の人生初遠征であった。
 私は関西人である。付け加えると、若い頃からライブハウスに親しんでいたというわけではない。つまり、2014年に鴉というバンドに正面衝突して、2015年の冬に初めてライブハウスの扉をくぐり、やがて京阪神エリアのライブに通うようになった人間だ。そんなこんなを経たあとの、2016年である。最新曲披露宴、題して「最新奏デ夜」。ヤバい夜になる気がする、という直感がはたらき、まんまと新幹線で誘い出された次第である。冷静に考えると、ライブハウスデビューから初遠征まで半年しか経っていない。人生どう転ぶかわからないものである。
 これを皮切りに、ライブを求めて遠征するようになった。東京へ行き、秋田へ行った。今となってはどこへでも現れることでお馴染みの遠征魔である。もう名古屋程度の移動距離では遠征と呼べない。せいぜい遠出である。まったくもって、人間は変わるものである。
 さて、「自己紹介」である。
 思い出の曲ではあるのだが、この日以来ライブで聴いたことはなく、手元の音源を聴き返すだけだった。しばらく前にふとこの曲の存在を思い出し、「もうやらないのかな」などと懐かしんでいた。その矢先の最新アルバム収録発表、しかもタイトル曲である。アツい。あまりにも熱い。
 どきどきしながら再生。イントロから息を呑む。サビの盛り上がりで天を仰ぐ。マジか。ギター1本弾き語りでしか聴いたことがなかった曲が物凄い進化を遂げていた。めちゃくちゃ格好良い。シチュエーションはちょっと笑えるが切実といえば切実である。あと歌詞がキャッチーで好きなフレーズが多い。「普通に話しかけてきたァー」の上がり調子の高音と、笑ってしまうくらいリズミカルな「大概にしな前傾姿勢」が大好きである。あと「誰? だから誰」の問いかけかたもかなり好きである。真顔で困惑しているさまが目に浮かぶ。声に表情があって好きだ。我ながら、1曲目から前傾姿勢が過ぎる。
 8年ぶりの再会、万歳!

《2.奇声品》
 2023年のツアー限定販売音源「銀の箱」より。
 ライブの1曲目として定番の、「需要と供給」という曲がある。最初に美声を響かせ、そのあと奇声(シャウト)で叫び散らかすという流れがお決まりだ。だから、奇声という言葉自体は耳慣れていた。が、馴染んで油断していた頃に、こんな格好良い曲になってやってくるだなんて反則である。
 タイトルは「奇声品」だが、シャウト満載の曲というわけではない。一歩引いて冷めたような、斜に構えたような、他人をものともしない軽やかさで進むような、お洒落な曲調である。私は近野さんが書く詞の韻の踏みかたが大好きなのだが、それが堪能できて幸せである。Aメロでもう鷲掴みである。確約である。なにが? と思ったかたはとりあえず聴いてほしい。

《3.甘い夜》
 今作で唯一、完全に初めて聴く曲だった。秋田のライブで披露したことがあるらしい。参加していた人が羨ましい。
 曲を聴くより先に歌詞を読んだ。大人な世界観で色っぽい曲調、を想像して再生したら、軽やかに踊るようなポップさで驚く。「ロングヘアに埋もれた横顔」なんてどきりとするようなフレーズなのに、華やかなサビに続いていくものだから完全に裏切られた。素敵だ。「捻れた自己陶酔よ」で幕を下ろすように終わるのも良い。一礼したダンサーが幕の後ろに消えるようなラスト。
 余談だが、椎名林檎さんを連想した。ポップな曲調の林檎さんが好きな人に聴いてみてほしい。東京事変の「女の子は誰でも」とか、セルフカバーの「カプチーノ」とか。こういうとき、他アーティストさんを引き合いに出すものでもないと解ってはいるのだけれど。でも、近野さんは林檎さんのカバーも歌っているし、どこかに共通するものがあるのだと思う。

《4.夕焼け空》
 2019年の春闘ツアー限定音源より。ひとり語りのような歌いかたで始まるのだが、Aメロ後半の、ふとこぼれ落ちたような「あれっ?」が好きだ。ふと気付いた独り言、思わず漏れた呟きのような。この物語を滲ませる一言を聴きたくてリピートしている。
 サビに入った瞬間、ぱっと鮮やかなオレンジ色の夕焼け空が広がるような気がする。空にもその色にも音はないはずなのに、夕焼けの音とはこれのことだ、と疑いなく確信できるのは不思議なものである。

《5.雪が咲いた春》
 2019年の会場限定シングルより。
 卒業式に雪が降った情景の曲、だそうだ。私は雪に縁がない地域の出身なので、もうそのシチュエーションだけで幻想的に感じてしまう。「最後の笑顔に見惚れぬように白く遮る」なんて、それこそ見惚れてしまうくらいに美しい景色だ。物語と情景のある曲は、美しい。

《6.逃亡者》
 2022年の春闘ツアー限定音源で初登場。のちの2023年、限定音源「身代わり」にも収録された。
 ライブで初めて聴いたとき、「格好良い! 好き!」と大興奮した。やさぐれたようで、諦めたようで、投げ出したようで、なのに足取りはどこか満足げに聞こえる。「ばらばらと」掠れた擬音語、「人生は逃げ道探し」吐息多めの擦るような低音。
 改めて冷静に感想を綴ろうとしてみたが、無理だった。とにかく好きな曲である。良い。

《7.生きた心地》
 2018年の春闘ツアー音源より。
 白状すると、最初に聴いたときは「好き!」と飛びつくタイプの曲ではなかった。良い曲だなぁ、と噛みしめて終わった。そのときは。
 今回聴いて驚いた。二度見した。いや、見たわけではない。聴いたのだ。「二度見」に匹敵する聴覚の表現は無いのだろうか。とにかくパワーアップしていると思った。AメロBメロは内に向いている印象だったのが、サビの「今思えば」で音がクリアに変わるところとか凄く良いし。ラスサビ前の「ここまでこれた僕らでしょう」の伸びとか堪らないし。最後の「生きた心地を」の響きとコーラスとか最高だし。最後「これからもよろしく」のあと案外さっぱりと終わるところとか潔くて素敵だし。どうしよう、表現力がどんどんダウンしていく。
 好きな曲になった。

《8.白シャツのように》
 提供楽曲のセルフカバー。2023年の「初級light盤」にも収録された。
 原曲はクリーニング店のCMソングだそうである。綺麗に晴れた青空に広がるような歌詞と曲調。背筋の伸びるような、凜とした曲だと思う。これが近野さんのセルフカバーで聴けるのは素直に嬉しい。
 新卒から長く勤めた会社では、スーツを着て働いていた。人前で話をする機会も多かった。講演担当の日にはお気に入りのブラウスにアイロンをあてて、戦闘服のようにまとって臨んだ。そういう、「さあ、やるぞ」という意気込みと前向きさ、それからほんの少しの闘志が、「白シャツ」に重なる。
 サビの最後「粋に生きましょう」がまた良い。袖や襟までぱりっと糊のきいた白いシャツには、「粋」という言葉がぴったり似合うと思う。

《9.反省をかわせ》
 2019年のシングル「真心ドライバー」のカップリング曲である。真心ドライバー版はポップな印象があったのだが、自己紹介版のほうがエッジが鋭いというか、格好良い印象である。
 ところで、私は15年ほど前に、漢字検定準1級に合格している。日常で出会う大抵の漢字には見覚えがあるのだが、「躱」という字はこの曲で初めて知った。調べてみたところ、1級相当の漢字らしい。良かった。いや良くない、1級の勉強で挫折したことがバレてしまう。

《10.帰り道》
 提供楽曲のセルフカバー。ライブでは何度か聴いていたが、音源で聴くのは初めてだ。
 楽曲提供相手の栗林聡子さんが、コーラスを担当している。近野さんでは届かなかったコーラスを歌ってもらったとのことだったが、率直な感想は「近野さんでも届かないキーってあるんだ……」であった。女性シンガーとのコラボでも容赦なくコーラスを上から被せていく印象が強すぎるのである。
 終盤の展開がドラマティックだ。静かなドラマが迎える壮大なクライマックスのように、画面の広がりと奥行きが増す気がする。

《11.仲良くやろうな》
 2022年のミニアルバム「手ぶらでは行けない」より。
 バンドの鴉と比べて近野さんソロの曲は、地に両足がついているような印象がある。日常だとか、生活だとか、感情だとか。コロナ禍で作られたというこの曲にも、同じ印象を抱いた。
 終盤に、「落ち着いたら 落ち着いたら 落ち着くとは」という歌詞がある。
 ライブハウスの扉が閉ざされ、遠征にも行けなくなった2020年。ようやく秋田のライブハウスが県外民を受け入れてくれたのが、2021年10月末。鴉が久しぶりの県外ライブを東京で行ったのが、半年後の2022年5月。この曲が出たのはその少し前、2022年の4月であった。
 落ち着くとは、いつのことだろう。
 いつになったら落ち着くんだろう。
 意味も理由もきっかけも背景も違うけれど。絞り出すような叫びが、私にも小骨のようにずっと刺さり続けていた。まだまだ情勢は不安定だったし、落ち着くどころか悪化して事態が巻き戻されてしまうことを、なにより恐れていた。
 あれから随分経った。遠征ができるようになったし、コール&レスポンスも歓声も復活した。鴉は大阪までライブをしに戻ってきてくれた。ひとつひとつが前進するたびに、私は自分でびっくりするほど泣いた。
 最後の小骨は、そろそろ抜けて良いのかもしれない。

《12.真心ドライバー》
 2019年リリースのシングル。秋田県横手市の運送会社、ヨコウン株式会社のCMソングだそうである。
 2019年といえば、コロナ禍の少し前である。つまりこの曲は、コロナ禍に聴いて過ごした曲ということになる。「届ける」ことを歌った曲があんなにも切実に響く時代は、この先そうそう訪れないだろうと思う。あの頃は、「届けに行こう」というサビを祈りのように聴いていた。あれはいつの配信ライブだっただろうか、ラストフレーズの「いつか笑えるから」でうっかり泣いてしまったのは。
 語りかけるような歌いかたをされると私に効いてしまう。何度も聴いているうち、自覚しているよりもこの曲が好きだということに気がついた。
 広い空のその先を見続けるような、これからも先へ進んでいく決意を思わせるような、まだ続きを期待させるようなこの曲でアルバムを締めるのは、あまりにも心憎い構成である。


 以上、12曲。
 気がついたら自分の話ばかりしてしまっていたような気がする。けれど前回のアルバムから7年半も経っているのだから致し方ない。1st「原点回帰」から2nd「自己紹介」までの間に、世間はコロナ禍を経験した。私は3度異動し、転属して業務内容が激変し、初めての転職をし、10年以上暮らした街から引っ越した。そしてずっと音楽を聴いていた。聴きながら、笑ったり悲しんだり泣いたり喜んだりしていた。

 長くなってしまったが、これは「自己紹介」の感想であり、同時に私の自己紹介でもある。

 改めまして、私はこうして音楽を聴く者です。
 これからもどうぞよろしく。


「自己紹介」CM


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