鴉の2ndホールワンマンの話
【鴉というバンドの2ndホールワンマンライブについて語り散らかしているだけの雑文】
秋田に住みながら全国で活動しているロックバンドがある。
鴉という。
2024年10月27日、鴉が2度目となるホールワンマンライブを開催した。
会場は、あきた芸術劇場ミルハス。
これは、700km離れた大阪から馳せ参じたガチ勢の、歓喜と情緒崩壊の記録である。
ホールワンマンは昨年12月に引き続き2度目である。会場も同じだが、昨年と違うことがいくつかあった。第一にグッズ販売、第二に指定席制である。
昨年は、限定グッズといえばタオルとTシャツの2点だった。それが今回は、タオルにTシャツにラバーバンドにキーホルダーに缶バッジにステッカー、果ては限定音源まで販売される大盤振る舞いである。ライブの1週間前に発表されたリストを見て悶絶したファンは多かったに違いない。私は現金をおろすべくATMに駆け込んだ。
それから座席。去年は入場順の自由席だったが、今年はチケット購入の時点で座席が決まっていた。自分の位置が確保されているというのは嬉しいものである。
入場して、席について、笑ってしまった。そこが、ライブハウスで好んで立つ「定位置」に等しかったからだ。
その場所に居て良いよと言われたような気がして嬉しかった。考えすぎかもしれないけれど。
馴染みの仲間たちと挨拶を交わし、そわそわと開演を待つ。ライブ自体は慣れているはずなのに、この緊張にも似た落ち着きのなさはいつまで経っても薄れない。
開演。
いつものように3人揃って現れるのかと思いきや、出てきたのはドラム千葉さんひとりだった。おもむろにスティックを執り、リズムを刻む。次いでベース古谷さん、最後にギターボーカル近野さん。足元を支えたリズム隊から音がひろがっていく様子に高揚した。1曲目の演出として最高だったと思う。
ライブハウスでは見られない景色に、昨年とも違う景色に、圧倒された。
投影されたMV。ステージの様子を映し出した映像。演奏だけでもテンションが上がるのに、視覚まで刺激されたら完全にキャパオーバーだ。どこを見れば良いのか困ってしまう。
既出の曲に、見たことのないリリックビデオが添えられていたのは嬉しかった。新しい生命が吹き込まれたかのようだった。
「お待たせしました!」
定番「夢」の冒頭で叫ばれて歓喜する。
待っていたのだ、もちろん。
開催が発表されてから、10ヶ月。思い返せば2024年は対バンが中心で、この日が今年初めてのワンマンだった。
待ちわびたライブに拳を突き上げた。
何百回聴いても嬉しい定番曲に、まさかのレア曲。
鋭利なシャウト。深く響くバラード。
楽しそうな笑顔が咲き、強烈な眼差しに射られる。
途中で、ゲストプレイヤーとしてピアノの栗林さんが加わった。ステージと音がいっそう華やかになる。
ピアノとボーカルだけで披露した「愛の歌」には痺れた。場のすべてが繊細に感じられて、少しも動いてなるものかと耳を傾ける。
せっかくのホールワンマンなので、やりたいことを全部やる――宣言通り、盛りだくさんの贅沢仕様だった。
途中でアコースティックセットに変わったと思ったら、カバーメドレー。歌を歌うようになったきっかけを語り、いろんな場所で歌ってきた思い出を語り、とどめはなんと秋田県民歌。たびたび披露しているのである意味お馴染みの曲なのだが、この場で聴くと大盛り上がりである。美声なので質が悪い。褒め言葉である。
余談だが、おかげで私もそろそろ秋田県民歌が歌えそうな昨今である。何度でも言うが関西人である。
殺意に満ちた爆音を正面から浴びせかけてきたかと思えば、進行を派手に間違えて土下座したりする。
アンコールで呼ばれるなり、「鴉本来のおぞましい音を聴きにきたってことですね」と不敵に煽ってきたりする。
いつもの鴉だった。
ライブハウスでも、コンサートホールでも、同じだった。
去年も、今年も、同じように最高で、ときどき面白くて、やっぱり格好良かった。
それが嬉しかった。
アンコールの「都」で涙が滲んだ。まさかこの曲に泣かされる日が来るとは想像もしていなかった。
歌い出しの「行ってしまうのかい」に、遠く西へ帰る自分を重ねてしまったせいかもしれない。「ここで生きていく ここから何処へでも行く」に、自分が越えてきた距離を意識してしまったせいかもしれない。
ダブルアンコールの「誓いのバラード」には鳥肌が立った。去年のミルハスで、終演直後に掛かったBGMがこの曲だった。青臭いと近野さんは言うけれど、その青臭い世界観を素直に受け取ることができる場であったと思う。
終演。
明るくなった客席に響いたBGMは、当日販売の限定音源だった。ファン待望の「転落劇」に、弾き語りソロから進化した「身代わりの歌」。
広いホールに繰り返し流れる2曲を聴いていたら堪らない気持ちになった。こんな音響の中で聴ける機会なんてもうないぞ、と思った瞬間、私は歌詞を口ずさんでいた。きっと今なら、声を出して歌ってもばれないだろう――。
もったいなくて、名残惜しくて、去りがたかった。
2曲ともフルコーラスで歌いおわってから、私はようやく、もうほとんど人のいなくなったホールをあとにした。
こうして、私にとっても2度目のホールワンマンは幕を閉じた。
終演直後は例によって情緒が粉々で、なにかを言おうものなら一緒に涙が出てしまいそうな有様だった。
1日経ち、1週間経ち、ようやく言葉が戻ってきた。
それを掻き集めて、繋いで、書いて残したのがこの文章である。
願わくば、いつか第3回目のホールワンマンも開催されますように。
この現場には遠い距離だって越えていく価値があると、もうとっくに理解させられているのだから。