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逆噴射小説大賞2024セルフ・ライナーノーツ

 ――斯くして黄金の冠を求める狂騒は幕を下ろし、静寂の時が来る。


大前提


 さて、逆噴射小説大賞というのは長きに渡り『ニンジャスレイヤー』というネタを擦り続け遂にネット民の必須ミームとするところまで展開せしめたことでお馴染みのダイハード・テイルズ様が年に一度展開している『パルプ小説の賞、ただし続きのあることを前提とした800字以内の書き出しのみ』という企画である。

 なんでも実は既に数回催されているというのだが、生憎と俺は初参加だ。

そこで俺は何を考えたか


 オーケイ、取り敢えずパルプのところは目を瞑ろう。しかし小説の書き出しのみで読者の目を引くには、何をすればいいのだ?
 なるほど確かに魅力ある書き出しがあれば読者を惹きつけどんどん続きを読んで貰える。勿論その通りだ。しかしそれが出来ていないからこの歩弥丸は名も無きツイッタラー読まれない書き手に甘んじておるのでありましてな。
 いくつか評価の高い(ハートの多い)逆噴射小説大賞応募作を読んで見た。いずれも流石の筆力、描写力である。それでいて800字の中で奇想を展開し、次のどんでん返しを予期させる。俺は悟った。

 ――この方向での勝負は、多分、勝ち目が無い。

 奇想、無いでは無い。どんでん返し、無いではない。だが、それを800字に切り詰めることがどうにも出来なかった(後述)。
 そこで、開き直ることにした。
会話劇しかねえな、これ
 会話でキャラクター性を掘り下げて、『で、こいつらなんでこんなことになっているんだ』をフックに(今はまだ存在しない架空の)続きに興味を持って貰おう。
 それだとパルプというよりラノベやライト文学の方法論では、と言われれば反論出来んのだが。

応募作2:『こちら堰ヶ原迷宮案内所』について

 実のところ、こっちの方がストーリーの大枠を思いついたのは先だ。なのでこっちから解説する。
 当初想定していたストーリーは以下のようなものだ。

人間の少年が妖怪の街・堰ヶ原に迷い込む。身に覚えのないツノが生えただけでも困惑しているのに、「東方」・「西方」の双方の妖怪から追い回される。ツノとともに備わった人間離れした体力で妖怪から逃げ回るが、しかしこの堰ヶ原からどう逃げ出したものか――

 この方向性で書き出そうとして、二つ問題に行き当たってどうにもまとまらなかった。
 一つ、逃げ回るアクションシーンを描いてるだけでも800字軽く越える。
 二つ、『突然ツノが生えて困惑する人間』視点の路線だと『ユリドラゴン』より面白くならねえ。

 うん、無理だこの方向性。発想を変えよう。
(と言っている間に『鐘崎~』のアイデアが振ってきたのだがそれはさておく)
 こうして出てきたのが『妖気を全く感じない≒惑わされないが故に堰ヶ原の「出口」を見つけることに長けた人間、と、割と強力な妖怪(鵺を想定)のバディ』という現行の主人公。ツノ生えた少年には脇に回って貰おう。
 で、アクションシーンを書くとどうにも尺に収まりそうにないので、設定開示を兼ねた会話劇に終始させた。
『んん? これ(※書き出しとしては陳腐すぎるとする評語のみられる)「依頼オチ」なのでは?』
 と思ったのは投稿した後のことであったという。

応募作1:『或るならず者、鐘崎祐太郎の一生』について

 このネタを思いついたのは、実は夢の中でのことだ。その夢の概略は以下のとおり(初出:bluesky)。

 昭和の時代から平成の頭。
 歴代の政財界の黒幕たち、いや黒幕とされてきたはぐれ者たちの盛衰。
 初期オタクを導く謎のシスター。同人誌を文字通り「同人」の間で交換しておれば良かった彼の頃。
 弾圧に過敏に反応するオタクたち。展示会会場での規制派との諍いは、やがて展示会から溢れ出し、暴徒化し、そして少しの綻びから鎮圧される。そこに見え隠れするはぐれ者の姿。

 勿論そんな史実はない。だからこれは偽史の話。

 時代は移ろう。
 一人のガタイのいい流れ者が、北の港町に来る。
「何か仕事は無いか」
 暫く漁港の下働きをした男は、年末、場内市場で片っ端から魚を買いあさる。
「おっさん、ホタテを」
「シャケを。ああ塩鮭じゃなくて生のがいいな――寄生虫? 堅いこと言うなよ」
「本シシャモはあるかい」
 それらを大ぶりの寿司に仕立てては食い、喉に詰め込み酒を煽り――男は死んだ。

「あいつは死にたかったんだよ。『もう俺らの時代じゃねえから』ってな」
 最後の黒幕は言う。
「死に場所を探すにしても、なんで彼がわざわざ北に?」
 シスターは言う。
「北の寿司ブームでも来てたんですよ、きっと。兄貴らしい」
 オタクは言う。
 ――彼の死の真意は何だったのか?

https://bsky.app/profile/hmmr03.bsky.social/post/3l6b2iomxhn2m

 勿論これ全部書いてたら到底字数足りない。っていうか全部書いたらそれはもう完成した小説である。
 そこで、この男――鐘崎祐太郎の死後から話を始めることにした(正確には、逆噴射小説大賞の規格に合わせるためにそこを書き出しとして想定した)。ヤクザの葬儀だと思っていたらシスターやオタクが出てくる、とすれば『何だそのヤクザは? 何をどうしたらそういう交友関係のあるヤクザになるんだ!?』という、(想定される)本編(≒見た夢)へのフックになるだろうと考えたのだ。

で、それ本当に書くんスか

 さあねえ?
『鐘崎祐太郎』については粗プロットを起こしてはいる。ただ、これ考えれば考えるほど微妙な処に踏み込んでいく現代劇になるので(ヤクザ者がどんどん「ふつうのヤクザは寄りつかないような」時代時代の弱者に寄り添っていって仕舞いにはヤクザと呼べる範疇ですらなくなってしまう、というストーリーラインなので)、幾ら『偽史』と断るとしても、率直に言って書くのに知識と度胸が要る。書くとしたらもう少し真面目に下調べしてからになるだろう。
『堰ヶ原』はもう少し気楽に書けるヤツだが、お話自体の魅力をもう少しブラッシュアップしないとなあと。

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