
Barbara Manning Is The Coolest Person Alive
残念ながら日本という国に住んでいるとBarbara Manningというミュージシャンの名前はなんとなく知っていても実際どのような音楽をやっていてどのようなキャリアを歩んだのか知る機会は殆どないのが実情である。恥ずかしながら自分も彼女が客演したThe 6thsのアルバムを所持しているだけの情弱だったのだが、昨年何となく購入したSF Seals名義のアルバムに感動して以来、関連音源を買い集めたりネットで情報を収集し続けたのでその成果をこの場で公表することにする。
Barbara Manning Biography
1964年カリフォルニア生まれのBarbara Manning(以下BLM)はピートタウンゼントの夢を見たことを契機にギターを手に取り妹(Terri Maninng)とビージーズのコピーなどに没頭する少女時代を過ごしたという。
1983年チコ州立大学在学中にバンド28th Dayを結成。西海岸のペイズリーアンダーグラウンド周辺バンドと関わりつつ85年にはTrue WestのRuss Tolmanプロデュースによる7曲入りEPをENIGMAからリリースをするものの、バンド内恋愛の破局というありがちな理由で解散してしまいBLMは幼い頃から憧れていたというサンフランシスコへと移り住む。

サンフランシスコではWorld Of Poohというバンドに加入する一方でソロ名義でのアルバム録音なども並行して行い「Lately I Keep Scissors(1988)」「One Perfect Green Blanket(1991)」という2枚の良作ソロアルバムを発表している。同地の寛容で多様性のある音楽シーンの中でHector(Zeros)やChris Von Sneidernといったパンク/パワーポップ系人脈からThinking Fellers Union Local 282、Seymour Glass,Caroliner Rainbowなどオルタナティブ/ノイズ/アヴァンギャルド系人脈と分け隔てなく交流していく活動姿勢は後年も地域や国境を越えて続いていくこととなる。
どんなサウンドにも適合する甘すぎず過剰過ぎないBLMの声質に魅力を感じる人は多かったようでYoung Marble GiantsのStuart Moxhamプロデュースによるプロジェクト「Barbara Manning Sings With The Original Artists(1993)」やStephin Merritのユニットthe 6ths、Seymour GlassとのノイズユニットGlands Of External Secretionなど様々なコラボレーションを行い、徐々に音楽シーンで存在感を増していく。
前述のWorld Of Poohは徐々に形を変えてSF Sealsというバンド名になり当時着々と影響力を高めていたレーベルMatadorと契約し1993年から1995年にかけて数枚のシングルと2枚のアルバムをリリースする。2ndアルバム「Truth Walks In Sleepy Shadows」はSPIN誌の年間ベストに入るほど評論家筋には好評だったがセールス的には不調に終わる。原因としては当時売れていたリズ・フェアなどの私生活独白系女性オルタナシンガーなどと比較されることをBLM自身が極端に拒んでいたことでプロモーションの方針が定まらなかった模様。優れた作品を残したのにも関わらずSF Sealsは1996年に解散してしまう。
1997年にはGiant Sandのメンバーやジム・オルークなども参加したソロアルバム「1212」を発表。ロックオペラ形式の組曲やクラウトロックの現代的解釈など興味深い内容の意欲作だったがまたもやセールス的には不調でこのアルバムを最後にMatadorとは契約終了となってしまう。純粋で熱狂的な音楽ファンの延長線上にいるミュージシャンである自分を貫いた結果、レーベルとの関係が悪化するという皮肉な結果に終わってしまったのだった。

路頭に迷いかけたBLMだったがバンドメンバーの薦めでニュージーランドに長期滞在することとなり大ファンだったというFlying Nunレーベルを代表する名だたるミュージシャンたちとアルバム「In New Zealand」を録音。NZの気候や景色も相まってこの滞在と作品はBLM自身にとてもよい影響を与えたようだ。
だがしかしサンフランシスコに戻るとベイエリアの物価の高騰、人間関係のもつれ、家を追い出されるほどの本格的な貧困など現実的なきつすぎる問題が所属レーベルを失ったミュージシャンに襲い掛かり絶望的な状況に陥ってしまう。死を意識したこともあったらしいが周りの友人の助けもあり何とか持ち直しドイツに移住して新バンドGo Lucky'sを結成し作品を作ったり地元に戻ってトレイラーハウスで暮らしながら生物学の学位を取得して中学の理科教師としてその日暮らしのミュージシャンから地に足の着いた生活を送る人間へと変貌を遂げることに成功しレコーディングエンジニアと結婚した。
ミュージシャンとしての才能に見合った報酬を受けることができなかったのは不幸なことで音楽業界の難しさや理不尽さを痛感するが、一人の人間としての生き方は尊敬に値する。
現在も定期的にライブ活動を行っていて28th Dayの再結成、CodeineやGerald Loveなど同時代に活動したミュージシャンたちと共演している元気な姿がyoutubeやSNSで確認できる。新録はBandcampで聴けるし過去音源や充実した内容の編集盤なども各種サブスクリプションサービスで容易に聴くことはできるのでここまで読んだ方はBarbara Manningの音楽を浴びるべきである。

いつも自分の本心と心で書いて、自分のために書いていたら、曲は本当にいいものになるよ。たとえ自分とあと1人しか理解してくれなくてもね。本当に削ぎ落として、自分の曲作りの原点を知らなきゃいけないんだ。
Barbara Manning Discography
※フィジカルで所有している物のみの紹介です。
28th Day / 28th Day (1985 Enigma/Bring Out Your Dead)

True WestのRuss Tolmanプロデュースによる7曲入りEP。EU盤は10曲入り。
1983年に結成された当初は5人組でBLMはボーカルのみを担当していたが、このアルバムが制作される頃にはトリオ編成になっておりBLMもベース&ボーカル担当となった。True WestやLong Ryders、Rain Paradeなどペイズリーアンダーグラウンド周辺バンドなどと共演しつつReplacementsとも共演したことがあるらしい。
A-1「25Pills」やA-4「I’m Only Asking」に代表されるような深いリヴァーブがかかったギターサウンドやコード感にサイケデリックやトワイライトガレージな要素はあるが、奇妙な仕掛けや捻くれた展開などは殆どなくストレートなアレンジが多い。2020年にCaptured Tracksからリリースされたコンピレーション「Strum & Thrum: The American Jangle Underground 1983-1987」にも収録された「Pages Turn」などに通底する学生バンドらしい溌溂とした空気感溢れるポップでジャングリーな演奏の方が印象に残る。
G&VOのCole MarquisがUPしている貴重なライブ映像
このEPは未発表曲やライブ音源などを追加した形で再発されている。現在入手は難しそうだがサブスクなどで容易に聴くことは可能なので80年代中期のUSインディーロックシーンやペイズリーアンダーグラウンド周辺に興味のある人は必聴かもしれない。
Barbara Manning / Lately I Keep Scissors (1988 Heyday Records)

サンフランシスコで制作されたソロ名義での1stアルバム。実物は持っていないのだが、2ndアルバムのCDにボーナストラックとして全曲入っていた。パワーポップファンとしてはHector、Chris Von SneidernなどFlying Colorのメンバーが参加していることにテンションが上がる。
全体的にデモっぽいラフな感触の録音で寄せ集め感はあるが、yo la tengoなどもカバーしてるUSインディークラシック「Scissors」やMarine Girls風の「Talk All Night」、良質なメロディのフォークロック「Never Park」、タイトルだけで気になる「Mark E Smith & Brix」など聴きどころが多く28th Day時代から引き継がれたものとソングライターとしての成長の両面が感じられる良作である。
Barbara Manning / One Perfect Green Blanket (1991 Heyday Records)

ソロ名義の8曲入り2ndアルバム。大の野球ファンという一面が知れるジャケットでブックレットにも野球愛あり。このアルバムでは自身をBLMとクレジットしているのでこの記事でも真似した。
バンドサウンドとアコースティックサウンドが半々くらいの割合で選曲されている。後にコラボすることとなるThe Batsのカバーも収録。曲数が少ないのでややこじんまりとした感はあるが、キャッチーな「Sympathy Wreath」やアコギとクラリネットの絡みがよい「Green」などがよい曲だ。
Barbara Manning Sings With The Original Artists (1993 Feel Good All Over)

Stuart Moxham(YMG,GIST)プロデュースによるアルバム。レーベル主導による企画アルバムでBLMは一人のセッションミュージシャンとして参加したつもりだったがソロ名義でリリースされたことに驚いたらしい。が、実際のセッションでは敏腕ミュージシャンたちと今まで挑戦したことのないスタイルの音楽を共に作ることに大きな刺激を受けた模様。
Stuart Moxhamらしい多国籍なリズム感覚に溶け合っていくBLMの歌声は非常に相性がよく小山田圭吾がラジオでかけたという「My First Gun」やJon Langford作「Gold Brick」、モロYMGサウンドな「When I Dream」、Lora Logicのカバーなどなどバラエティに富んでいて楽しいアルバム。BLMの入り口としてもお薦め。
World Of Pooh / G.H.M (1990 K Records)

昨年地元のレコード屋で購入したがビニ焼けしていた。トリオ編成でドラムはThinking Fellers Union~のJay Paget。フルアルバムのリリースもあり。
A面は男性ボーカルによる1分30秒に満たないShop Assistantsを彷彿とさせるノイジーなロックでボーカルが弱い。B面はBLMボーカルによるThe Batsからの影響を感じるフォークロック調の佳曲(one perfect green blanketにソロバージョンあり)。
とりあえず知り合いなら誰でもレコードを出してあげていたCalvin Johnsonの創作姿勢の功罪を感じたりもするが中古屋やレコ市で安く売られていることが多い。
The San Francisco Seals / Nowhere (1994 Matador)

San Francisco Seals名義の1stアルバム。サンフランシスコのミュージシャンたちが10人以上参加しているが、後述のMVに映っている4人が主要メンバーで他はゲストプレイヤー的な立ち位置なのではと推測している。
基本的にはソロと地続きの作風だが、バンドサウンドの躍動感や多彩なアレンジなどに大きな進歩がみられる。またSeymour Glassの手によるものと思われる実験的で現代音楽的なアプローチがポップな楽曲の中に唐突に現れるので心臓に悪い。面白くはあるが、実験音楽に疎い私にとっては楽曲自体の心地よさを邪魔された気分になってしまう。
Sf Sealsはカバーが多くこのアルバムでもBadfinger、Holy Modal Rounders、Flying Nun所属のGoblin Mix、60'sサイケのFaine Jadeなど重度の音楽マニアらしい選曲で知られざるバンドの紹介者的役割も担っている。
個人的なベストトラックはMVも作られた「still?」。当時のMatadorらしいクールな感触のノイズギターサウンドと淡々とした歌声の対比が心地よくて安心する。
S.F. Seals / Truth Walks In Sleepy Shadows (1995 Matador)

バンド名が簡略化された2ndアルバム。意図がよくわからないジャケットの印象で損をしているかもしれないが、個人的にはBLMのキャリアの中の最高傑作に位置しているアルバム。
冒頭のPretty Thingsを始め、Faust、John Caleなどのカバーも出来はいいがオリジナル曲のクオリティが高く、研ぎ澄まされた各楽器の音色やフレージングにバンドとしての充実ぶりが伺え、ゲストの管楽器や弦楽器も見事に楽曲に彩を加えている。賑やかで祝祭感のある「S.F. Sorrow(pretty things)」で始まり、聴き手を寝かしつけるようなほんのりサイケデリックなインストで終わる構成もよい。
トレモロサウンドがダウナーな曲調と絡み合う「Ladies Of The Sea」、60年代サイケ/ガレージロックを90年代USオルタナティブ感覚で捉えたような「ipecac」、陽気なポルカ調「kids pirate ship」、切なさとクールさを併せ持つバラード「How Do You Know?」など聴き所は多数あるが、A面の最後を飾る「Bold Letters」が個人的なベストトラック。美しいメロディーと抑制のきいた演奏とアレンジ、耳と心に刺さるギターソロのフレージングと音色、どれをとってもよい。
Barbara Manning / 1212 (1997 Matador)

Matadorからの最後のリリース作となったソロアルバム。BLM作品の中でも最も入手しやすいアルバムであるが、内容的にはやや難解で従来のポップさが薄いのでややハードルが高い作品かもしれない。しかしながら真剣に対峙すればするほど創作への意欲や充実した演奏に感心する。
このアルバムはBLM(Vo&G)とJoey Burns(Ba)、John Convertino(dr)というGiant Sandのリズム隊を要したトリオ演奏がメインで今までの作品と比べると録音と演奏の強度が高い。冒頭の4曲はThe Arsonist Storyと冠された問題を抱えたティーンエイジャーとその母親についてのロックオペラ形式の組曲でジム・オルークが演奏及びプロデュースで参加している。
相変わらずカバーも多く収録されておりRichard Thomson,Bevis Frond、Deviants,Amon Dullという渋すぎる選曲で原曲を1曲も知らなかった…
1997年というCANやNEU!などが世界中で再評価されていた時期に制作された作品なのでクラウトロックへの傾倒や愛着が強く感じられ、特にラストの「Stammtisch」は単なる模倣の域を超えたテンションの演奏が格好いい。
Barbara Manning / In New Zealand (1999 Communion Label)

97年~98年のニュージーランド滞在時に現地で録音された7曲入りの(ミニ)アルバム。David Kilgour(the clean)、Robert Scott (The Bats)、Chris Knox (Toy Love,Tall Dwarfs)、Graeme Downes (Verlaines),3DsというFlying Nunレーベル及びダニーデンサウンドの礎を築いた奇才たちに直接コンタクトを取り共作及び録音までこぎつけたというから行動力が凄い。
この参加メンバーだとジャングリーでLo-Fiなダニーデンサウンドを期待したくなるものだが、時は1981年ではなく1997年だったので世知辛い音楽業界での人生経験を反映させたような深みのある落ち着いた曲調が多く、シンガーソングライター的な風情と年輪を感じる作品となっている。しかし各ミュージシャンの演奏や曲作りの癖は多分に感じられてFlying Nun好きにとっては考察しがいのある作品である。中でもChris Knoxとの共作はポップでありながら実験的で挑戦的な楽曲になっていて流石NZのパイオニアって感じだ。
現時点で未所持の音源については購入次第追記していきたいと思ってもいる。とりあえずSF Seals名義の「Baseball Trirogy」という野球をテーマにした7インチを入手するのが最近の目標だ。