「卵と壁」#ハッカーライフラボ に参加しました(9/12)
いつもははてなブログに書くところ、諸事情あって今回はこちらに書きます。だらだらと書き連ねていくので目次(見出し)はありません。
以前、発表者のお一人、たかのさんが発表をどうするか悩まれているのを(Twitter で)お見掛けしていたのでちょっと興味がありつつも、時間の都合で参加できないかな…と思っていた今回のハッカーライフラボ。思わぬ形での予定キャンセルと参加枠拡大が重なったので、ギリギリになって参加することにしました。
内容そのものについては dora_e_m さんのノートにレポートがあるので特に触れません。
また、発表者のお一人、たかのさんの予告?記事もあります。
(アーカイブ視聴もそのうちできるようになるのかな?)
わたし自身は、昔から
「コミュニティの中に隙間を探して、そこに活路を見出す」
というタイプであり、ある種「マイノリティばんざい!」なマインドの持ち主ですので、以前は「マイノリティであることの辛さ・心細さ」というものをあまり持ち合わせていませんでした。
といっても、特に多様性に理解があるというわけでもなく、言ってみれば「コミュニティの中のマジョリティたちとは重視するポイントや価値基準が(単に)違うだけ」でした。
転機 1 つ目は「働き盛りに原因不明の体調不良に長期間悩まされたこと」でした。この時期、温かい言葉をかけられ支援を受けることもあれば、100% には程遠い働き方しかできないことで冷たい言葉を浴びせられたりすることも。このときはじめて「コミュニティの中でのマイノリティの辛さ・心細さ」を感じた気がします。
ただ、だからといって、時を経て体調が回復したときに、他人の気持ちを汲みつつ多様性を受け入れられる人間になったか…というとそうでもなく。自分の価値基準をベースに、一方で後輩に手厚く支援をしつつも同僚を追い詰めたり。
実は、体調不良のときに支援をしてくれたのも冷たい言葉を浴びせてきたのも同じ人物だったのですが(もちろん支援だけしてくれる人もいました)、自分自身もコミュニティの中の他人に同じことをしていたわけで。それに気づいたのが転機 2 つ目でした。
このままではまずい、と考えたときに取った行動が、
「外の世界を見る」
でした。
考えてみれば、それまでは自分の周囲 5 メートルそこそこのことしか頭になかったような状況でした。まず最初は、(すごく遠回りな気がしないでもないですが)自分自身が手を付けやすかった「資格の勉強を通して世のスタンダードを知る」(=我流を貫かないようにする)ところから始めつつ、さらにそれを 1 つのきっかけにして、(家族や会社以外の)コミュニティに参加するようになりました。
(その資格の対象分野のコミュニティがたまたま良いタイミングで「復活」したので、そこに足を踏み入れるところから始め、別のコミュニティへと活動範囲を広げていきました。)
そうしてみると、特定のコミュニティの中に閉じこもっていたときとは比べ物にならないほどの多様な考えと接することになりました(もちろん「多様性の中の同質性」もたくさんありました)。
そうなると今度は元居た家族や会社のコミュニティに、多様な考え方を持ち帰って取り入れよう…とするのですが、これはこれで大変。まだ道半ばまでも行かない。
というわけで、現時点の自分の考えは、
「1 つのコミュニティに対して多様性の受容を強く求めるよりは、自分が多様なコミュニティに所属しよう」
「特定のコミュニティに強く依存しすぎないよう、緩やかなつながりを多く持とう」
疎結合というと、弱い紐帯の話にも通じそう。#jawssonic2020
— hmatsu47(まつ) (@hmatsu47) September 12, 2020
です。
イベントに参加する中で、
さいきん色々あってコミュニティを去る経験をしたので、興味を持って聞いてる。#ハッカーライフラボ
— hmatsu47(まつ) (@hmatsu47) September 12, 2020
と呟いたのですが、多数のコミュニティと緩やかにつながっていれば、そのうちの 1 つでコミュニティのメンバーとうまくいかなくなったとしても、そのコミュニティに依存することなく「去る」という決断をすることもできます。
思い入れが深すぎるとつい戦争をはじめてしまいがち、でも緩くつながっているコミュニティがいくつかあれば、そのうちの 1 つを諦めることは難しくありません。
とはいえ、家族や会社などは、なかなか緩やかな付き合いはしづらいもの。「できることから 1 つずつ」といったところでしょうかね。