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失恋した次の日

初めて、仮病を使って会社を休んだ。
お年寄りのおじいちゃん上司が、やけに体調を気遣って心配してくれた。
私の行っている仕事は個々に責任を負うもので、所属する部署は基本個人プレイだ。そのため、仕事を振る相手は特にいない。だからこの唐突な休みは、終えてみてから気づいたことだけれども、あまり休みとして意味を為さなかった。
朝からずっと客先や下請、社内営業等から電話がくる。社用携帯のコール音がするたびに、仕事をしていない自分に胸が痛んだ。布団から手を伸ばし電話をする。ふとした話題で元カレのことが脳裏をよぎり、震える声を抑えながら応対する。幸いにも電話の向こうの人達は、本当に体調が悪いのだと錯覚してくれたようだった。
布団から起き上がるも仕事が手につかない。大量にくるメールを、メールボックスに仕分けして、ろくに読まずにパソコンを閉じる。
意味もなく立ち上がって部屋をうろつき、あてもなく、結局ソファに腰をかけまどろむ。何かを考えていないと虚しいほどに涙ばかりが出てくる。
漫画、SNS、アニメを必死に、仕事よりも熱心に、絶え間なく見続ける。情報に溢れて頭が痛くなりそうなほど、現実逃避に時間を費やした。
ふと画面や紙面から少しでも目を離すと、幸せだった日々を思い出して喪失感でいっぱいになってしまう。この状態で家事なんてしようものなら思い出に呑まれて潰れてしまうだろう。そうして私はまた弱い自分のために、作品に身を費やし、他人の人生を擬似体験する。情報の海を、自分という舵を外して、ただただ漂う。できるだけ過去から遠いところへ流れ着きたい。そこが幸せでなくてもいいから、昨日までの幸せから、もうこの手にはない過去の幸せから逃げたい。
あの時君が笑って褒めてくれたもの、一緒に見ようって言っていたもの、食べようって言ってたもの、あげたもの、くれたもの、そういうすべてから、逃げられる場所がほしい。生活から離れた逃げ場が。
だから、明日は仕事をしよう。
客先の打ち合わせでボロボロだけど泣いたらどうしようか。でもそんなのは今悩んでいても仕方ない。もしそうなったら、息を止めるだけ止めて、死ぬ手前まで堪えて、それでもどうしようもなかったら、醜態晒してもいいじゃないか。
頭を使って、泣いていたら、お腹が空いた。お腹いっぱいに食べて、早く寝て、明日は朝から今日見られなかったメールを一つずつ見よう。
一日の時間を自分のためだけに使えたことを、そんな日々が別れてはじめてやってきたことを、誇りに思おう。
明日から、また自分だけの舵を切る。寝る前に自分の舵を握り直す。よし、きっともう見失わない。
今日までの私へ、おやすみなさい。

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