最新刊『悪夢』の解説を公開します
2024年12月1日発売の最新刊『悪夢』
今回は、この『悪夢』の巻末に掲載した解説の一部を公開いたします。素晴らしい読書の一助となれば幸いです。
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本書はイギリスの作家セシル・スコット・フォレスター(C・S・フォレスター)が1954年に発表した短編集『The Nightmare』の全訳である。著者自身による序文と10編の短編小説が収録されており、このうち3編は過去に翻訳紹介されているが、残りの作品は本邦初訳になる。収録されている作品はすべてナチス政権下のドイツを舞台にしたものであるが(ただし最後の「さまよえる異邦人」だけは趣を異にしている)、個々の作品は独立したものである。
収録作品とその原題、既訳を以下に記しておく。
「序」 Introduction
「証拠」 Evidence
「バウワー・オブ・ローゼズ」 The Bower of Roses
「ミリアムの奇跡」 Miriam's Miracle 「ミリアムの奇跡」横山啓明訳/ハヤカワ・ミステリマガジン2013年8月号掲載
「恐怖の生理学」 The Physiology of Fear 「戦慄の生理学」熱田遼子訳/『魔の配剤』(1985年3月刊)に収録
「板挟み」 Indecision
「首と足」 The Head and The Feet 「首と足」高永徳子訳/ハヤカワ・ミステリマガジン1981年8月号掲載
「信じがたいこと」 The Unbelievable
「人質」 The Hostage
「神に捧げられるべきもの」 To Be Given to God
「さまよえる異邦人」 The Wandering Gentile
収録作品には心理サスペンス/ホラーにカテゴライズされるような作品も多く、海洋冒険小説で人気を得た著者フォレスターの日本でのイメージからは、やや異色に見える。一方で、「信じがたいこと」の海上シーンなどは、海洋冒険小説作家としてのフォレスターの力量が存分に発揮されており、さすがの手腕を見せてくれる。
序文に述べられているように、各作品のストーリーや登場人物は完全なフィクションであるが、その背景はほとんどが歴史上の事実をもとにしている。
たとえば、「証拠」の背景となるラジオ局襲撃は1939年8月31日に起きたグライヴィッツ事件と呼ばれる事件がもとになっている。この事件の翌日、ドイツ軍はポーランドへの侵攻を開始した。また「バウワー・オブ・ローゼズ」の冒頭に起きている「長いナイフの夜」も、1934年6月30日から7月2日にかけて実際に起きた粛清事件である。「板挟み」の設定にも、1944年7月20日に起きたヒトラー暗殺未遂事件が使われている。一方で、「ミリアムの奇跡」をはじめとする一連の作品で舞台となるローゼンベルク強制収容所は、非常にリアルに描かれているが、架空のものである。
こうした歴史的事実の裏付けが、この狂気の時代を迫真のものとして描きだすのに効果を上げている。
【以下略】
これまであまり知られていなかった著者の魅力の一面を知ることのできる短編集『悪夢』ですが、優れたエンタテインメントであることに変わりはありません。
どうぞよろしくお願いします!