ラグビー戦術の歩み<3>:ワイドライン戦法(2)
1990年代後半の早稲田大学が試みた「ワイドライン戦法」、書き出すといろいろ膨らんできてしまいました。
今回は第2回として、「ワイドライン戦法」とはどういう戦い方だったのかを説明します。(今日の表紙は当時の『ナンバー』の記事にしました)
ワイドライン戦法とはどういう戦い方か?
ワイドライン戦法は、単なる横への揺さぶりではありませんでした。
まず、ブラインドサイド(ショートサイド)を突いて、ラックを作ります(当時はブレイクダウンという言葉はまだ使われていなかったと思います)。
そうなるとオープンサイドに広いスペースができます。その広いスペースに、ワイドなアタックラインを形成します。
ショートラインと比べるとスペースの使い方が大きく違います。
これを、チャンネルという形で表示するとこんな感じになります。
よく見られたのは、チャンネル1と2の間くらいで縦を突く形です。「ワイドライン」といっても、チャンネル3まですぐにボールを持っていくというような「ワイドな展開」という意味ではなく、「ワイドなポジショニング」という意味だったということです。
ワイドラインでは、1人あたりのスペースが大きくなります。そのため、1対1で対決する局面が増え、そのときに細かくステップを踏んでからクラッシュすれば少しでもゲインできる見込みが高くなります。
そうなると、両脇のディフェンダーが一瞬オフサイドになります。つまり、その瞬間に数的優位が生まれるわけです。
元々ワイドにポジションを取っていて1人1人のスペースが大きいですから、相手のディフェンダーの何人かがオフサイドになれば、その瞬間に使えるスペースはさらに大きくなります。そのすきに突破をしていく戦術です。
もちろん一回で抜けることはまずありません。しかし、両脇のディフェンダーとの距離がありますから、タックルを受けた後、両脇のサポートが一度オンサイドポジションまで戻って走り寄ってくるまでには時間があります。
そのわずかな時間にボールを出すために、クラッシュしたプレイヤーは、「カメ・ラック」と呼ばれるテクニックを使い、股下からボールをほんのわずか(ラックから出ない程度)後ろに転がし、ターンオーバーを防ぎます。そして素早くスクラムハーフが次の球出しをして展開します。
ワイドなポジションを取れるオープンサイドに順目に回すことが基本ですが、何回か続いたらまたブラインドサイドでラックを作って、オープンサイドのスペースを作り直します。
これを繰り返してディフェンスを混乱させていきます。広いスペースで2対2ないし3対3になる瞬間を作れれば、パスを受ける瞬間に「ずれる」テクニックを使ってトイメンを抜き、突破してトライに持って行くという戦い方です。
ワイドライン戦法の2つのポイント
つまり、ワイドライン戦法のポイントは2つありました。1つは、広いラインを取ることで、両脇のサポートなしに1対1で抜きにかかることによってゲインできる可能性を増すことです。
当時は「ジャッカル」という言葉はありませんでしたが、この場合は同時に接点でボールロストする可能性が増えます。なので、普通の攻撃よりも長い距離を走ってサポートプレイヤーがラックに駆けつける必要があります。つまり、特にフォワードには、通常よりも多くの運動量が要求されることになります。
もう一つは、攻防双方に運動量が必要とされる攻撃を80分続けることで、相手のスタミナを奪い、後半最後の20分間の運動量で優位に立つことです。そのために、ペナルティを取ったときには、相手を休ませないために、タッチキックではなくクイックタップからの速攻でゲームテンポを極限まで上げていくゲームプランが選択されました。
ワイドライン戦法の前提条件
ここから、ワイドライン戦法を実行する側にとっては、次の2つの条件が必要になることがわかります。
1つはロングパスのスキルです。ワイドラインというのは、広い間隔で並びますから、当然長いパスが必要になります。以前、当時の日本代表ウイング増保輝則の「日本人は長いパスが苦手なのでショートラインが向いている」という発言を引用しましたが、まさにその苦手なロングパスが必要になります。相当練習したようで、この時期の早稲田のバックスは、ハーフ並の長いスピンパスを放れるようになっていました。
もう1つが高いレベルのフィットネスです。ワイドラインの場合、広いラインでブレイクダウンを作ります。そこでボールをリサイクルできなければ攻撃として機能しませんから、フォワードもバックスも、通常の攻撃よりも速く長くフィールドを走り回らなければなりません。それを80分やりきるためのフィットネスが必要になります。
実際、この時代の早稲田のスタミナは相当なもので、特にワイドライン戦法が機能した試合においては、後半最後の運動量の差は顕著に見られました。
しかしながら、ワイドライン戦法はすぐには結果に結びつきませんでした。次回は実際の戦いを取り上げます。
(続く)