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ラグビー戦術の歩み<9>:破られたシールドロック
ラグビーを「退屈なスポーツ」に仕掛けたシールドロック。しかし、それを打ち破るアタック戦術が生まれてきます。
その鍵となったのが、ダブルライン攻撃でした。
ディフェンスはオフサイドポジションには立てない
ラグビーはサッカーと異なり、ディフェンス側の選手が立てる位置が限定されています。
サッカーには、そのような制限はありません。ボールを失ったら、相手の最終ラインに対してフォワードがプレスをかけます。
このようなハイプレスはラグビーではできません。なぜなら、オフサイドラインより前にディフェンダーは立てないからです。
ルール上、サッカーのオフサイドラインはオフェンス側の選手を消すのに対し、ラグビーのオフサイドラインはディフェンス側の選手を消すのです。
シールドロックは、そのオフサイドライン上にディフェンダーを並べる防御ですが、その向こうにいるアタック側の選手に対しては、ディフェンス側はマークに行けません。
「ボールを持って走れる」が故にラグビーの戦術は確実性・再現性が高い
また、ラグビーはディフェンス側が手を使ってアタック側のボールホルダーを止めることができる珍しいスポーツです。なのでディフェンスの確実性が高いわけですが、アタック側もボールを持って走ることができます。
なので、幅1m程度の隙間があれば、ディフェンスを突破することができます。ディフェンス側は、誰が誰にタックルに行くかをノミネートしておくわけですが、それを少しの間でも混乱させることができれば、そういった隙間を作り出すことができます。
ダブルライン攻撃の普及
例えば、連続的にクラッシュしてブレイクダウンを作り、ディフェンスがノミネートし直すのが間に合わないタイミングでボールを展開させれば、シールドロックといえど突破できるはずです。
そこで、ダブルライン攻撃が広がっていきます。ディフェンスが入れないオフサイドゾーンを使って縦深的にアタックの選手を並べ、前方に並ぶフォワードが連続的にブレイクダウンを作って相手の再ノミネートが間に合わないタイミングで攻めていったり、フロントドア、バックドアの2つのラインのいずれかをおとりとしてタックルをずらしていく攻撃手法が一般的になってきたのです。
早慶戦の時に説明した図を再掲します。
これを応用してバックスの選手があるタイミングで片方のサイドに集まっていく移動攻撃も頻繁に行われるようになりました。今年の早稲田大学がしばしば披露した攻撃手法です。
「シェイプ」戦術
また、ここでは、パスを出す選手と、それを受ける選手をグループ化する「シェイプ」戦術が使われます。
昔のラグビーでは、ブレイクダウンからスクラムハーフがパスアウトする相手はスタンドオフと言うのが定石でした。それから、スタンドオフが攻撃を組み立てていくわけです。
しかし、今は、スクラムハーフはスタンドオフではなく、真横にいるフォワードを中心とする3人のグループにパスすることがよくあります。この、スクラムハーフからボールを受け取る位置に立っている選手たちが「9シェイプ」です。
「9シェイプ」は、フロントドアとしての役割を果たします。ボールを受けたらクラッシュして次の攻撃の起点となるブレイクダウンを作り、受けなければバックドアのためのデコイとして相手ディフェンスを引きつけます。これらの選手は、「ポッド」としてのかたまりでもあります。
スタンドオフはスクラムハーフの少し後ろに立ちますが、スタンドオフの横にも(通常は)フォワードが立ちます。この選手のグループが「10シェイプ」です。10シェイプは、バックドアとなります。
その後ろには12番が立っており、その横にも3人程度並んでいます。ここにはナンバーエイトやフランカーが混ざっていることが多いです。この選手のグループが「12シェイプ」です。スタンドオフが「10シェイプ」にパスせず、さらに後ろにパスすることがあり、その場合は「ダブルライン」と言うより「トリプルライン」の形で攻撃します。
なお、ここは12番ではないこともあります。今年の早稲田大学は15番の河瀬諒介がここに立つこともしばしばありましたし、天理大学は13番のフィフィタが立つことが多かったです。
このそれぞれのシェイプは重ね合わされてダブルライン、トリプルラインを形成します。なので、9番、10番は常に、横にいるシェイプにパスするか、後方のシェイプにパスするかという複数の選択肢を持つことができます。これを、ディフェンスの動きを見ながら判断していくわけです。
これは大学選手権準決勝、早稲田大学対帝京大学戦。10番吉村が10シェイプをデコイにしてバックドアにパスしてます。
このパスを受け取ったのは12番ではなく15番河瀬。さらにパスしていきます。
これは日大対東海大での場面ですが、バックドアにパスすると見せて横のシェイプにパスしてますね。後ろを見たままで横パス。見事です。
ディフェンスは、相手の攻撃がどの方向に向いてくるのか、どこにボールをパスしていくのかを判断しながら展開されます。このあたりの駆け引きが、連続攻撃の間展開されているのです。
こうした攻撃手法が生まれたことで、シールドロックは破られました。1990年代末に危惧されていた、「ラグビーが力比べだけの退屈なスポーツになる」というディストピア的未来は現実にはならなかったのです。
未来に、発展も変革もないと考える理由はない
ここまで書いてきて、「ハイキュー!!」の劇中での台詞が頭の中によみがえってきました。
バレーボールは「高さ」の球技。大きい者が強いのは明確。
「個」を極めるのも強さ。新しい戦い方を探すのも強さ。
だからこそ今、多彩な攻撃や守備が生まれている。
「強さ」とは、実に多彩。
かつて、名将アリー・セリンジャー監督が言った。
「未来に、発展も変革もないと信じる理由はないのである。」
大きいものが強いのはラグビーも同じです。
けれど、さまざまな思索、工夫を経て、多彩な防御と攻撃が生まれてきました。けれど今の状態が到達点ではないでしょう。ここにも、未来に、発展も変革もないと信じる理由はないのです。
ここまで、1週間ちょっとかけて、1990年代からのラグビー戦術の流れを書いてきました。ただ、私はプレー経験ないので、抜けてたり間違っているところもあるかもしれません。読者の方で気づいた方がいらしたら遠慮なくご指摘ください。
そして、これ以上の知識や理解がほしい、という方はこの本を読んでください。ある程度の知識がないと読み解けない本ですが、いちおう私の連載を読んだ上であれば、かなり理解できるはずです。
(終わり)