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ラグビー戦術入門:テリトリーキックの実例
今日はラグビーのキック戦術についてちょっと書いてみます。
1990年代後半に形成されたディフェンスシステムであるシールドロック対策として、キックの重要性が大きくなりました。
キックは、具体的には、ドロップゴール、ハイパント、キックパス、テリトリーキックという形で使われますが、今日はそのうちテリトリーキックを実例を使って見てみます。
今年の大学の中で、キックを最も有効に使ったのは慶応大学だと思うのですが、残念ながら11月の早慶戦と慶明戦のJSPORTSでの配信が終わってしまったので、慶応大学の成功例ではないのですが、大学選手権の中でも特に興味深かった2つの場面から取り上げます。
大学選手権準決勝、早稲田対帝京戦から
一つ目は準決勝の早稲田対帝京戦。後半開始早々のキックの応酬です。
まずは自陣22mライン少し手前から帝京が早稲田の背後のキックディフェンス(2人)の間を狙って低い弾道のキック。ただ、22mラインを越えるとフェアキャッチされてしまいますから、22mラインの手前に落とします。
早稲田はフルバックの河瀬がキャッチし、スタンドオフの吉村にパスをします。
吉村はここで単純に蹴り返すのではなく、ハイパントを蹴ります。チェイスするのは河瀬。
ただし河瀬はボールを確保できませんでした。ボールは帝京が押さえて素早くスタンドオフの高本へ。
最初に帝京が早稲田の背後に蹴ったとき、早稲田のキックディフェンスは2人でした。そのうちの1人がハイパントのチェイスで上がったと言うことは、この瞬間の早稲田のキックディフェンスは1人です。
高本はこの状況を把握し、早稲田のキックディフェンスが1人しかいない状況を利用するために深く蹴ります。
早稲田はなんとかもう1人戻ってきてボールを確保、もう一度吉村にパス。今回は吉村はパスではなく、敵陣22mライン近くまでのロングキックを蹴ります。
帝京はこのボールを確保、再度スタンドオフ高本にパス。高本はランで前進した後、早稲田のキックディフェンス2枚の背後にもう一度蹴ります。
ここで早稲田は根負けしてタッチキックへ。帝京としては、そもそも蹴り合いが始まったときは自陣22mライン付近だったのに、敵陣10mライン付近でのマイボールラインアウトを獲得するという形で、大きく前進することができました。
この一連のプレーでのポイントは、最初のリターンキックの時のハイパントです。
この時にフルバックの河瀬が上がって、しかも再確保できなかったために早稲田は背後が手薄になり、そこを帝京の高本に突かれた形になりました。河瀬がハイパントを捕れていれば全然違う形勢になっていたはずです。
大学選手権準決勝、早稲田対慶応戦
もう一つの場面は、大学選手権準々決勝の早稲田対慶応戦の前半10分。
まず早稲田のスクラムハーフ小西が、慶応の背後、キックディフェンス3人の間を狙ってボックスキックを蹴ります。かなり弾道が高いのでハイパントだったようです。慶応は11番佐々木が難なくキャッチ。
佐々木は少し走り、ブレイクダウンを作ってから10番中楠にボールを下げ、早稲田の背後を狙ってキック。早稲田は10番吉村がキャッチします。
吉村はここからハイパント。自分でチェイスします。
慶応11番佐々木との競り合いになりますが、佐々木はギリギリで確保、スクラムハーフ上村にボールを渡します。
上村はそのまま右側、フィールド中央方向にパス。フォワードがボールをキープしようとしますが、早稲田に絡まれ、ノット・リリース・ザ・ボールの反則。
もともと早稲田陣10mライン付近から始まったキックの応酬ですが、早稲田は敵陣でペナルティを獲得することができました。
この時は、吉村がキックの後で強いプレッシャーをかけていたことと、その後の展開に対してフォワードがきちんと準備して絡んでいったことが早稲田の成功につながりました。この、パントキックを蹴ってからノット・リリース・ザ・ボールを取る、というのは今年の慶応大学の得意技だったのですが、この局面では早稲田がそれをやりました。
テリトリーキックのポイント
テリトリーキックは、こう言う形で、何回かキックの応酬があった後でもプレーエリアを前進させる、というのが大きな役割です。
ただ、蹴り込めば相手も蹴り返してくることがありますし、あるいはランでカウンターを仕掛けてくるかもしれません。チェイサーがきちんとカベのようにプレッシャーをかけていってカウンターを防ぐこと、蹴った後もキックディフェンスをきちんと行って相手のリターンキックに備えること、といったあたりが駆け引きの大きなポイントになります。