プレー解剖 「偽フルバック」:サンゴリアス対ブレイブルーパス(2022年1月8日)
今日は今シーズン初めての「プレー解剖」。取り上げるのは開幕節のサンゴリアス対ブレイブルーパス戦。この試合は激しい点の取り合いとなり、最終的には60-46でサンゴリアスが勝利した。
両軍合計13トライのすさまじい点の取り合いとなった試合。今日はそこからサンゴリアスのダミアン・マッケンジーのプレーを取り上げてみる。マッケンジーは言わずと知れたオールブラックスのフルバック。昨年のボーデン・バレットに続いてサバティカルで日本でプレーすることになった超一流の選手だ。
「偽15番」?
試合を見てすぐ気づいたことが、マッケンジーは15番、つまりフルバックで先発しているのにもかかわらず、しばしば10番、つまりスタンドオフのポジションに入った。
ここでは、このマッケンジーのポジショニングを、サッカーでの言い方にならって「偽15番」と名付けてみたい。
具体的な分析に入ってみたいが、ケースとして、サンゴリアスの最初のトライを取り上げてみよう。
これは結構長い連続プレーの後で取ったトライだ。
まずはサンゴリアスが自陣10mライン付近でのラインアウトからパントキック。それを再確保して前進したもののノックオンからターンオーバー(アドバンテージ)、ブレイブルーパスはそのボールをハイパント。マッケンジーがキャッチして左展開し、サム・ケレビがゲインしてタックルに捕まり、ラックが形成される。分析を始めるのはそこからだ。
ケレビが捕まったラックからスクラムハーフの流大が素早くパスアウト。7番の小沢直輝がキャッチしてまっすぐ前進。少しゲインしたが捕まってラックになる。
(1)ポジショニング:スタンドオフの位置に立つマッケンジー。田村はどこに?
面白いのはこの瞬間のポジショニング。9番流からパスを受ける位置には15番のマッケンジーが立つ。
通常そこに立つ10番の田村はマッケンジーの後ろ。つまり、マッケンジーをフロントドアとすれば、田村がバックドアの位置に立っている(フロントドア、バックドアとは「ダブルライン攻撃」の用語。詳細はこちらの解説を参照)。
ただしマッケンジーの横は無人。つまりフロントドアに相当する「10シェイプ(この場合は「15シェイプ」と呼ぶべきか)」がいない。
(2)ダブルラインの形成:走りこんでフロントドアに
ところが、流がマッケンジーにパスする瞬間に立ち位置が変わる。
バックドアの位置にいた田村の横に立っていたフォワード(多分)2人がするすると走り出す。この瞬間には他のプレイヤーはまだ走り出していないので、この2人だけが位置を変えることになる。
その結果のポジショニングを示したのが次のスライド。
2人のFWが前に動いたことで、あっという間にフロントドアとしての15シェイプが形成されている。10番田村の右側にも2人いて、バックドアとしての10シェイプが形成されている。
つまりこの瞬間に、フロントドア3人、バックドア3人の分厚いダブルラインが形成されていることになる。
(3)ポイントになったのは中村亮土
流からのパスを受けたマッケンジーはどんなプレーを選択したか。それが次のスライド。マッケンジーの右に走りこんできたフォワードに対して、ブレイブルーパスのディフェンスが集まってくる。マッケンジーからパスを受けることを予測してダブルタックルで止めるためだ。
しかしマッケンジーは、走りこんでいたFWではなく、後方の田村でもなく、田村を飛ばす形でバックドアの中村亮土にパス。
ブレイブルーパスのディフェンスは、まずは走りこんできたFW2人、次いでバックドアの田村をマークしていたので、中村亮土はほぼノーマークだった。
そこからの展開が次のスライド。ノミネートを外した形になった中村はステップを切りながらビッグゲイン。突破後にディフェンスを集めて右に走り込んできたウイングの尾崎晟也にパス。フリーでボールを受けた尾崎はそのまま走りこんでトライを決めた。
3人のゲームメイカーがもたらすもの
見事にブレイブルーパスのディフェンスを切り裂いたサンゴリアスの攻撃だったが、ポイントだったのはマッケンジーの立ち位置だ。
通常この場合、フルバックはアタックラインに並ぶことが多い。ところがこの局面ではスタンドオフのポジションに入り、スタンドオフが通常なら12番が入るバックドアの位置。12番はバックドアのラインに並ぶ形を取った。
このポジショニングは、攻撃側のオプションを増やす。それを示したのが次のスライド。
スクラムハーフがボールを出すとき、オプションが3つできることになる。
第1は実際に行ったようにフロントドアのマッケンジーへのパス。
第2はバックドアの田村へのパス。
さらに第3の選択肢として、ブラインドサイド(ショートサイド)にいるフォワードにボールを持たせ、もう一度ラックを作ることも考えられる。その場合はブレイクダウンを左に動かし、右側のスペースを広げることが目的となるだろう。
さらに、この時はマッケンジーの右側に2人のフォワードが走りこみ、ブレイブルーパスのディフェンスを引きつけたが、これを1人にすることもオプションとしてはあり得る。
その場合、マッケンジーとそのフォワードの「15シェイプ」、田村と残ったフォワードの「10シェイプ」、中村亮土と右ウイングの「12シェイプ」の3つのラインを重ね合わせたトリプルライン攻撃ができる。
さらに言えば、アタック時にマッケンジー、田村、中村のポジションを入れ替えることもできる。
ゲームメイク能力のある3人を上手くローテーションさせることで、ディフェンスの的を外すことができると言うことだ。このように、マッケンジーを「偽15番」として使い、スタンドオフのポジションにも立たせることで、サンゴリアスはアタックのオプションを大きく広げ、ディフェンスを混乱させることができる。
特に今日取り上げたアタックについては、キックやターンオーバーの後に起こったアンストラクチャーの局面だったと言うことを特筆しておきたい。
セットピースではなく、アンストラクチャーの局面でも、適切なポジショニングを15人全員が取れていると言うことだ。それだけサンゴリアスのアタックのレベルが高いことが指摘できる。
こうした攻撃は、ボーデン・バレットがいた去年は見ることができなかった。去年はスタンドオフとフルバックの分業がはっきりしていたからだ。
バレットの巧妙なキックを失った今年のサンゴリアスだが、今年はマッケンジーをベースにした非常に高度な戦術を用いているようだ。試合を重ねて行くにつれ、これがどのように熟成されていくのか、非常に興味深い。