小説アンソロジー『ポストコロナのSF』
●風英堂神無月記=小説アンソロジー『ポストコロナのSF』
生活する場を離れて、異文化や異景色に触れることにより、「旅」は人間の知性と感性を育てる。もしかして我々は、2年近くの大きな「コロナ旅」に出ているのかもしれない。だが、それは大きな宇宙船であり、次第に内部に閉じ込められた感覚を抱き始めた。人間はさらなる異なる旅を求めるが、そこを出たらウイルスが蔓延する暗黒宇宙での死が待っている。2000年代のある時、地球はコロナ禍にいきなり襲われた。
時の世界政府は大きな宇宙船を仕立てて、地球周回から太陽系へ旅立った。その船内は広大で、個人が、家族が一つの部屋で暮らすことを要求された。昼間は暗黒の宇宙空間を眺めるだけ、防護服を付けて船内を彷徨うだけだ。贅沢品や嗜好品、軽佻浮薄な文化消費、不要不急の交流、不純なる男女交際は「不謹慎な欲望」とされた。同調圧力の元、享楽的な娯楽への惑溺は相互監視で摘発された。与えられたのは「GORIN」と言う名の国家イベントだけだった。そして今後の運命を左右する「総選挙」が始まる。
日本SF作家クラブ 編集の小説アンソロジー『ポストコロナのSF』が、ハヤカワ文庫として今年4月に出版された。新型コロナウイルス感染症に翻弄された世界の風景と心情を19人のSF作家が書き継いでいる。我々の今後を考えていく何か深い共感を得るかもしれない。我々は緑の地球「SEKAI」から荒漠な人間地平「KASEI」に向かって旅をしているのだから。
<内容>2021年4月現在、いまだ終わりの見えない新型コロナウイルスのパンデミックにより、人類社会は決定的な変容を迫られた。この先に待ち受けているのは、ワクチンの普及による収束か、あるいはウイルスとの苛酷な共存か。それにより人類の種属意識はどう変わるのか――まさに新型コロナウイルス禍の最中にある19名の作家の想像力が、ポストコロナの世界を描く19篇。日本SF作家クラブ編による、書き下ろしSFアンソロジー。
〈収録作品〉 小川哲「黄金の書物」/伊野隆之「オネストマスク」/高山羽根子「透明な街のゲーム」/柴田勝家「オンライン福男」/若木未生「熱夏にもわたしたちは」/柞刈湯葉「献身者たち」/林譲治「仮面葬」/菅浩江「砂場」/津久井五月「粘膜の接触について」/立原透耶「書物は歌う」/飛浩隆「空の幽契」/津原泰水「カタル、ハナル、キユ」/藤井太洋「木星風邪(ジョヴィアンフルゥ)」/長谷敏司「愛しのダイアナ」/天沢時生「ドストピア」/吉上亮「後香(レトロネイザル) Retronasal scape」./小川一水「受け継ぐちから」/樋口恭介「愛の夢」/北野勇作「不要不急の断片」