「地中海北縁を巡る旅と生活」その3
■香高堂「地中海北縁を巡る旅と生活」その3
第1章<地中海への道程と旅の絵図>
1-1 永遠(とわ)の語らい、地中海への道程
2016年からマルセイユ在住、地中海を望みながら東へ西へ我が家の車が走っていた。マルセイユ東側海岸沿いには<カシ、バンドル、トゥーロン、イエール>があり、コートダジュール地域圏の<マントン、ニース、カンヌ、アンティーブ>へは何度か往復した。プロヴァンス地域圏は<エクサンプロヴァンス>から北方面の<ラコスト>、西方面は<アルル、アヴィニョン、サンレミ、レボー>まで行き、<ニーム周辺、ラングドック、ミディピレネー圏>まで達していた。
また、南西に向かうと<カマルグ、モンペリエ、ペルピニャン>、スペイン国境を越えて<バルセロナ>まで行き着く。大西洋岸に出て、フランスバスクの<バイヨンヌ>からスペインバスクの<サンセバスティアン>を覗いてきた。さらにフランスのアキテーヌ地域圏の<ボルドー>まで赴き、ラスコーの洞窟まで見ることが出来た。
日本往復の飛行機旅の約12時間は睡眠と映画と食事で費やされる。思わず見入ってしまったのが、ポルトガルのオリヴェイラ監督による地中海文明を巡る旅映画「永遠の語らい」だった。ポルトガル人の母娘をのせた豪華船は西洋文明の源流へ遡る。監督の人生観が、ギリシャやエジプトなどの歴史的観光地の映像を通して語られる。優雅な航海には女優カトリーヌ・ドヌーヴら豪華スターが勢ぞろいする。
映画は大航海時代の先駆けとなったポルトガルの<ポルト>から始まり、ギリシャの殖民都市だった<マルセイユ、ナポリ><アテネ>を経て、西洋と東洋の融合点<イスタンブール>エジプトの<カイロ>に辿り着く。その道中で歴史を大学で教える母親は、土地の歴史や遺跡を実際に娘と眼にしていくが、映画を見る我々も知識を見聞する。
古代地中海世界はフェニキア人によって築かれ、紀元前12世紀から地中海の物流をほぼ独占して植民市を建設、次第に都市国家が成長していく。この航路では銀・金・錫・鉛・奴隷・青銅商品・軍馬・象牙・ぶどう酒・羊・山羊・香料・宝石などが取り引きされていた。フェニキア人が開拓した航路はローマ人、ムスリムやイタリア、オランダなどの商人たちも利用することになる。
船がカイロを過ぎ紅海に入ると、舞台は船中のレストランに移る。それまでの寄港地で乗船したフランス、イタリア、ギリシャのセレブな女たちとアメリカ人の船長による摩訶不思議な会話が中心になる。それぞれが自国語で話しながら理解しあう場面を見ていると、<船=世界の盟主たる船長=アメリカ>が全てをコントロールするという構図が見えて来る。20世紀の世界には常に中心となる力が存在し、世界はバランスを辛うじて保つことができていた。ありきたりの観光映画でなく、まさに9・11事件に触発された映画でオリヴェイラ監督の魔術的な語り口になる。だが、映画は急転直下の結末を用意している。
2022年2月ロシアのウクライナ侵攻が始まり、世界のバランスが本格的に崩れ始めた。そして2023年、パレスチナのガザ地区でユダヤ教とアラブ世界の戦いが起きるが、世界は傍観するばかりで、為すすべがない。