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「ダイヤのA THE MUSICAL」を観てほしいという話

 2022年に上演されたミュージカル「ダイヤのA」が、DMM.comでの見放題配信を間もなく終了する。
※11/17追記:見放題配信終了予定の文字消えてた うっかりさんなん⁉️⁉️⁉️

 媒体は変わってもどこかのサービスで視聴できる状況が続けばいいなあと思いつつ、「未視聴の人はこのチャンスにぜひダイミュを観てほしい!」という内容です。

 既に観たことがある人からすれば「BluRayやDVDになっているんだからそれを買えばいいじゃん」と言われるだろうけれど、原作ファンとして舞台を観に行ったり円盤を買ったりするにはそれなりのハードルがあると思っていて、少なくとも私はそうだった。そういう意味で、オンライン配信が残ると個人的には凄く嬉しい。
 アニメ続編の制作発表もあったことだし、寺嶋先生が謎の匂わせも供給してくださったことだし、これからもアニメや原作をきっかけにダイヤのAという作品を好きになる人はたくさんいると思う(最近は海外ファンが特に活発な印象なのでなおのこと)。だから、原作が好きで迷っている人はこの機会にぜひ観てほしい。絶対に後悔はしないから。




・「ダイヤのA」


 週刊少年マガジンで連載されていた高校野球を題材にした漫画。
 ざっくりあらすじを書くと、主人公・沢村栄純が東京の強豪野球部へ進学し、仲間たちと切磋琢磨しながら甲子園そして全国制覇を目指す、というもの。
 これだけ読めばありがちだが、沢村は中学でこそ野球部だったもののほとんど素人に近く、中学時代は一勝もできないまま、最後の夏はボロボロのスコアで初戦敗退に終わった。しかし、たまたまその地区予選を訪れていたスカウトの高島の目に留まり、西東京の強豪・青道高校に入学することとなる。
 入部したまではいいものの、そこから伸びるかどうか、エースになれるかどうかの保証なんて勿論ない。中学時代に目立つ成績を残してきたような選手もいる中で、時に根拠のない自信と虚勢を張りながら、時に自分の無力さに打ちのめされながら、それでも全力で努力しエースを目指す。それがこの物語の主人公。

 原作は「ダイヤのA(全47巻)」「ダイヤのA actⅡ(全34巻)」で完結しており、無印は沢村が高校一年生、actⅡでは沢村が高校二年生の内容になっている。今回の主題であるダイミュは無印の1~6巻(話数で言うと第47話まで)で構成されているため、まだ原作やアニメを観たことがない、という人の導入としても悪くないんじゃないかと個人的には思う。

・ビジュと役の完成度がめちゃ高い

 原作ファンとしてまずは気になるのはそこだろう。しかしその点では一切心配はいらない。

 沢村の正統派主人公っぽさ。元気で明るくて、無知ゆえの怖いもの知らず、周囲を巻き込むひたむきな性格。とにかく、そういういろんな要素を見事に体現しているなと思った。オープニング曲の「エースオブダイヤモンド」の歌い出しが沢村で、曲の良さもあるけどまずその歌声で引き込まれる。あと、顔がかわいい。

 降谷はマイペースだけど負けず嫌い、口下手で誤解されやすい性格、クールと見せかけて子供っぽいところもある。ポーカーフェイスだからこそ実際に人が演じるのを見ると”人間み”が見えていいなと思った。歌が上手い。声が好き。あと、顔がいい。

 御幸は表向き軽薄そうに見えて内側には熱いものを持っているキャラクター。あと沢村と降谷という扱いにくい投手をいいように転がしている感じも凄かった。あと体が凄くがっしりしてるの好き。私立の捕手ってこれくらいはありそう。あと、顔がいい。

 そして私は滝川・クリス・優大大大好き芸人なのですが、もう、まんまやん。かわいい。かっこいい。本当にありがとうございました。野球部らしからぬ陰気……じゃなかった、アンニュイさ、圧倒的ビジュの良さ(私はクリスのことを一番格好いいと思っているので)。歌と声もよかった。あと、顔がすこぶるいい。これはクリスへの私信ですが、やっぱり初対面の相手に「ヘポピッチャー」は人としてどうかと思います。

 他のキャラクターも勿論良いのだけれど、よく考えたら各キャラクターの考察ってそこまでしていなかったのでうまい感じに書けなさそうだし省略。でも本当にみんないいんだよ。今回はあまりスポットライトが当たらなかったけれど、伊佐敷純も本当によかったです。私は純の人間臭さを愛しているので。

 見ながら、キャラクター紹介を歌に乗せるってかなり便利なんだなあ、ということを思った。登場人物の人数によっては舞台よりミュージカルのほうが表現しやすいのかもしれない。 

  個人的な話をすると、こうしてストーリーやキャラクターの共通認識を観客が持った状態で鑑賞する作品というのが新鮮だったし、そのうえ完成度が高くて凄い!と思った。

 

・みんな歌が上手いし声が良い

 私はいわゆる2.5作品に触れたことがこれまでなかった。そんな中、舞台ではなくミュージカル、なおかつ知らない俳優のみなさん、という部分で完全に未知数だったのだけれど、これはかなり早い段階で「信頼できる!」となった。
 みんなそれぞれに良いけど、個人的に特に好きだったのは降谷役の樫澤さん。ハスキーな声が良すぎる。

 あと、アニメをなぞった感じがないのがいいなと思った。他の漫画原作舞台の映像もいくつか観てみたら、作品によってはアニメの声・話し方を極端に踏襲しているものもあったので、それを考えるとダイミュは良い意味で独立した作品になっているような気がした(アニメをあんまり真面目に観ていないので自信はない)。

 

・計算し尽された舞台セットと演出

 そもそもどうやって舞台で野球を表現するんですか……?という疑問が勿論あったものの、野球のルールが分かっていれば確実に脳内で理解できると思う。この限られたスペースでアルプススタンド、ダグアウト、グラウンドを作り出しているのが凄い。ダイビングキャッチとかスライディングもするから、段差で怪我しないのかな……とか思ったけど、若手だからなせる技なのかもしれない。

 マウンドからホームへの距離を表現したり(沢村と御幸がキャッチボールするシーン)、三者三振を表現したりするのにアンサンブルを活用しているのもよかったし(丹波が紅白戦で下級生を打ち取るシーン)、ボールの軌道を照明やSEで表現するのもいい(序盤に沢村と降谷がキャッチボールをするシーン)。ファンサ的な意図はなく客席通路を有効活用していたのも良かった。沢村の運命を決めた大暴投のシーンが印象的になっていたのも好き。あと、中学生の沢村が初めて高校生の練習風景を見て圧倒されつつも胸を躍らせているシーンも好き。

 

・楽曲があまりにも最高

 ここからが本番なので、時系列に沿って一部歌詞を引用しつつ所感を書き連ねていく。キャラクターの背景とかも書き加えていくため、一切のネタバレを踏みたくないとか、解釈違い絶対許さないマンは飛ばしてください。

 これは完全に余談ですが、「ダイヤのA」はアニメのキャラソンも良すぎて歌詞を読みながらお酒を飲めるレベルです。よろしくお願い致します。

 

「エースオブダイヤモンド」(全員)

 「ダイヤのA」という作品、そして高校野球そのものを象徴するようなオープニング。自然と気持ちを高揚させる期待感に満ちたイントロ、歌い出しの沢村の歌声でがっちり掴んでくる感じがいい。

 歌詞が全部いいので公式で読んでほしいけど、「何があるか知りたいよ 夢の舞台 甲子園 追いかけ続けた」「悔しくて泣いたことはあるか?嬉しくて抱き合える仲間がいた」「誰にも負けたくはない 俺たちのプライド」とか、出演者全員で歌ってるのあまりにも良すぎる。

 あと、片岡鉄心(監督)が真顔で歌ってるのシュールでおもろいので絶対に見てほしい(忠実な役作り)。


「18.44メートル」(御幸)

 正捕手である御幸一也の紹介曲。

 捕手というポジションの特異性、御幸のあまのじゃくさ、これと決めたら譲らない頑固さを表現する一方で、ピッチングを「俺たち二人だけの作品」と表現する気障っぽさ、初対面で信頼関係どころか持ち球も知らない投手相手に「お前をもっと輝かせてやる」「お前の全てを投げてこい」「俺が必ず受け止めてやる」と声をかけてしまえる捕手としての能力値の高さと自信が詰め込まれている。

 冒頭の説明では省略したが、沢村が中学時代に所属していた野球部は友人の寄せ集めで部員数もぎりぎり、ちゃんとした指導者や設備もないようなところだった。特殊な球質を持つ沢村にとって全力投球できる環境ではなく(原作では「どこにいくかわからないから軽く投げてよね」と声をかけられるシーンがある)、投手と捕手の間だけにある特殊な信頼関係みたいなものもなかったと思われる。

 そんな沢村にとって、御幸にかけられた言葉はそれだけ印象的だったのだろう。

 この時、沢村が中学三年、御幸が高校一年の秋。青道高校への進学に否定的だった沢村は、結果的に御幸とバッテリーを組んだことをきっかけに決意することになる。

 ちなみに、18.44メートルというのは投手が立つマウンドから捕手が守るホームまでの直線距離のこと。

 

「サバイバルゲーム」(倉持・増子)

 この時点までの沢村は、全ての物事が順風満帆にいくと思い込んでいた節がある(スカウトされてきたこと、まだ十五歳であることを考えると仕方ないとも思う)。二年生の倉持から”ここがどんな場所なのか”を突きつけられたことで、沢村は考えを改めることになる。

倉持>サバイバルゲーム
倉持>みんなライバル
倉持>ひとつしかないポジションを奪い合うゲーム 倉持>みんなライバル
倉持>ここに来たやつは誰だって思う
倉持・増子>エースになりたい 四番になりたい レギュラーになって試合に出たい ホームランを打ちたい 三振をとりたい
増子>なんでもいい ただ結果が欲しい
倉持・増子>不安なのはお前ひとりじゃない
倉持・増子>不安なのはお前ひとりじゃない


「王者青道」(全員)

 青道高校野球部には伝統として引き継がれている試合前の掛け声があり、それをまさか歌にしてしまったのがこれである。これに憧れて青道に来る選手もいるらしい。


「エースになりたい」(降谷⇒降谷・沢村)

 沢村と同学年、これから二年半エースの座を争い続けるライバルである降谷暁の紹介曲。

 降谷はおそらく小学生時代の一時期野球経験がありながら、本来の退団時期よりも早い段階でチームを辞めていると思われる(河川敷で野球をする同年代の子供たちを祖父と共に眺めている時、「また一人浮いてしまうんじゃないかとあの輪に加わるのが怖いか」と声をかけられる描写がある)。その理由というのが、沢村のグローブをも弾き飛ばした、本人にも制御しきれない剛速球にある。

 中学生時代は親の都合で北海道へ移住し野球部に入部したものの先輩に煙たがられ、それに引っ張られるように同級生も離れていき、部内で孤立する。それを端的に表現しているのが曲冒頭の「キャッチボールの相手はいつも壁」という部分。

 そういう背景があるため、二人が初めてキャッチボールをするシーンで沢村が呆然と自分を眺めているのを見て降谷が表情に陰を落とす、というのが心理描写としてあまりにも素晴らしいのだが、これはダイミュオリジナルのもので本当に目から鱗だった(原作の降谷は「やっちゃった」くらいのポーカーフェイス)。

 中学生時代の降谷は、野球雑誌の高校野球特集に掲載された御幸の記事を見て、「あの人なら僕の全力投球を受け止めてくれるかな」と一縷の望みをかけるようにして単身で上京してきた(後に沢村も同じ記事を目にしている)。

 二番からは二人のデュエットになるのだが、上ハモの沢村と下ハモの降谷というのがめちゃめちゃに好き。視覚的にも表現されているけれど、降谷は183㎝長身で物静かな性格、沢村は173㎝小柄で元気で明るい性格という対称的なキャラクター。

 結果的に、後にライバル同士となる沢村と降谷は御幸という存在をきっかけに、「ここに来れば全力投球を受けてもらえる」そして「エースになりたい あのマウンドに立ちたい」という思いで青道高校に来たことになる。バカデカ感情すぎる。


「二人で一点」(春市⇒春市・沢村)

 沢村たちと同じく一年生の小湊春市の紹介曲。二塁手。

 ピンク髪、高校野球で木製バット、勝手に代打出場、ハッタリだけのサインなどなど登場から怒涛のトリッキーさを見せつけてくるおもしれー男。原作ではさらにベンチでゲームをやっていた。おそらく黒歴史だと思うので触れないであげてください。

 語彙とか一切ないけど、この曲は振付も含めて本当にかわいい。あと春市の声が低いのが意外で好き。

 ここだとキャラクター描写ざっくりだけど、すぐにもう一曲出てくる。春市のオタクへ、まだ焦る時間じゃないので安心してください。

 

「COPY」(亮介・春市)

 三年生の小湊亮介・弟の春市の紹介曲。

 そっくりな見た目と歌詞から察せられる通り、二人は兄弟で同じポジション、小柄な体格、打者としては曲者系のプレースタイルという部分で似通っている。というのも、弟の春市は兄の亮介を尊敬していて、その後を追ってきたという背景がある。「コピーはオリジナルを絶対に超えられない」という歌詞はそういう部分から来ている。

 亮介は、幼少期から「兄貴ってすごい」「兄貴ってかっこいい」と尊敬や憧れを抱かれてきたキャラクター。期待や憧れって時にはプレッシャーや足枷にもなりうると思うのだけれど(実際、春市をいじめた同級生にやり返して怪我をしたこともある)、亮介はそれを自分の原動力のひとつにし続けてこられた人なのではないかと思う。

 162㎝の小柄な体格で、スカウトでもなんでもなく自らの意思で青道高校に進学してきた。大柄な選手たちに囲まれ、上級生とのレベルの違いにコテンパンにされながら、努力と実力で正二塁手のポジションを勝ち取ったという自負がある。春市に対して厳しく接するけれど、自分を脅かす存在を疎ましく思っているとか、自分を追いかけていることをからかっているわけでもなくて、「コピーはオリジナル(亮介)を超えられない」と突き放しつつ、「お前にしかないものはなんだ?」とはっぱをかけているという……人間できすぎている……。「兄貴ってめんどくさい」は原作にもあるセリフなのですが、ダイヤのA名言ランキングがあったらかなり上位に食い込んでくると思う。知らんけど。

 ひとつ補足すると、春市は決して憧れて後を追っているだけではない。野球を始めることを決めて父親と亮介とスポーツ用品店へ行ったとき、金属バットではなく木製バットを買ってもらっている(普通なら軽量で扱いやすい金属バットを使う)。この時点で明らかに、亮介のようになりたい、そしていつか超えたいという思いがある。

 あとはもう、漫画を読んでほしい。この兄弟の関係性は本当に凄くて凄いので……。

 

「信頼」(降谷・御幸)

 来てしまいましたね。これ本当に本当に好きすぎて一時期聞きすぎて歌えるレベルだった。御幸センパイ……僕もエースになりたいです……。

 前述の通り、降谷は青道に来る前は部内で孤立しており、野球ができる状況ではなかった。青道に来た理由も、ただ御幸に全力投球を受けてもらいたいという一心だったのではないかと思う。しかし、御幸という考えうる最強のパートナーを得て一軍のマウンドに上がると同時に、信頼できるバック(仲間)をも得た。この一曲にはその全てが詰まっていて、噛みしめたいので以下に引用する。

降谷>一球たりとも逃げたくない
降谷>点を取られるつもりもない
降谷>自分の球が打たれる音すら聞きたくない

御幸>一球たりとも逃げたくない
御幸>点をとられるつもりもない
御幸>確信したぜ 降谷 お前はエースの器を持っている
 
御幸>いいか 降谷 ピッチャーの仕事は三振をとるだけじゃない
御幸>バックのみんなを信じて お前は俺のミットめがけて投げろ
 
降谷>ここはあの場所とは違う
降谷>壁を相手に投げた 仲間一人もいない 雪が降りしきる 戻りたくない場所
 
降谷>だからあのミットだけを信じて
御幸>このミットだけを信じて
降谷・御幸>あの(この)ミットだけを信じて

 え~~~~~んだいすき~~~~~~!!!!!

 イントロのピアノ(だいすき)、曲調(だいすき)、ふたりの歌がめちゃめちゃにうまい(だいすき)、あと声の重なりがだ~~~いすき~~~!!!!

 御幸は御幸で、中学生時代に先輩から疎ましがられ喧嘩にまで発展した過去がある。それでも自分を貫き続け、実力主義の青道では正捕手となり、先輩からも一目を置かれる存在となった。そんな御幸が、降谷に「バックのみんなを信じろ」って声をかけるのが、本当に”良”すぎ……と思うわけでして……。
 私がもし御幸か降谷のオタクだったなら、とっくに気が狂っている。命拾いしたね。

 あとこれは本当にどうでもいいのですが、この曲での御幸が「“ピ”ッチャー」「“バ“ック」と破裂音ド派手になっているのなんか好き。


「クリスの教え」(クリス⇒クリス・沢村)

 三年生の滝川・クリス・優紹介曲。

 ひとつ前のシーンで、御幸が沢村に激昂する描写がある。御幸は本質的な部分を隠して時には道化っぽく演じることもあるキャラクターで、これだけ生っぽい感情を見せるのはこの時が初めてである。
 明確なセリフがあったわけではないながら、新入生だった頃の御幸が先輩であるクリスに対して「いずれポジションを奪ってみせる」と宣言するシーンが原作にあることから、御幸はクリスを追いかけて青道高校に来たと考えて相違ないと思う。

 しかし、クリスは二年生当時の六月に右肩の怪我を理由に野球部から離脱することになる。その後釜として正捕手になったのが当時一年生だった御幸だ。尊敬するクリスの背中を見ていずれ実力で手に入れようとしていた正捕手と言うポジションが、望まない形で転がってきた。それでもなお、御幸はクリスの復帰を待ち続けている。

 初めて御幸に激昂され、見かねた高島に事情を聞かされ、クリスの現状が怪我によるものだと知った沢村は自分の無知を恥じ、改めてクリスに教えを乞う。

 この時点での沢村は、初めて御幸に会ったときのようにミットへ目がけて全力で投げ込むことしか考えていなかった。変化球もなくストレート(作中ではムービングと言われている)ただひとつで、例えば打者や塁の埋まり方で配球が変わるみたいなことも頭にない。歌詞にもある通り、野球は「たった一球で流れが変わる」こともあるスポーツで、たとえゼロ対ゼロのまま九回裏二死までパーフェクトピッチングをしても、あとアウト一つで失投してホームランを打たれればそれは負けだし、三点差で勝っていても満塁ホームランを打たれたら一発逆転されてしまう。だからこそ最善を考え抜いて選択し続ける必要がある。

 クリスが沢村に対して「お前にだけは俺たちの三年間を託したくない」と言ったのは、そんな怖さを知らないままマウンドに上がろうとする無知さ、無責任さへの忠告みたいなものだと思う。

クリス>二度と訪れない三年間
クリス>人生は長い 先のことを考えろ 無意味な精神論 そんな声も聞こえた
クリス>だけど後悔はしたくない
クリス>俺のようになりたいか? 俺はなりたくはない
 
クリス>がむしゃらだけが練習じゃない
クリス>好きだけで上には行けない
沢村>なぜ勝てたのか なぜ負けたのか
クリス・沢村>たった一球で流れが変わる
クリス・沢村>今日の敗北を胸に刻め
クリス・沢村>なぜ勝てたのか なぜ負けたのか
クリス・沢村>全てのプレーに意味を持たせろ
クリス・沢村>明日の勝利をこの手で掴め

 怪我で夢を絶たれる選手ってきっと珍しくはなくて、選手としての道を諦めた部員たちの思いをレギュラーメンバーは背負うことになる。さらに言えば、ベンチ入りできなかった選手たち、監督、コーチ、マネージャー、OB、家族、友人、ありとあらゆる人の期待を背負い、応えようとした結果、クリスは潰れてしまったのだろうか、なんてことを思う。

 この曲にクリスだけではなくアンサンブルも加わるのが切なくて、なのに託すように力強く歌いあげるのが本当に良い。

 実際のところ、クリスは最後の夏までに復帰することを目指してリハビリに励んできて、この時怪我自体はほぼ完治している状態にある。

 しかし、御幸には「頑張ってくれよ、正捕手」と声をかけ、丹波から「夏までには間に合いそうか」と聞かれても目を逸らしてなにも答えない。

 一年近く実戦から離れていたこと、自分がリハビリに時間を費やしている間も他の部員たちは厳しい練習に耐えて努力していたこと、クリス離脱後に御幸がまさに救世主のように正捕手の座を守りチームを支えてきたこと。諦めたくないという気持ちや、他の選手たちへのリスペクト、クリスの中にはそういう色々な感情があったと思う。

 丹波とクリスのシーンは原作では明確な言葉があるのだが、ここでは一部カットされている。同学年の中でも丹波は特にクリスに信頼を置いているキャラクターであることを考えると、復帰の可能性がないとここで断言するのは士気を削ぐことにも繋がるから絶妙だなあと思った。

 あとこの時に思ったのは、漫画やアニメ(さらに言えばドラマや映像作品もそう)はコマやページで場面が切り替わるわけで、画面に映ってないものは当然見えない。でも舞台って、誰がセリフを喋っていても受け手が“そこに居る”。感情が動いていて、シームレスに繋がる。舞台化の面白み、あるな……とここで思った。

 

「はるか遠くの夢」(財前・クリス⇒沢村)

 練習試合の対戦校である黒士館高校の財前と、クリスの曲。

 この二人はチームは違うが中学生時代に面識があり、それぞれ東東京と西東京の高校へ進学したため「甲子園で会おう」と約束をしていた。

財前>今はもう見えやしない かすむ夢 全国制覇
財前>スタートラインにさえ立ってない
財前>痛む脚 引きずって
 
クリス>今はもう叶わない
クリス>長い約束
クリス>かみ合わない
クリス・財前>それでも俺はここに立つ 淡い夢引きずって
クリス・財前>ゲームセットは俺が決める 転がり続けるラストゲーム
クリス・財前>たゆまぬ努力と才能があっても
クリス・財前>手を伸ばした夢を掴めるわけじゃない
クリス・財前>いつか会おうと誓った はるか遠くの甲子園
クリス・財前>今はただこの瞬間に これまでの全てを
クリス・財前>今はただこの瞬間に これまでの全てを 

 どちらも才能に溢れながら鼻にかけず努力できる選手であり、チームの中心選手として最後の夏を迎えるはずだった。しかし、二年の春に怪我をしたために今となっては満足に試合へ出場することもままならない状態にある。それでも選手としてグラウンドに立ち続けることを選んだからこそ、グラウンドで再会を果たした二人の歌が本当に良いです。

 でもな財前。きみのクリス潰し作戦は許しません。

沢村>打たれるか 抑えるか それよりもっと大事なこと
沢村>返したい この一球 全身全霊を込めて
沢村>わずか三イニングの投球で 成長した姿を見せることができたのか?
沢村>いつか背負うと誓った はるか遠くのエースナンバー
沢村>今はただ あのミットに最高のボールを
沢村>今はただ あのミットに最高のボールを

 この試合はベンチメンバーの残り二枠が懸かった練習試合で、結果が大事なことは言うまでもない。それでも、思うようなプレーができないことに焦燥感に駆られるクリスを前に、いま自分が投手としてできることはなんなのか考え、クリスのリードを信じて投げることを選ぶ。


「エースへの道」(全員)

 沢村は、地元の友人や家族の期待を背負って青道高校までやってきた。その期待に応えることこそがそもそもの行動原理の大部分であり、それがエースになって甲子園へ行くことだった。

 しかし、その思いは「投手としての在り方を教えてくれたクリスに恩返しをしたい」、そして「このチームで甲子園へ行きたい」というところまで変化していく。

沢村>エースナンバーは俺のもの
沢村>背番号1とみんなの思いを背負って
沢村>俺は立つ まっさらなマウンドに
 
降谷>あの舞台になにがあるのか
沢村>俺たちはまだ知らない
降谷>いったい何のため 
沢村>誰のため
沢村・降谷>ここまで必死になるのだろう
 
春市>道に迷っても立ち止まっても
結城>未来はやってくる
(心の声:春市が歌いながら亮介の背中を観てるの良すぎる)
 
クリス>そのくせ過去は変えられない
御幸>だったら今を信じたその先に 栄冠は輝く
(心の声:ここ、クリスから御幸に繋がるのが本当に泣いてしまう)


沢村・降谷>エースナンバーは俺のもの
沢村・降谷>背番号1とみんなの思いを背負って
沢村・降谷>俺は立つ まっさらなマウンドに
 
全員>エースナンバー(栄冠)は俺(たち)のもの
全員>自分を信じて 仲間を信じて ゆこう
全員>俺は立つ まっさらなグラウンドに
沢村>俺は立つ まっさらなマウンドに

 「まっさらなマウンド」はまだ誰も上がっていない場所、つまりエース(厳密に言うと先発投手)のみが立つことができる場所。「まっさらなグラウンド」は甲子園決勝のことだと思う。まだ見ぬ夢の舞台へと続くスタートラインに立ったところで、ダイミュはサイレンの音と共にエンディングを迎える。

 でもきっと、このサイレンは”はじまりの音”だ。
 なぜなら作品冒頭、背番号20番を背負った沢村が立っているのは西東京大会二回戦。沢村が初めて公式戦のマウンドに上がった瞬間で、”沢村伝説の始まり”だから。

 

 ・さいごに

 ぶっちゃけてしまうと、舞台関連の情報アカウントでダイミュ解禁当時のリリースを見かけたことがあったと記憶している。しかしながら、当時はあまり熱心にジャンルの情報を追っていなかったことと、いわゆる2.5次元作品に対して少なからず心理的ハードルを感じていて、観に行くという選択肢をとらなかったんですよね。本当に惜しいことをしたなあと思う。お試しでチケットを買っていたら、リピチケとかでめちゃめちゃ増やした自信あるもん。

 私はあまり漫画やアニメ方面に明るくないので、大好きな作品が舞台(ミュージカル)化されてその時代に立ち会う経験をできるチャンスは二度とないんだろうなと思う。
 そんな後悔はありつつも、こうして映像を残してもらえていることに感謝している。

 だから、まだ観てないあなた、迷っているくらいなら絶対に観てほし~~!!!というお話でした。

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