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~防衛テック(Defense Tech)~注目スタートアップ8選【戦争と技術革新から読み解く未来】



第1章:防衛テック産業の新潮流と投資機会

近年、防衛技術(以下、「ディフェンステック」)セクターが大きなルネサンスを迎えています。地政学的な紛争の増加と急速な技術進歩が重なり合い、かつてない規模の民間投資とイノベーションが軍事・安全保障分野に流入するようになりました。
これまでは動きが遅い大手防衛企業の独壇場と思われていた領域に、アジャイルなスタートアップやベンチャーキャピタルが積極的に参入し、戦争の未来を形作りつつあります。本章では、主要なトレンドを分析し、注目すべきスタートアップや投資動向、規制要因、そしてディフェンステックに取り組む投資家や起業家が直面する課題と機会について考察します。

1-1. 防衛技術の新興トレンド

現代の軍隊は優位を確保するため、最先端技術の導入を急いでいます。そのなかでも特に大きなインパクトを与えている新興トレンドとして、以下が挙げられます。

1-1-1. AI主導の防衛システム

人工知能(AI)は、インテリジェントな目標識別から意思決定支援まで、あらゆる領域で活用されています。

  • AIによるセンサーデータ解析
    たとえばドローン映像や衛星画像といった膨大な情報を瞬時に解析することで、脅威検知や標的識別を自動化できます。2024年には米国国防総省が「生成系AI」に基づく脅威検出のために、あるスタートアップとの初の大型契約を締結したことが話題となりました。

  • 機械学習によるシミュレーションと予測
    故障予知や補給需要の最適化、情報分析の自動化など、後方支援業務にもAIが組み込まれています。次世代の指揮統制や運用効率化を実現する鍵として、多くの国がAIに注力しています。


1-1-2. 自律型戦闘(オートノマス・ウォーフェア)

ロボティクスと自律性(オートノミー)の発展は、空・陸・海いずれの戦域においても戦いの形を変えつつあります。

  • 群制御ドローン(Swarm)
    人間による直接操作を最小化しながら、無人機同士が協調して行動するドローンスウォームが試験され、実運用に近づいています。戦闘機の「ウイングマン・ドローン」や無人地上車両(UGV)、無人水上艦(USV)など、多彩な形態の自律型プラットフォームが登場。

  • 事例
    大手コンサル企業Booz Allenは「自律型スウォーム」を防衛のトップトレンドの一つと指摘しています。また、民間セクターも航空機AIパイロットや無人水上艦など、先端技術を続々と投入しており、将来的に人的リスクを軽減しつつ戦力を倍増させる効果が期待されています。


1-1-3. サイバーセキュリティとサイバー戦

紛争がサイバースペースに拡大する中、サイバー防衛・攻撃能力が国防の中核となっています。

  • サイバー防御
    国家支援のハッカーによる軍事ネットワークや重要インフラへの攻撃が日常化する中、ゼロトラストアーキテクチャやAIベースの脅威検知が急務となっています。

  • サイバー攻撃
    軍事組織内では高度なハッキング手法や電子戦ツールが発展中。AIとサイバーセキュリティの交差領域も重要で、機械学習による侵入検知や脆弱性予測が注目されています。
    物理的戦場と同様、サイバースペースも「主権」や「防衛ライン」をどう定義するかが喫緊の課題となっており、電力網やサプライチェーンを狙う現実的な攻撃例が増えています。


1-1-4. 宇宙領域の軍事利用

宇宙もまた新たな軍事領域として激しく競合しています。衛星通信や測位、偵察などの機能は現代戦に不可欠ですが、同時に対衛星兵器(ASAT)の脅威や軌道上の混雑も課題です。

  • スペース・ドメイン・アウェアネス
    衛星やデブリなどの追跡能力を高める取り組みが盛んです。スタートアップでも、衛星や宇宙デブリを監視・識別するサービスを軍事顧客向けに提供している例があります。

  • 小型衛星(Smallsat)とメガコンステレーション
    小型・低コストの衛星を多数打ち上げることで、冗長性とスケーラビリティを確保する手法が注目されています。スターリンクのような巨大衛星群は戦争においても通信インフラの要となり得ることが、近年の紛争で示されました。

  • 宇宙軍の創設
    米国における「スペースフォース」の設立や他国での類似組織の新設は、宇宙技術の戦略的重要性を裏付けています。


1-1-5. 量子技術

まだ黎明期ではあるものの、量子技術は防衛分野に大きな影響を与える可能性があります。

  • 量子コンピューティング
    現行の暗号を破る脅威となりうるため、ポスト量子暗号への移行が急がれています。国防当局は量子鍵配送などの安全な通信手段や、ステルス機・潜水艦を検知し得る量子レーダーの研究などを進めています。

  • 量子コンピューティングの活用
    実際の量子コンピュータはまだ制約がありますが、物流や戦略シミュレーションの大規模最適化に役立つ可能性もあり、各国の軍事研究で注目されています。
    要するに、量子技術は攻撃面・防御面の両方で将来的なゲームチェンジャーとなるため、今のうちから研究に投資して備えている状況です。

その他にも、極超音速兵器(防空システムを振り切る超高速ミサイル・航空機)や指向性エネルギー兵器(ドローンやミサイルを無力化する高出力レーザー/マイクロ波)、バイオテクノロジー(バイオセキュリティや兵士の身体機能向上)など、多岐にわたる「ディープテック」が注目されています。国防総省は先端素材やマイクロエレクトロニクス、バイオ分野、再生可能エネルギーなどを重要領域と位置付け、軍事と民生を横断する技術革新に期待を寄せています。中でもAIや自律化、サイバー、宇宙、量子は特に注目度が高く、防衛技術の将来を方向づけるコアトレンドと言えるでしょう。


1-2. 注目すべき防衛テック・スタートアップとイノベーション

シリコンバレー型のイノベーションが国防分野に進出し、従来の大手防衛企業に挑戦し始めています。特に近年、大規模な資金調達を成し遂げた以下のようなスタートアップは象徴的存在です。

1-2-1. Anduril Industries:シリコンバレー流アプローチで国防産業を一新

HP: https://www.anduril.com/
設立年: 2017年
拠点: アメリカ(カリフォルニア州)
シリーズ・資金調達額: 2024年時点でシリーズFにより累計25億ドル以上調達。評価額は140億ドルから280億ドルへ急上昇とも報じられています。

創業とアプローチ
2017年に創業されたAnduril Industriesは、Oculus創業者として知られるパーマー・ラッキー氏を擁し、シリコンバレー流の「先に自社でプロダクトを作り込み、それを政府に提案する」というモデルを防衛領域に持ち込みました。これまでは国防省などが仕様書を提示し、大手軍需企業(ロッキード・マーティンやレイセオン等)が開発を請け負う形が主流でしたが、Andurilは自発的に製品を完成させてから売り込むことで、調達サイクルを短縮しながら技術をリードしています。
共同創業者に元国防総省出身のVCであるトレイ・スティーブンス氏も参加しており、官との橋渡し役も明確。「ソフトウェアが勝敗を分ける」というシリコンバレー的発想をまさに国防に当てはめた先駆者的存在です。

製品群と技術的特徴

Sentry
  • Lattice:センサーやドローンを統合し、リアルタイムでAI解析を行うプラットフォーム。

  • Sentry:自律型監視タワー。周囲の脅威を自律検知し、オペレーターに必要情報だけ通知。

  • Ghost 4:高性能小型無人機。人間の介入を最小限に抑える自律制御技術を搭載。

  • Anvil:ドローンを物理的に体当たりさせて敵機を撃墜する対ドローン無人機。

これらのハードウェア+ソフトウェアが組み合わさり、複数のデバイスが自律協調できる点が大きな特徴です。創業者自身が「防衛業界でもイノベーションを先回りして作るべきだ」と強調しており、官需に合わせるのではなく技術とソフトウェア開発力を武器に市場を切り拓いています。

資金調達と市場評価

Anduril Industriesの資金調達額と評価額
  • 2022年末のシリーズEで約14.8億ドルを調達、評価額約84億ドルに到達。

  • 2024年には評価額280億ドルで25億ドルを追加調達するとの報道があり、わずか半年前の140億ドルから評価が倍増する勢い。

  • 年間売上は2024年に10億ドル規模に達し、契約残高は15億ドル超と報じられています。

ピーター・ティール氏のFounders Fundが大規模な投資を行うなど、シリコンバレー有数の投資家が後押し。IPOも視野に入る“メガ・ユニコーン”として注目度が非常に高いです。

主要契約と政府顧客

米特殊作戦軍(SOCOM)の部隊記章
  • 米特殊作戦軍(SOCOM):10年最大約9.67億ドルの無人システム統合契約。

  • 英国国防省:31か月契約で1700万ポンドを受注(基地防護AI開発)。

  • オーストラリア国防軍:大型無人潜水艦(XL-AUV)開発で1億ドル規模。

  • 米国土安全保障省:自律監視タワーの国境警備案件。

米軍・同盟国への導入が加速し、さらにはOpenAIなどとの技術連携も進めています。これら大口契約によって売上は急拡大中。“製品を武器に、防衛調達プロセス自体を変える”という明確なコンセプトは、起業家にとって強力な示唆となります。

起業家・投資家への示唆

  • 先行開発モデルの強み:政府仕様書を待つのではなく、スタートアップならではのスピードでプロダクトを作り込み提案する。

  • AI×ハードウェアの融合:ドローンや監視タワーなどハード分野でもソフトウェア主導を貫くことで差別化。

  • 政治・軍事理解の重要性:共同創業者には国防総省出身のVCがいるなど、官民橋渡し人材を抱えることが大きな成功要因。


1-2-2. Shield AI : “AIパイロットが空の戦いを塗り替える”

HP: https://www.shield.ai/
設立年: 2015年
拠点: アメリカ(サンディエゴ)
シリーズ・資金調達額: 2023年末時点でシリーズFにより累計約5億ドル超を調達、企業評価額27億ドル。

創業の背景

2015年創業のShield AIは、元米海軍特殊部隊(SEALs)隊員のブランダン・ツェン氏とその兄弟ライアン・ツェン氏によって立ち上げられました。「兵士の命を守るために無人・自律航空機が必要だ」という切実な現場経験が出発点。ハードウェアとAIを組み合わせ、「世界最高のAIパイロット」を生み出すビジョンを掲げています。

概要
米国拠点のShield AIは、自律ドローンと航空機向けAIパイロット技術に特化。GPSや通信が途切れても自律行動できる「Hivemind」ソフトウェアを開発し、建物内のクリアリングや戦闘機の自律飛行などを想定しています。

製品と技術

V-BAT
  • Hivemind(ハイブマインド):複数機の無人機や戦闘機を自律飛行させるAIパイロット。GPSや通信が途絶した高脅威環境でも独立稼働可能。

  • Novaドローン:室内偵察用の小型クアッドコプター。特殊部隊での採用実績あり。

  • V-BAT:垂直離着陸型無人機(VTOL)。沿岸警備隊(USCG)から約1.981億ドルのIDIQ契約を獲得。1日12時間飛行など優れた運用性を誇る。

  • F-16戦闘機AI操縦:2022年12月の実証で、改造F-16がHivemindによる空対空戦闘機動を成功させ、空軍/DARPAから大きな注目を浴びる。

資金調達

Shield AIの資金調達額と評価額
  • 2021年:シリーズDで2.1億ドル調達しユニコーン入り。

  • 2022年:シリーズEで1.65億ドル追加、累計5.73億ドル超。

  • 2023年:シリーズFで2億ドルを調達し評価額27億ドルに上昇(報道では30億ドル近いとも)。

  • ARKインベストや映画プロデューサーのトーマス・タル氏ら多様な投資家層を獲得。

“空飛ぶAI”という成長ストーリーが投資家を惹きつけています。米政府・同盟国との契約拡大を背景に、IPOの可能性も浮上。

主要顧客と政府契約

沿岸警備隊のサービスマーク
  • 米特殊作戦コマンド:室内ドローンNovaの採用。

  • 米沿岸警備隊:5年間で1.98億ドル規模のV-BAT契約を獲得。カッター艦艇に搭載して海上ISRを行う計画。

  • DARPA/空軍研究所:F-16を用いたAI空戦プロジェクト。Hivemindが実機で空対空戦闘機動をこなしたことで大きな注目を集める。

  • 今後もNATO諸国など同盟国への展開が期待されており、世界各国で“GPS不要のAIパイロット”を標準化する意図が伺えます。

投資家・起業家への示唆

  • 深い現場知識×先端AI:元SEAL隊員がニーズを具体化し、AIエンジニアと融合するモデルは防衛起業の好例。

  • 段階的スケール:最初は特殊部隊向けの小型ドローンで実績を作り、大型無人機や戦闘機AIへ広げる“リーンスタートアップ”的アプローチが成功。

  • ソフトウェア=核抑止力:防衛領域でもAIソフトこそ最大価値を生むというコンセプトが多くの投資家を惹きつけている。

軍事の現場経験を持つ創業者がテックと融合すると、参入障壁が高い防衛分野でも成功することを示しました。段階的にスケールを広げるリーンな開発手法や、ハード+ソフトの融合により大きなバリュエーションを獲得した例は、ロボティクスや自動運転など他分野の起業にも応用可能といえます。


1-2-3. Helsing:欧州発「防衛AI」、民主主義防衛を標榜

HP: https://www.helsing.ai
設立年: 2021年
拠点: ドイツ(ミュンヘン)、英国、フランスなど
資金調達・評価額:2021年に1億250万ユーロを調達。Spotify創業者ダニエル・エク氏個人からの1億ユーロ超投資が話題。
2023年9月シリーズBで約2.09億ユーロを調達し、累計3億ユーロ超。企業評価は15億ドル規模とも報じられる。将来的にはさらに40億ドル評価に向けた動きも。

企業の特徴

2021年設立と非常に若いながら、ドイツを拠点に“欧州の防衛AI企業”を標榜するHelsing(ヘルシング)。Spotify創業者ダニエル・エク氏が1億ユーロもの私財を投じたことで話題となりました。「ヨーロッパの戦略的自立」を担う企業を目指し、純ソフトウェアとして軍の情報処理を革新すると宣言しています。

製品・技術

具体的な製品名こそ非公開ですが、リアルタイムで戦場データを統合し、既存プラットフォームの“頭脳アップグレード”を行うAIソリューションを提供。ドローン・戦車・戦闘機などに後付けできるAIモジュールを開発し、レガシー兵器をスマート化することを目指しています。大手軍需企業ラインメタルと提携し、陸戦車などに画像認識や脅威検出を組み込む共同プロジェクトを進行。サーブ社(スウェーデン)やエアバス、MBDAとも連携し、広域的に欧州防衛AIを推進中です。

資金調達と成長

Helsingの資金調達額と評価額
  • 2021年:シリーズAで1億250万ユーロ調達(うち1億ユーロをエク氏が個人投資)。

  • 2023年9月:シリーズBで2億900万ユーロ(約2.23億ドル)を調達し、累計3億ユーロ超。評価額は約15億ドル。

  • 2024年には評価額40億ドルを目指す動きも報じられ、急拡大を続けています。

“欧州のパランティア”とも称される存在感で、ウクライナ戦争を機に防衛費を増強する欧州諸国の追い風を受け、今後さらに大型案件に食い込む可能性大です。

顧客・政府案件

連邦国防省勤務の軍人が着用するワッペン
  • ドイツ国防省:ラインメタルとの協業を通じ、陸軍向けAIソリューションを提供(推定)。

  • 英国国防省:2022年に380万ポンド規模のAI実証契約を獲得。

  • 今後は欧州次世代戦闘機(FCAS)や指揮統制システム近代化プログラムなど、EU/NATOレベルの大型プロジェクト参入が予想されます。

投資家・起業家への示唆

  • 欧州ならではの好機:米国のように防衛スタートアップが多くない土壌で、大義(民主主義防衛)を掲げることでビッグネーム投資家を巻き込み成功。

  • 純ソフトウェア特化戦略:ハードを持つ大手との補完関係を築きやすく、迅速な技術導入が進む。

  • 長期ビジョン:欧州連合やNATOの統合プログラム参画を視野に入れ、数十億ドル級の成長が期待される。

欧州では米国ほどスタートアップが防衛分野に参入してこなかった背景がありますが、Helsingは「民主主義をAIで守る」という旗印で世論と投資家の支持を集めました。純ソフトウェア企業としてハード大手と協業する戦略も巧み。「官の期待に応えつつ、自前技術への投資を惜しまない」方針が鍵となっており、今後も欧州市場を席巻する可能性があります。


1-2-4. Skydio : “自律飛行ドローンで商業から防衛へ大胆転換”

HP: https://www.skydio.com
設立年: 2014年
拠点: アメリカ(カリフォルニア州)
資金調達・評価額:シリーズD(2021年)で1.7億ドル調達し、評価額10億ドル超のユニコーンに。2022年のシリーズEで2.3億ドル追加、評価額22億ドル。2024年までに累計調達7億ドル超との報道も。

初期はコンシューマー市場

Skydioは2014年にシリコンバレーでMIT・Google出身のロボティクス研究者アダム・ブライ氏が創業し、高度なコンピュータビジョンと機械学習を組み込んだ「自律飛行ドローン」を開発。「障害物を自動で回避し、人や対象を追尾する高い自律飛行性能」で一躍注目されました。当初は自撮りドローンとして有名でしたが、次第に公共・防衛セクターでの需要が急増し、2023年以降は民生向け販売を縮小し政府・産業向けに集中する方針へシフト。

製品ラインナップ

Skydio X2D
  • Skydio 2/2+:一般向け・プロ向けのコンパクトドローン。

  • Skydio X2D:米軍規格「Blue sUAS」に選定された小型偵察ドローン。赤外線カメラ等を装備し耐環境性を強化。

  • 3D Scanソフトウェア:自動でインフラ設備を検査し3Dモデル化するクラウドサービス。ハードの販売だけでなくソフトウェアサブスク収益も得ている。

特筆すべきは自律飛行の滑らかさ。数多くのカメラとAIアルゴリズムで3次元マッピングし、GPSが無くても障害物を回避。人が細かく操作しなくとも安全に飛行できる点が、防衛・警察・消防などで高く評価されています。

資金調達と成長

Skydioの資金調達額と評価額
  • 2021年:シリーズDで1.7億ドル調達し評価額約10億ドル。

  • 2022年:シリーズEで2.3億ドル追加し評価額22億ドルに上昇。

  • 2024年:シリーズE拡張ラウンドで1.7億ドル追加調達、累計7億ドル超。

  • 2023年の年間収益は1億ドル超、2024年の収益予測は1.8億ドルとされ、受注残は12億ドル規模。

米軍案件や日本市場(KDDIが出資)も取り込んでおり、ドローン業界での米国トップ企業に位置づけられます。DJI製品へのセキュリティ懸念が追い風となり、政府系の標準として急速にシェアを伸ばしています。

主要契約

  • 米陸軍 短距離偵察(SRR)プログラム:5年間で最大約9980万ドルの量産契約を獲得。実施試験で兵士の高評価を得て最終選定。

  • DHS・警察機関:国境警備や捜索救助などで数百件以上の導入。

  • 海外:日本の消防庁やKDDIとの提携、カナダ軍にも納入実績。

学び

  • 消費者市場→公共市場へのピボット:コンシューマー向け製品で培った先端自律制御技術を、政府・企業用途でスケールアップ。

  • ソフトウェア差別化:ドローンハードだけでなく、データ管理や3DスキャンSaaS収益を確保し、粗利益率を高めている。

  • リスク分散:政府調達の不確実性に備えつつ、警察・消防・企業インフラなど複数の顧客セグメントを狙う。

消費者向けで鍛えた技術を防衛・公共へ転用する“デュアルユース”戦略の好例。ハード企業でもソフトウェアを絡めることでサブスク収益を確保し、高いバリュエーションを実現している点が投資家にとっても魅力です。また政策変動(中国製回避)に伴う市場シフトを素早く捉えた経営判断も成功要因となっています。



1-2-5. Saronic:無人艦艇を大量生産する「次世代造船所」構想

HP: https://www.saronic.com/
設立年: 2022年
拠点: アメリカ(テキサス州)
資金調達・評価額:創業3年で累計8.5億ドル以上調達、評価額40億ドルと報じられる(2025年2月のシリーズC)。
Andreessen Horowitzや8VCなど、防衛投資に積極的なVCが大規模出資。

ビジョンと背景

2022年創業のSaronic(サロニック)は、わずか3年で累計8.5億ドル超を調達し評価額40億ドルに到達した「超新興企業」です。CEOディノ・マブルーカス氏はテック業界と海軍の両方に通じ、古い造船インフラを一新する“次世代造船所”を建設して無人艦隊を大量生産するという、大胆なビジョンを掲げています。社名はギリシャ神話やサロニカ湾からのインスピレーションとされ、海洋における新しい物語を作る意気込みが感じられます。

製品と計画

Corsair
  • 無人水上艦(USV):中~大型ボート「Spyglass」「Cutlass」「Corsair」などを試作し、最先端AI・自律航法を組み込む。2024年10月に公開されたCorsairは24フィート(約7.3m)サイズ。

  • Port Alpha:この無人艦を大量に建造するための先進造船所を5年以内に稼働させ、“自動車工場のように艦艇を生産”する計画。従来型造船所を一から刷新し、無人艦に特化した生産ラインを構築するとしています。

資金調達

Saronicの資金調達額と評価額
  • シード~シリーズBで2.5億ドル以上を確保。

  • 2025年2月、シリーズCで6億ドルの大型調達を発表、累計8.5億ドルに到達(評価額40億ドル)。

  • 投資家は8VCやAndreessen Horowitz(a16z)、General Catalystなど政府人脈豊富な大手VCが名を連ね、まさに“造船のSpaceX”を期待する形です。

ターゲット市場

米海軍や海兵隊が今後数十年にわたり無人艦隊の拡充を計画しており、“ゴーストフリート”など分散型の小型無人艦を大量導入するニーズがあると言われています。Saronicはここで大量受注を目指し、将来的には同盟国(日本・英国・豪州など)にも輸出する意図を示唆。競合として大手防衛企業や他の造船所も無人艦開発を進めていますが、Saronicは“無人艦専業の新設造船所”という唯一無二の立ち位置で挑みます。

意義と示唆

  • インフラごと創造する発想:製品開発だけでなく、量産体制(Port Alpha)を最初から計画して巨額資金を集めた例。

  • スタートアップが造船業界を革新:大企業が動きにくい分野に挑むことで、新たな市場支配を狙うムーンショット。

  • 国家レベルのサポート:無人艦需要拡大を背景に、政府が造船インフラの新規整備に前向きな可能性がある。

ハードウェアかつ巨大インフラを扱う防衛産業に、スタートアップが「一から新基盤を作る」と飛び込む事例は非常に稀です。投資リスクは大きいものの、もしPort Alphaの建設と無人艦の量産が成功すれば、極めて高い参入障壁と莫大な受注を得る可能性があります。“需要がなければ創り出す”という大胆さと、政治や軍事の深い理解を兼ね備えたチームビルディングが見所で、国防スタートアップのムーンショット的挑戦として注目に値します。


1-2-6. Rebellion Defense:防衛ソフトウェアで米国防省ITをアップデート

HP: https://rebelliondefense.com
設立年: 2019年
拠点: アメリカ(ワシントンD.C. / シアトル)、英国(ロンドン)
資金調達・評価額:創業期に1.5億ドル前後を調達しユニコーン扱いの報道も。
2022年ごろ経営難でリストラを実施し、2023年に再建ラウンドを模索。評価額は10億ドル超→7億ドル台に修正とも。

創業と当初の期待

2019年に米国で創業されたRebellion Defense(リベリオン・ディフェンス)は、元国防総省デジタルサービス責任者クリス・リンチ氏や、Google元会長エリック・シュミット氏が関わり、バイデン政権との親密さが取り沙汰された“デジタル国防の新星”でした。
しかし実際には大規模レイオフや契約獲得の遅れなど苦境も経験し、創業者のリンチ氏も2023年に退社。「防衛スタートアップは甘くない」
という現実を体現しています。

プロダクト構成

Iris
  • Iris:脅威検出ソフト。画像・センサー・電子的兆候をAIで融合解析し、リアルタイムに異常を察知。

  • Nova:敵対者分析&サイバーセキュリティ向けソフト。陸軍・NNSAのネットワーク異常検出などで実績。

  • Dispatch:作戦立案・シミュレーション支援ツール。大量のパラメータをAIで処理し、指揮官の意思決定を補佐。

データをオープン規格で扱い、従来の軍用ソフトにありがちな“ブラックボックス化”を避ける設計が特徴。国防省にとっては革新的だが、Palantirなど既存プレイヤーとの競合が激しい領域です。

資金調達・企業評価

Rebellion Defenseの資金調達額と評価額
  • シード~シリーズAにかけて総額1.5億ドル前後を調達し、推定評価額10億ドル以上でユニコーン扱いされる時期もありました。

  • しかし、契約実績不足により2022年~23年に資金繰りが圧迫。評価額が下方修正(7億ドル規模)されたとの報道も。

  • 最近は海軍との本格契約や、陸軍・エネルギー省NNSAでのNova採用などが進み、年間契約額は前年比50%増と巻き返しを図っています。

市場ポジションと競争環境

  • 当初の期待→苦戦:パランティアに対抗する「国防省向けAI企業」と期待されたが、大型契約獲得が遅れ2022年に経営揺らぐ。

  • 新調達制度の活用:海軍やCDAO(最高デジタル・AI責任者)のTradewinds枠でIrisが正式選定され、復活の兆し。ACV(年間契約額)は前年比50%増加。

  • 今後のカギ:陸軍・空軍など主要プログラムで本格展開できるかが成否を分ける。もし大規模調達を得られれば、再び評価額10億ドル超への回帰も。

主要契約

米海軍紋章
  • 米海軍:Irisを艦隊の目標追跡ソフトとして採用(Tradewinds枠組み)。Project Overmatch関連の契約も得ており、将来的に全艦隊展開が期待される。

  • 米陸軍/NNSA:サイバー検知ツールNovaの導入。既存ネットワーク防護で一定の成果。

  • 英国防省:小口ながらAIプロトタイプ契約を獲得。

起業家への教訓

  • 高い評価額と売上との乖離は、特に防衛分野では深刻なリスク。PoC段階で資金が先行しても、実際のプログラム・オブ・レコード契約に辿り着くまで時間がかかる。

  • SaaSモデルの難しさ:防衛向けはカスタマイズ要求が大きく、一部SI的アプローチが不可避。それでもソフトウェアの汎用化を目指すバランスが重要。

  • 一度苦戦しても、政府の新しい調達枠(OTAやTradewinds)を活用するなどで挽回の道がある。

  • ソフトウェア中心のアプローチでも、顧客(軍)との綿密な共同作業が不可欠。プロダクト志向×カスタム開発のバランスをどう取るかが成功を分ける。

Rebellionは苦境を乗り越えつつあり、今後さらなる国防案件獲得次第では“第2のパランティア”になり得る可能性を秘めています。


1-2-7. Firefly Aerospace:小型ロケット+月面着陸船で防衛・NASA案件を獲得

HP: https://www.fireflyspace.com
設立年: 2014年(2017年に再建)
拠点: アメリカ(テキサス州)
資金調達・評価額:再建後、累計5億ドル超を調達し2024年時点で評価額20億ドル超に。
ノースロップ・グラマンやAE Industrial Partnersなど戦略投資家が主要株主。

波乱の歴史と再建

テキサス州発のFirefly Aerospaceは、2014年に“Firefly Space Systems”として始動するも資金難で一度破綻。しかし2017年にウクライナ人起業家マックス・ポリャコフ氏のNoosphere Venturesが出資し再建、再スタートからわずか数年で小型ロケット「Firefly Alpha」を軌道投入に成功させました。

プロダクト多角化

  • Firefly Alpha:LEOに約1トン打ち上げ可能な小型ロケット。打ち上げコスト約1500万ドル。2022年10月に初の軌道到達。特筆すべきは迅速発射能力で、2023年9月の「VICTUS NOX」ミッションではペイロード統合から打ち上げまで24時間以内を達成。

  • 中型ロケット:ノースロップ・グラマンと提携し、ISS補給用「Antares」新型1段目を共同開発(「Antares 330」)。将来はFirefly独自の「Beta」ロケット構想も。

  • Blue Ghost(月着陸船):NASAのCLPS(商業月貨物輸送)プログラムに選定され、2024年と2026年に計2回の月面ミッションを受注。1回あたり9300万ドル級の契約。

  • Elytra(OTV):軌道上で衛星を別の軌道へ運ぶ宇宙輸送機。将来的には打ち上げ→軌道移送→月着陸まで一貫サービスを可能にする計画。

資金調達と拡大戦略

Firefly Aerospaceの資金調達額と評価額
  • 再建後、ポリャコフ氏の資金を中心にシリーズA/Bで3億ドル近く調達しユニコーンへ。

  • その後、米外国投資委員会(CFIUS)の指摘で持株構造を変更し、AE Industrial Partnersやノースロップ・グラマンが主要株主に。

  • 2023年11月、シリーズC最終クローズで計3億ドルを調達。2024年11月にはシリーズDで1.75億ドル追加し評価額20億ドル超。累計資金は5億ドル以上。

  • NASA・国防総省案件の獲得やノースロップとの共同開発で安定収益を得つつ、民間衛星企業など幅広い顧客に対応。将来的なIPOも見据えています。

主要契約

VICTUS NOX
  • 宇宙軍「VICTUS NOX」:24時間以内に打ち上げ準備→成功し、レスポンシブ宇宙打ち上げの世界初記録を達成。

  • NASA CLPS:2024年と2026年の月面輸送を受注(9300万ドル+追加契約)。

  • ノースロップ・グラマン:Antaresの新型1段目を共同開発し、ISS補給ミッションを実施。これによりFireflyは中型打ち上げ市場にも参入。

投資家・起業家向け視点

一度破綻した企業が復活し、国防・NASAの両部門で成功事例を積む稀有なケース。ロケット+月着陸+OTVを垂直統合し、“エンドツーエンド”の宇宙輸送を目指す成長ストーリーは投資家を惹きつけています。即応打ち上げという軍事的ニーズを満たす点も大きく、「防衛×宇宙」の分野で二番手以降の成功事例となりました。
複数事業を並行して開発するリスク分散・シナジー獲得の戦略は、宇宙以外のディープテック領域にも示唆に富むところです。
防衛需要との相性という点でも、小型・即応発射が求められる軍事衛星ニーズが拡大し、SpaceXより小回りの利くFireflyにとって大きな成長機会となっています。


1-2-8. Epirus:高出力マイクロ波(HPM)でドローン群を一網打尽

HP: https://www.epirusinc.com
設立年: 2018年
拠点: アメリカ(カリフォルニア州)
資金調達・評価額:2022年シリーズCで2億ドル調達し評価額13.5億ドル、ユニコーン入り。
2023年以降も追加ラウンドが検討され、累計2.9億ドル超という報道も。

創業背景

2018年創業のEpirus(エピロス)は、高出力マイクロ波(HPM)技術でドローンスウォームを一度に撃墜する“指向性エネルギー兵器”を製品化。GaN(ガリウムナイトライド)半導体とビームフォーミング技術を組み合わせて従来の巨大装置をコンパクト化し、スタートアップならではのスピードで市場投入を進めています。

核心製品

Leonidas
  • Leonidas:高エネルギーマイクロ波を指向的に放射し、対象の電子回路を焼損させる。ドローン群をまとめて無力化する決定打として注目。

  • 携行可能なLeonidas Pod/Expeditionaryも開発し、前線や固定施設防御など多様な運用を想定。

  • GaN半導体のパワーマネジメント「SmartPower」を派生展開し、将来は電力網保護や民生エネルギー応用も視野に入れています。

資金調達と現状

Epirusの資金調達額と評価額
  • 2020年:シリーズBで約7000万ドル。

  • 2022年2月:シリーズCで2億ドル、累計2.87億ドル調達し評価額13.5億ドルでユニコーン入り。T. Rowe Priceや8VCがリード。

  • 2023年以降、市況の影響で評価額1億ドル近く下がるとの観測もあるが、国防契約が進展すれば再評価される可能性大。

  • 大手防衛企業のジェネラル・ダイナミクス(GDLS)も出資し、装甲車搭載型Leonidasの開発を検討中。

主要契約

米陸軍RCCTO
  • 米陸軍RCCTO:6600万ドルの試作品提供契約。将来的なIFPCプログラム入りを目指す。

  • 米海軍研究局(ONR):550万ドルでポータブル版Leonidasを開発。海兵隊が前線で使う構想も。

  • DARPAや陸軍研究所とも共同研究を実施し、量産化・現場配備に向けた技術実証を加速。

学び

  • ディープテック領域でもスタートアップが先行:大企業の長年の研究テーマ(指向性エネルギー)を、民生半導体技術の進歩で一気に実用段階へ。

  • 確かな契約実績で評価維持:シリーズC時点で13.5億ドル評価となる高バリュエーションだが、RCCTO契約など具体的売上を示して投資家の信頼を得た。

  • デュアルユース視点:軍事用HPM技術をインフラ保護や電力システムにも応用可能とアピールし、更なる市場開拓を狙う。

かつては大手企業や国立研究所の専売特許と思われた指向性エネルギー兵器ですが、民生GaN半導体+ソフトウェア制御によりスタートアップがリードを奪えるという好例。ドローン脅威が顕在化する地政学環境にマッチし、一気に国防省から注目を浴びました。
投資家にとってはディープテックゆえのリスクがある一方、契約が実現すれば巨大市場が期待できる“防衛特有のハイリターン”案件。製品化のスピードと軍への営業戦略が明暗を分けることを、Epirusは体現しています。


まとめ

上記8社は、それぞれ異なる分野(無人機・AI・ソフトウェア・宇宙・指向性エネルギーなど)で国防の最前線を変えつつあります。共通するのはシリコンバレー型の迅速なイノベーションと、官主導調達の壁を打ち破る意志です。地政学的リスクの高まりにより、政府も最新技術を積極的に取り込もうとしており、スタートアップが巨額資金と大きな契約を得る事例が急増しています。

起業家にとって

  • 参入障壁が高いが、一度軌道に乗れば大規模・安定的な収益が望める

  • 技術力+ミッション理解+政府人脈という三位一体が成功の鍵。

  • リーンスタートアップ的手法(小規模PoC→段階的拡大)を活かしながら、大胆なビジョン(例:Port Alpha造船所、無人艦大量生産)を掲げることで、投資家と政府の両方を魅了できる。

投資家にとって

  • 防衛テックはもはや公共事業型の緩慢な分野ではなく、高い成長ストーリーが描ける領域へ変貌。

  • AndurilやShield AIのように評価額数十億ドル規模のユニコーンが出現し、シリーズD・Eでも巨額調達が実行されている。

  • ただしRebellion Defenseのように契約獲得が遅れれば苦戦もある。長期視点の資金と政府調達の理解が不可欠。

  • 成功すると国防省や同盟国との継続契約が入り、安定キャッシュフローにつながるため“一度乗り切れば大きなリターン”を得られる可能性大。

こうした新興企業は、ロッキード・マーティンやレイセオンといった“レガシー防衛大手”を直接脅かす存在になりつつあります。地上・空中・海上・宇宙とあらゆる次元で無人化・AI化が加速する今、「民間最先端技術を取り込み、スピード優先でプロダクトを作る」スタートアップの機動力は政府にとっても極めて魅力的です。


1-3. 投資環境:資金動向・投資家・エグジット

防衛分野へのベンチャーキャピタル投資は、わずか数年で「投資スコープになりえないセクター」から「注目のセクター」へと激変しました。テック全般の資金調達が落ち込み気味の中でも、ディフェンステックへのVC・PE投資は上昇を続けています。

1-3-1. 資金調達の急伸

防衛関連スタートアップ向けVC投資
  • 統計
    2024年11月時点で、防衛関連スタートアップ向けVC投資は年初から約30億ドルに達し、前年の記録(26億ドル)を超えるペースです。またPitchBookによれば、2022年・2023年の世界防衛・デュアルユース投資はそれぞれ350~360億ドル規模に上り、10年前のわずか20億ドル程度から激増しているとの報告もあります。

  • 背景
    ロシア・ウクライナ紛争など地政学的緊張が高まる中、防衛予算が拡大し、その需要を取り込む形で民間投資が急速に流入している構図です。

1-3-2. VCの見方の転換

かつては道徳的・政治的な理由や政府顧客の獲得難を理由に、防衛系スタートアップへの投資を敬遠するVCが多かったのも事実です。しかし近年は様相が一変しています。

Andurilの調達額推移
  • 成功事例の影響
    AndurilやPalantirなどの大規模契約・IPO成功が牽引役となり、防衛テックでの高収益・大きな市場獲得を狙う投資家が増加。

  • 参入する大手VC
    Andreessen Horowitz、Founders Fund、8VC、General CatalystなどのトップティアVCが複数の防衛案件に積極投資しています。さらに、ディフェンステック専業の新興ファンド(例:Thomas Tull氏が支援するUS Innovative Technology Fund)や、NATO加盟国が出資する10億ユーロ規模のVCファンドなど、官民の垣根を超えた資本が形成されつつあります。

  • 大型ラウンドの登場
    シリーズFやGなどの後期ラウンドで数億~10億ドル単位の調達が次々と成立し、ユニコーン評価を得る防衛スタートアップが続出しています。

1-3-3. 政府主導の投資促進策

  • 国防総省の取り組み
    米国防総省はDIU(Defense Innovation Unit)や新設のOSC(Office of Strategic Capital)などを通じ、VC-backed企業との橋渡しを積極化。

  • 補助制度
    SBIR(Small Business Innovation Research)やAFWERXなどの施策で、スタートアップに対する実証実験や試作段階の無償・非希薄化資金を提供。これらにより、初期段階の技術革新を支援しています。

  • 共同投資やローンプログラム
    AI、量子、半導体、高度素材など「重要技術」分野への投資リスクを下げるため、官民の共同投資プラットフォームも強化されつつあります。

1-3-4. エグジット(出口)戦略

  • M&Aが中心
    ディフェンステック企業のエグジットは、従来は大手防衛企業(ロッキード・マーティンやレイセオン、Northrup Grummanなど)による買収が主流でした。近年はテック大手(AmazonのWickr買収、Palo Alto NetworksのExpanse買収など)も絡むケースが増えています。

  • IPOの希少性
    Palantir(2020年上場)の例はあるものの、防衛特化企業の大型IPOは依然として少数派です。SpaceXも未上場、2021年のSPAC上場を選んだ宇宙系スタートアップも評価が不安定でした。

  • 今後の見通し
    とはいえ、急成長したユニコーンが増えたことで、今後数年はIPOを目指す企業が続出する可能性も。アンドゥリルのようにスケール拡大を続けている企業は、近い将来上場するとの観測が強まっています。

  • PEの参入
    またプライベート・エクイティ(PE)も中堅防衛サプライヤーやスタートアップに活発に投資し、2025~2026年頃にIPOや再編(統合)によるリターン回収を狙う動きが見られます。

総じて、防衛テックへの資金流入は右肩上がりで、今後も国防研究開発費の拡大と世界的脅威の増大が拍車をかけるでしょう。マッキンゼーの試算では、AIや自律化、量子コンピューティングなどを大規模に防衛適用する「近代化フロンティア」市場は、今後10年で2500億ドル規模に達する可能性があるとされます。投資家にとって、まだ浸透度が低いが巨大なポテンシャルを秘める市場として、ディフェンステックはますます魅力的になっているのです。

1-4. 規制・地政学的リスクの考慮

ディフェンステックを手がける上では、複雑な規制や倫理・地政学リスクを回避する必要があります。ここでは特に重要な論点を整理します。

1-4-1. 輸出管理(ITAR/EAR)

  • ITAR(国際武器取引規則)
    米国では軍事用途の技術・サービスがITARで厳格に管理され、外国人への技術情報共有や輸出にはライセンスが必要。違反時の罰則は非常に重く、ボーイングがITAR違反で5000万ドル超の制裁金を科された事例もあります。

  • EAR(輸出管理規則)
    民生転用可能(デュアルユース)な技術はEARが管轄。こちらも違反リスクは大きく、スタートアップにとっては「ITAR指定されると商業展開が制限される」という懸念もあります。

  • 投資面での影響
    VCが投資判断する際、輸出管理体制を整備しているかは重要なデューデリジェンス項目。コンプライアンスが不十分だと国際市場を失いかねません。

1-4-2. 政府契約コンプライアンス

  • 連邦調達規則への準拠
    会計基準やサイバーセキュリティ、調達元の信頼性など多岐にわたる要件を満たす必要があります。

  • CMMCなどのセキュリティ規格
    軍事関連情報を取り扱う企業には厳格なサイバー基準(CMMC)が求められ、スタートアップにとっては早期から専門人材の確保や施設認証が不可欠。

  • OTA契約の活用
    従来の堅苦しい契約プロセスを柔軟にするため、OTA(Other Transaction Authority)によるプロトタイプ契約が増加中。これは新興企業に有利に働く可能性があります。

1-4-3. 外国資本・CFIUS審査

  • 外国投資規制
    CFIUS(対米外国投資委員会)は、国家安全保障上の懸念がある投資を却下・差し止める権限を持ちます。中国などの「競合国」からの資金は、敏感技術分野ではブロックされる事例も。

  • カプテーブル管理
    スタートアップ側は将来的な国防契約を見据え、対立関係にある国からの資金を敬遠するなど、株主構成にも注意を払います。

  • 海外展開リスク
    また国際協力や合弁事業で、特定国との連携が難しくなる場合もあり、地政学的状況次第でマーケットアクセスが一変する可能性があります。

1-4-4. 倫理・PR上の問題

  • 道徳的葛藤
    防衛領域への投資には、製品が致死的に使われる可能性など倫理的ハードルが伴います。GoogleがProject Mavenへの参画で社員の反発を受け撤退した例のように、社内外の批判は無視できません。

  • AI兵器や監視技術
    自律型致死兵器への懸念やプライバシーを脅かす監視システムへの批判など、人権団体や自社社員から反対運動が起こるリスクがあります。

  • ポジティブな枠組み
    こうした声に対し、「自由主義を守るための技術」「災害救助・人命救助にも役立つデュアルユース技術」などの正当化を図る企業も多いです。NATOのイノベーションファンドは攻撃的兵器のみに特化した企業には投資しないなど、方針を明確化する例も見られます。

  • コンプライアンスと人権
    国際人道法やAIの倫理ガイドライン(米国防総省の倫理的AI原則など)に準拠する姿勢を示し、ステークホルダーの理解を得ようとする企業が増加中です。

これらの要素はディフェンステック企業の成否を左右しかねず、単なる「チェックリスト」で済む話ではありません。規制や倫理面をいかにスムーズに乗り越えるかが、国際市場で事業を拡大し、大きなエグジットを狙うための重要な鍵となっています。コンプライアンス体制をしっかり構築できる企業には参入障壁を「堀」(Moat)として活用するチャンスも生まれます。

1-5. ディフェンステック・ベンチャーの課題と機会

ディフェンステック市場には確かに追い風がありますが、その参入障壁や固有の難しさも依然として大きいのが実情です。以下に主要な課題と、それを上回る可能性のある機会をまとめます。

1-5-1. 主要課題

  1. 調達の「死の谷」(Valley of Death)

    • 素晴らしい試作品や小規模受注があっても、大規模量産・正式採用に至るまでのプロセスが長期化し、資金が尽きるスタートアップが多い。

    • 年次予算のタイミングや官僚的承認がネックとなり、VCが求めるスピード感と合わずに失速するケースが後を絶ちません。

  2. 既存大手との競合

    • ロッキード・マーティンやレイセオンなど、大手防衛企業は巨大なリソース・人脈を擁し、顧客からの信頼も厚い。

    • スタートアップが斬新な技術を示しても、検証後に大手が類似技術を自社開発・買収し、スタートアップの拡大余地を奪う事態もあり得る。

  3. 長いセールスサイクルと不透明な予算

    • 契約成立まで18~24カ月を要することも珍しくなく、スタートアップの資金繰りを圧迫。

    • 政治情勢の変化や政権交代で防衛戦略が転換すれば、重点プログラムのキャンセル等に巻き込まれるリスクも高い。

  4. 規制とセキュリティへの対応コスト

    • 施設認証や人員のクリアランス、輸出管理、厳格なセキュリティ要件など、他の分野にはないコストが早期から発生する。

    • ちょっとした違反や不備がビジネス停止につながるため、慎重なリソース配分が求められる。

  5. 人材と組織文化のギャップ

    • シリコンバレー式のスピード感と官僚的な軍・政府文化との間に大きな隔たりがある。

    • 優秀なエンジニアでも、軍事目的の開発に抵抗を示す場合があり、採用が難航するケースもある。

1-5-2. 大きな機会

  1. 世界的な防衛支出増加

    • ウクライナ戦争やアジアの緊張などを受け、欧州や日本、インド、オーストラリアなども国防費を拡大。米国以外にも顧客基盤が広がる。

    • 特に無人機対策やISR(情報・監視・偵察)、サイバー防御など、即戦力となる技術には世界各国が積極的に予算を振り向けている。

  2. デュアルユース市場

    • 多くの防衛テックは民生市場にも転用可能で、市場規模が大きい。

    • たとえば宇宙監視技術は民間衛星運用企業にも販売でき、サイバーセキュリティやドローン技術も幅広い産業で需要がある。

    • 防衛×商業の両輪で収益を狙えるため、投資家にとってもエグジットの選択肢が増える。

  3. ディスラプティブ技術が与えるインパクト

    • 防衛分野は旧式技術やレガシーシステムが根強く残っており、抜本的なイノベーションが起これば市場を席巻できる可能性が高い。

    • SpaceXが打ち上げコストを劇的に下げたように、AIや自律制御で1桁以上のパフォーマンス向上を実現するスタートアップには大きな勝機がある。

  4. 政策改革の追い風

    • 米国防総省のOTAなど、新興企業の参入障壁を下げる取り組みが進行中。

    • 14の重要技術領域を定めて優先投資するなど、官民協調を加速させる政策が増えており、スタートアップ側がうまく合致すれば迅速な契約獲得が可能。

  5. 高成長なニッチ領域

    • 宇宙インフラ(打ち上げ・衛星コンステレーション・スペース状況監視)

    • 自律型/無人システム(陸海空のドローン)

    • サイバー・電子戦(電子妨害、EMP対策)

    • 高度センサー・データ解析(ハイパースペクトルイメージング等)

    • 量子耐性セキュリティ(ポスト量子暗号、量子センサー)

    • 兵站・訓練技術(3Dプリント補給、AIメンテナンス、VR/AR訓練)

これらは今後10年で数十億~数百億ドル規模に成長すると見られ、その先行者メリットを得られれば、スタートアップが大型案件を独占することも十分にあり得ます。特にウクライナ戦争での無人機運用やスターリンクの通信支援などが実戦の効果を証明したことは、世界の国防当局に無人システム・宇宙・サイバーへの投資を再認識させるきっかけになりました。

1-6. 第1章まとめ:進化する防衛産業と巨大なビジネスチャンス

本章では、ディフェンステックが急成長を続ける背景と主要トレンド、注目すべきスタートアップや投資動向、そして規制・倫理面の留意点を概観しました。AI、自律型兵器、サイバー防御、宇宙分野、量子技術といったイノベーションが相互に絡み合い、新たな防衛産業基盤を築いているのが特徴です。

  • 課題
    依然として軍事調達の長期サイクルや規制の煩雑さ、大手競合の存在は大きなハードルです。

  • 機会
    一方で、地政学的リスク増大による国防費拡大、デュアルユース市場、官民連携の活性化など追い風も強力です。

マッキンゼーなどの試算が示すとおり、今後10年で数千億ドル級の新市場が形成される可能性もあり、ここに参入するスタートアップや投資家には巨大なリターンが期待されます。と同時に、国際法や倫理に適合した形での技術開発・使用が強く求められることも忘れてはなりません。

「戦争が技術を加速する」歴史的背景を踏まえつつ、現代のディフェンステックは民間企業やベンチャーキャピタルが中心的役割を担う新段階へと突入しました。


第2章:なぜ「いま」が防衛テックにとって重要な時期なのか

序文:動き始めた国防の新潮流

数多の歴史的転換点を眺めると、戦争と技術革新は常に並走していたかに見えます。~AIの次の波を超えて~連載シリーズ【第1部】では、資源紛争が企業や国家のかたちを変えてきた歴史を俯瞰しました。

その流れを受けて、今回の派生記事では「防衛テック(Defensetech)」という新領域に焦点を当てています。AI・ロボティクス・サイバーセキュリティから宇宙領域まで、いま私たちの周囲で沸き立つ技術が、いかに国家防衛の在り方を変貌させ得るのか。同時に、それは新たなビジネス・投資テーマとしてどのような可能性をもたらす技術革新が進んだ結果、これらをのか。第2章では、なぜ今まさに「防衛テック」が注目されるのか、その背景に迫ります。

本章の主眼は以下の3点です。

  1. 歴史的文脈:戦争のかたちが変わるとき、常に大きな技術の飛躍が起きてきた。

  2. 地政学リスクと技術動向:冷戦後の秩序が揺らぐ中、なぜ先端技術が安全保障の中心に据えられるのか。

  3. 民間セクターの進出:VCやスタートアップが積極的に防衛領域へ参入する背景と、そこに潜むビジネス機会や課題。

これらを踏まえ、本章は「いま」が防衛テックにとって最重要フェーズであることを示すとともに、3章で扱う歴史的・技術的アプローチへと橋渡しを試みます。

2-1. 歴史的に見た「軍事投資と技術革新」の連関

2-1-1. 戦争と技術の相互作用:人類史の原動力

戦争は、悲劇の源であると同時に技術革新の巨大なアクセラレーターでもあります。狩猟採集社会における武器(弓矢や石斧など)から、中世ヨーロッパの甲冑騎士が使用した馬具や甲冑、さらに近世の火器・大砲、20世紀の原子力兵器や大陸間弾道ミサイル(ICBM)に至るまで、戦争の遂行手段が変わるたびに社会経済や産業構造が劇的に変容してきた事例は数多く見られます。

たとえば、15世紀末のヨーロッパにおける「火砲革命」。フランス軍が軽量かつ破壊力の高い大砲をイタリア半島へ持ち込み、城郭都市を容易に陥落させたイタリア戦争は、封建的な城壁防衛の終焉と近代国民国家の勃興を示す転換点として象徴的です。また産業革命期には、石炭・鉄鋼産業の発達により軍艦や鉄道、量産型の近代兵器が誕生し、欧米諸国がアジア・アフリカへ植民地支配を拡張する手段となりました。

2-1-2. 第二次世界大戦期~冷戦期の巨大投資

20世紀前半に起きた二度の世界大戦とその後の冷戦構造は、国家単位での科学技術への莫大な投資が行われた時代でもあります。原子爆弾やロケット技術の開発を始め、レーダーやジェットエンジン、さらにはコンピュータ(ENIACなど)までもが軍事的要請から生まれ、やがて民間転用されました。

  • マンハッタン計画:膨大な国家資金と科学者の総動員による核兵器開発。結果的に核エネルギー技術が平和利用にもつながる一方、国際政治に「核抑止」という新パラダイムをもたらす。

  • ARPANET:冷戦下の軍事研究(ARPA: Advanced Research Projects Agency)が基礎となり、現代インターネットの前身が誕生。

こうした流れを見れば、戦時や国家存亡の危機における軍事投資が新技術を後押しし、その成果が経済や社会全体へ波及してきた歴史が明らかです。

2-1-3. 「防衛テック」の再定義

従来、防衛産業は「兵器・装備品の製造と販売」という形で認識されがちでした。しかし今日では、人工知能(AI)、ロボティクス、クラウドコンピューティング、宇宙関連インフラなどの広範な領域で技術革新が進んだ結果、これらを軍事利用することも可能となり、民間スタートアップ企業が関与する余地が拡大しています。かつては軍需大手(レイセオン、ロッキード・マーティンなど)と政府防衛庁が中心を担っていた構造が、いまやIT・AI系スタートアップやVCによる「防衛テックエコシステム」が形成されつつある状況といえるでしょう。

2-2. 地政学的リスクの再燃と「防衛テック」ブーム

2-2-1. ポスト冷戦から多極化への移行

1990年代初頭の冷戦終結後は「平和の配当(Peace Dividend)」と呼ばれる軍縮や国防費削減が進み、一時期は「大国間対立が消滅する」と楽観視されていました。しかし21世紀に入り、再び地政学的な緊張が高まっています。

  • 中国・ロシアの軍事的台頭:特に中国の「軍民融合」政策による急速な兵器近代化、ロシアのウクライナ侵攻や周辺国への影響力行使など。

  • 地域紛争とテロの先鋭化:中東やアフリカ地域での紛争・内戦、国際テロ組織の活発化。

  • サイバー戦・情報戦の恒常化:国家レベルでのサイバー攻撃、フェイクニュースを用いた世論操作などが常態化。

こうした複雑性を増す安全保障環境下で、単なる戦車や戦闘機の数ではなく、高度なテクノロジーの質が新たなパワーバランスを決める鍵として認識され始めたのです。

2-2-2. 米国を中心とした防衛費の再拡大と民間投資

2023年のグローバルでの防衛費

米国防総省の予算は冷戦終結後、一時的に削減されたものの、9.11テロ以降の対テロ戦争や中国対策などを理由に再び拡大傾向となっています。加えて、ヨーロッパや日本でも国防費を増加させる動きが加速。ここに民間VCや大手投資家が「次なる成長市場」として参入してきた流れは見逃せません。

  • エル・セグンド(LA近郊)の台頭:シリコンバレーとは別に、AndurilやVardaなどの防衛テック企業が集積している事例が指摘されます。

  • Yコンビネータの初めての防衛スタートアップ投資:2023年頃からミサイル技術のスタートアップ「Ares Industries」などへの出資が注目を集めており、従来は消極的だったアクセラレーターまでもが参入し始めた兆候。

これには、シリコンバレー発の「広告・SNSビジネス」中心モデルからの移行を図る投資家の思惑、そして国家安全保障政策の喫緊課題に合致するビジネスの育成を狙う政府側のインセンティブが相互に働いています。

2-2-3. 新興国・同盟国の動向

一方、米国以外の先進国や新興国でも、防衛テック分野への関心が高まりつつあります。

  • 欧州各国:ウクライナ戦争を契機にドイツやフランスの防衛費増額が顕在化。特にドイツは長らく続けてきた緊縮路線を転換し、先端兵器・ドローンなどの装備導入を推進。

  • アジア太平洋地域:日本や韓国、オーストラリアでもAIや無人機、防空ミサイルシステムの開発が活発化し、米国との共同研究を模索する動きが増大。

  • 中国:従来の国営主導に加えて、民間テック企業(BATJなど)を巻き込んだ「軍民融合」戦略を展開。量子通信や極超音速兵器など一部領域で先行するとの見方も。

こうしてみると、かつての東西冷戦モデルが再来しているわけではないものの、新たな技術をめぐる“多角的な冷戦”とも呼べる競争環境が形成されつつあるといえます。

2-3. 次世代技術と防衛アプリケーションの交差点

2-3-1. AI・ロボティクスの軍事応用

既にドローンや無人車両(UGV)、水中ドローン(UUV)などは、偵察や爆発物処理、対テロ作戦の第一線で活躍中です。今後はより高度な自律性(AIによるターゲティング・航行)を備え、「有人機×無人機」の複合運用が主流になると見られます。さらに機械学習を活用した脅威予測・情報分析や、部隊運用の最適化(隊員の配置や補給計画など)にもAI技術が投入され、指揮管制システムの高度化が期待されています。

2-3-2. 宇宙領域とサイバー領域

軍事衛星によるISR(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance)は既に米軍などで不可欠な存在ですが、小型衛星の普及や商業ロケット企業(SpaceXやBlue Originなど)の参入により、コストが下がってきています。宇宙空間での監視・通信・測位システムは防衛テックの主要分野となり、宇宙をめぐる競争が一層激化するでしょう。

またサイバー領域では、国家間のみならず非国家主体によるサイバー攻撃が頻発しており、防衛技術の一環として脆弱性診断やAIによる自動防御システムを開発する需要が急増。軍事と民間ITセキュリティの境界線は限りなく曖昧になっており、そのことがスタートアップ参入のハードルを下げる一方、国際ルール整備の遅れを顕著にしています。

2-3-3. バイオ・量子コンピューティングなどの先端分野

  • バイオテクノロジー:例えば合成生物学や遺伝子工学が、防護服や医療面だけでなく“バイオ兵器対策”として注目。逆にバイオ兵器の開発リスクも高まる。

  • 量子コンピューティング:暗号解析や超高速シミュレーションが可能となれば、既存の暗号通信やレーダーシステムが無力化される恐れも指摘される。

これらの分野はいずれも「軍事応用か民生利用か」の線引きが曖昧であり、投資資金が潤沢に流れ込みやすいと同時に、倫理的・規制的課題が山積みです。

2-4. リスクと倫理――なぜ今こそ議論が必要か

2-4-1. 自律型兵器システム(LAWS)への懸念

AIドローンや自律型ロボット兵器(LAWS: Lethal Autonomous Weapon Systems)の国際規制は明確に定まっていません。国連などでも議論が続いていますが、いまだに拘束力のある合意には至っていないのが実情です。歴史的にみれば、画期的兵器は規制よりも先に実戦で使用される傾向があります。仮に大国同士の緊張が激化すれば、実験的にでも自律兵器が投入されるシナリオは十分あり得るのです。

2-4-2. サイバー・認知戦の深刻化

インターネット空間の活用で、一方的な情報操作やサイバー攻撃による混乱が頻発しています。国家レベルの攻撃だけでなく、テロ組織や犯罪集団が容易にサイバー武器を手にする状況は、従来の軍事力が抑止しにくい脅威です。AI技術の発展でフェイク動画などが高度化すれば、社会不安や政治的混乱を誘発する認知戦がさらに巧妙化し、防衛のみならず民主主義体制そのものに挑戦が突きつけられる恐れがあります。

2-4-3. 民間企業・VCの役割と責任

近年、軍事分野でのイノベーションをリードするのが、かつての“軍産複合体”ではなく、シリコンバレーを中心とした民間スタートアップやVCという点は大きな特徴です。たとえばAndurilやPalantirなどは国防総省と深く連携しながら、AIやビッグデータ分析技術を提供してきましたが、その社会倫理的側面や透明性については批判もあります。
VC側も投資リターンのみならず、国防・安全保障にコミットする起業家をどう評価し、どう支援するかが問われています。特に米国では政治的な分断が進むなか、保守的な価値観や愛国心を前面に打ち出す「New Founding」や「Discipulus Ventures」などの新興VCが注目を集めており、シリコンバレーのリベラル風土とは一線を画す動きも見られます。

2-4-4. 歴史が示す技術加速の影と規制の課題

一方、歴史上の事例が示すように、技術革新は軍事利用の局面で極端な加速を見せる半面、国際秩序や倫理・人権面での深刻な課題を生む可能性が高いことも無視できません。核兵器の例が典型的ですが、先に開発・配備が進んだ後、後追いで部分的な規制や管理が試みられるというパターンが繰り返されています。
現代の防衛テックにおいても、産業界と国家、安全保障コミュニティ、そして国際社会全体が、こうしたリスクをどうマネジメントし、どう倫理ルールを形成するかが極めて大きな挑戦となるでしょう。

2-5. 第2章まとめ:いまこそ「防衛テックの時代」

以上のように、歴史的文脈からもわかる通り、戦争による技術革新→社会構造の変化→新たな産業勃興という流れは繰り返し登場します。そして現在は、AI・ロボティクス・宇宙・量子などが一挙に花開き、かつ地政学リスクが再燃するタイミングが重なったことで、軍事とテクノロジーの結びつきがかつてないほど強まっているのです。

  • 地政学的リスク:米中対立や地域紛争の激化、サイバー攻撃の頻発

  • 技術の爆発的進化:AI・量子計算・超音速ミサイル・宇宙ビジネスなど多方面で進歩

  • VCなど民間投資の活性化:エル・セグンドをはじめとする米国各地、新興国でも防衛テック・スタートアップへの巨額投資が相次ぐ

これにより、大企業だけが軍事技術を独占する時代は終わり、小回りの利くスタートアップが次世代兵器システムや防衛ソフトウェアを開発する構造が広がりつつあります。その一方で、テクノロジーの社会的インパクトや規制の遅れ、倫理面の問題など、未知のリスクも大きくなっています。防衛テックの光の部分だけでなく、その“裏”に潜むリスクもしっかりと認識しながら議論を深めることが、いま求められています。

本章の結論と次章への橋渡し

本章の結論:防衛テックは、歴史的必然ともいえる「軍事×最新技術」の融合によって隆盛しており、国家間競争の激化や民間参入の拡大が追い風となっている。歴史を振り返れば、こうした変動期には往々にしてイノベーションが爆発的に進み、一部の国・企業が大きな利益と影響力を得る一方、後れを取った国や組織は痛手を被ることが多かった。

次章へ技術の軍事転用と国際秩序への影響を、より具体的な事例をもとに掘り下げる予定でしたが、本記事では割愛いたしました。今後も社会・経済・技術が複雑に絡み合う「防衛テック」の動向を、引き続き注視していきます。


筆者あとがき

前回の資源紛争に関する連載記事を執筆する中で防衛テックに関しても一度リサーチをして記事を書いてみたいと考えていました。
筆者はアメリカの大学に在籍しており、キャンパスで軍服姿の学生や軍関係者を見かけることが日常になっています。日本ではあまり考えられない光景ですが、こちらでは軍や防衛が生活に自然と馴染んでいるのだと改めて実感します。もちろん「戦争は悪」という大前提は揺るぎませんが、歴史を振り返ると戦争をきっかけに技術が大きく進化してきた事実も見逃せません。だからと言って戦争を肯定するわけでは決してないのですが、防衛テックがこれからどのように発展していくのか、またそれが私たちの社会に何をもたらすのか――軍事を身近に感じられない環境にいる日本の方にも、一度視線を向けていただければと今回の記事を執筆しました。

(注) 自分なりにさまざまな文献や記事を調べながらまとめましたが、理解に誤りがある部分や至らない点があるかもしれません。
もし何かお気づきの点があれば、ぜひコメントをいただけると助かります。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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参考文献リスト

書籍

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オンライン記事・レポート

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