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46歳パート主婦。係長の正社員求人に応募する
「知ってる?今の仕事の正社員求人でてるよ。応募したら?」
同じ職場だった友人からのLINE。
「係長の求人で、県外転勤もありみたい。40代ならいけるかもよ。詳しくは会社のホームページに出ているから、みてみたら?」
彼女が張ったリンクを思わずクリックした。
自分の目を疑った。そして何度も見直してしまった。
私がいる会社は、新卒至上主義で、中途採用なんて、一度も聞いたことがなかった。パートとして10年以上働いていたにもかかわらず。
でも間違いなく、中途採用の求人だった。
34歳の時、今の会社にパートで採用された。
当時は、子供が保育園の年長と年少だったので、パートという働き方がありがたかった。
熱が出て急なお迎えがあった時も、職場の人は快く送り出してくれた。
運動会や遠足といった行事も遠慮なく休めた。
もちろん、残業はない。
私は大好きな仕事と、子育てを両立できて、本当にありがたかった。
ただ、子供が中高校生になり、部活で、帰宅が19時を過ぎたり、塾に行ったりして、ポツンと一人家にいることが増えてきたら、なんとなく不安を感じるようになってきた。
「あれ、子供がこのまま巣立って行ったら、私に何が残るんだろう・・・」
仕事は大好きだった。やりたいこともいっぱいあったし、させてもらっていた。でも、パートという立場でやれることには、限界があった。
どう考えても管理職にはなれない。
異動して様々な知識や経験を積み重ねていけない。
充実した研修が受けられない
1年更新型なので、いつクビになるかわからない
パートとして働けていることに感謝していたし、充実もしていたが、いつもどこかに引っ掛かりを感じていたのも事実だった。
突然、35歳になった誕生日のことを思い出した。
いつものように私は、鏡を見ながら化粧をしていた。
あ、ほうれい線が前より目立つようになってきたなと気づいた瞬間、
「あー、私はもう、正社員にはなれないんだ。もう組織で、管理職とか経験できないまま、年をとっていくんだ」
「仕方がない。私はそういう道を選んだんだから」
という、なんともやるせない思いが湧き上がってきたのだ。
心底、寂しいと思った。
「何のために大学受験を頑張ったんだろう」
「職業選択を間違えたのだろうか」
「仕事も子育てもして、正社員としてバリバリ働く女性になりたかったのにな・・・」
「どこで間違えてしまったのだろう・・・」
それは、さみしさと、あきらめと、後悔と、怒りが入り混じった感情が、あふれだした35歳の誕生日の朝だった。
あ、そうだ、私、ずーっと正社員で働きたかったんだ。
組織で働いて、管理職を経験したかったんだ。
ずーっとずーっと、その思いを封印してきたんだ。
もう年齢的に無理だ。
子育てを優先したから仕方ないよねと言い聞かせてきたんだった。
もう、すっかり諦めてはついていたと思っていたのに、まったく諦めきれていない自分に気づいた。
涙が溢れてきて、嗚咽がとまらなくなってしまった。
翌日、求人をプリントアウトし、夫に見せ、子供たちに話をした。
数年後には、県外転勤があること。
働く時間が増えるため、いままでのように子供たちを学校に送り出すことができなくなることなど、いろんな話をした。
やっぱり辞めよう。46歳で、パートをずっとしてきた私が係長なんてできるはずがない。
求人を見るたび、不安が募ってくる。
でも、やってみたい。挑戦してみたい。
その気持ちは、どうしても捨てきれなかった。
数日間、この二つの思いで、揺れ動いた。気づくと、毎日、夫や子供たちに相談していた。
次女が突然、「落ちるかもしれないんだから、応募してみたら」と言い出した。夫も同じ考えだった。
「もう、そろそろ自分の人生を歩もう」
ふっとその言葉が頭に浮かんだ。やっと覚悟が決まった。
その後は怒涛のような日々だった。
履歴書と職務経歴書、論文を提出する必要があったからだ。
ほぼ1週間、毎日夜中の1時すぎまで応募書類の作成に時間がかかってしまった。
仕事を終え、晩御飯の支度や片づけ、子供たちの塾の送迎をし、ひと段落ついた後に、応募書類を作成するのは、本当につらかった。
なんでこんなに頑張ってるんだ私?
別に今、不満があるわけじゃないんだし、こんなしんどいことする必要があるんだろうか?
そんな思いが湧き上がるたびに、頭を横に振って、書類に向き合った。
もう後悔はしたくなかった。
職場の上司に履歴書などの添削をお願いし、何度も修正をした。
上司に時間をもらって、正社員の仕事についていろいろ教えてもらった。
上司は本当に親身になってくれた。惜しみなく情報をくれ、全力で応援してくれた。感謝してもしきれないほどだった。
もし落ちても、これだけ親身になってもらえたのだから、もう十分とさえ、思えていた。
ようやく完成した応募書類を、人事部へ提出し、書類選考の結果を待つだけになった。
「本多さん、人事部から電話」
上司の声だった。
心臓がバクバクした。周りに心臓の音が聞こえるんじゃないかと思えるほどだった。
「は、はい、本多です」声がうわずる。
「忙しいところ申し訳ないね。書類選考を通過したので、面接にきてくださいね。面接は3週間後ぐらいになりそう。詳細は書面で連絡をするので、届いたら確認してください」
「あ、ありがとうございます!」
思わず大声で答えていた。隣の同僚がびっくりして、不思議そうにこちらを見ていた。
めちゃくちゃうれしかった。
電話を切ったら、上司は、期待しているような、でも不安げな顔で、こちらをみていた。
右手でOKサインを出したら、満面の笑みで答えてくれた。心から喜んでくれているのがわかった。
「次は面接対策だ!」
もうここまで来たらやるしかない!
想定質問を考え、上司に相談した。
ほかに聞きたいことは何か、提出した応募書類の中で、更に詳しく聞きたいと思うことは何かなど、いろいろ質問し、相談にのってもらった。
面接対策をすればするほど、次々と不安が頭をよぎる。
面接に無事進んだけど、きちんと答えられるかな?
合格したらうれしいけど、係長なんてやったことないしやれるかな?
落ちたらやっぱり悲しい。立ち直れる?
いつのまにか、なんだか頭がぼーっとして、過ごすようになっていった。
面接のこと、今後のことが頭の大半を占めていて、何も考えられなかった。
早く面接対策しないといけないのに、なかなか進まなくなってしまった。
頭の中は、いろいろぐるぐる考えが浮かんでくるけれど、まとまらなかった。
本当は、想定質問に対して、言いたいことを文章にしないといけなかったし、話ができるよう練習する必要もあった。
でも、なんだかやる気になれない。
正社員にはなりたいのに、面接対策に前向きになれなかった。
そんな思いを、友人に、メッセージした。
「神様がいいなら、その次に行くよ。でもだめなら、本多さんの道はそれではないということだけだから!」
なんだか、元気が出た。そうだね。めっちゃ受かりたいけど、受かるかどうかはわからないし、もし落ちてもそこに私の道がなかっただけだから、ほかの道を行けばいい。なんだか素直にそう思えた。
ようやくエンジンがかかり、面接日の直前の土日に、夫を相手に何度もリビングで面接練習をした。
「その言い方だと、よくわからない」
「リーダーシップを発揮した話をしないとだめだ」
結構辛辣なことを言うので、へこみそうになった。
リビングで勉強していた次女が、面接練習の様子をみて、「ママ頑張ってるね」と応援してくれたのが、何よりの励みだった。
いよいよ面接当日になった。
なんだか、ふわふわした変な気分だった。
いつもの見慣れた職場での面接だったはずが、まるで別の空間にいるみたい。
面接会場の受付には、人事部の田中さんがいた。ニコニコと待合室に案内してくれ、面接時の注意事項について説明してくれた。
以前から知っていた人だったので、ちょっと心が落ち着いた。
「緊張してる?」
「はい」
「転勤あるけど、大丈夫?」
「はい、不安ですけど、家族と話し合いましたし大丈夫です」
「何か質問ある?」
「大丈夫です」
「じゃあ、時間が早いけど、面接官の準備ができてたら、早めに始めるね。ちょっとみてくるから、そのまま待ってて」
そういって、田中さんは待合室から出ていった。
しばらくすると、戻ってきた。
「準備ができたから、いきましょうか」
「はい」
田中さんは、面接会場の前まで案内してくれた。
「じゃあ、がんばってね」と、ガッツポーズをして、面接会場のドアをノックして入るように私を促した。
面接官は3人だった。思ったより、終始和やかだった。そのせいなのか、不思議と緊張はしなかった。
でも、質問が進むにつれ、正社員で働きたかったのに働けなかった悔しさがこみあげてきて泣いてしまいそうになった。
泣いたらだめ!前みたいに面接に落ちてしまう!
口が震えて話せなくなりそうになるのを必死にこらえた。
どうか、口が震えてたこと、ばれてませんように!と祈った。
長いようで短い面接が終わった。
正直なところ、自信はなかった。
「今回は係長の募集だが、その点についてどう思うか」
指導をした経験はなかった。そんな立場になったことがないからだ。
それでも何とかひねり出して、周りに頼られているという話をしたものの、説得力がなかったと感じた。
ただ、これが私の精一杯。ありのままの自分で、大きくも見せないし、卑下もしない、やれることはやったから、もうどちらに転んでも良いかなと思えた。
久しぶりの、ガチ面接だった。こんなに真剣に取り組んだのは生まれて初めてだったかもしれない。
本当に疲れた。
面接の後はほっとするかと思いきや、興奮が冷めず、緊張感がずっと続いていた。
スーパー銭湯へ行って、子供たちと一緒にご飯を食べて、話をしてようやく落ち着いてきた。
「一週間後に結果がくるのが怖いわー。でも、やっとなんか落ち着いてきたよ」
と次女に話していたら、携帯が鳴り、画面には「人事部」の表示が。
心臓が飛び出るほど驚き、次女と顔を見合わせた。
出ようと思ったら、切れた。なんと、ワンコールで切れたのだ。
間違え電話?なにこれ?
「えー----!!これって電話かけなおしたほうがいいかな。どうなん?」もう次女と二人でパニック!!!!
しばらく待つことにしたら、また携帯がなり、「人事部」の表示が。
心臓はドキドキ、震える手で、画面の受話器マークをみながら、
「こっちでいいんやね?」と次女に確認をして、画面をタップした。
「はい」
「本多叶さんですか?人事部の田中です。今日の面接はお疲れさまでした。先に結果を電話でお伝えしようと思いまして・・・。本多さん、内定です」
「あ、ありがとうございます!!!!えー----、私でいいんですか?」
電話を切った後、次女が泣いていた。
「ママ、よかったね、めっちゃ頑張ってたもんね」
長女は、ちょっと冷めた感じで「よかったね」と一言。
帰ってきた夫に、話をし、家じゅうてんやわんや。
その日の夜は一睡もできなかった。
いろんなことが頭をよぎり、初めて眠れない夜を過ごした。
46歳で、新入社員。諦めていた正社員になれる。管理職に挑戦できる。
夫や子供たちはもちろん、応援してくれた上司に、友人に心から感謝した。