ミュージカル「この世界の片隅に」制作を編曲者の視点から振り返る #2

ここから各曲を登場楽曲順に振り返ります。
ネタバレの可能性がありますので、これから初観劇、という方は閲覧に充分ご注意ください。


M0 オープニング
実はデモ音源の時点では全く別の、しっかりとしたオバーチュア(序曲)を作っていたのですが、演出上今の形に。
アンジェラが前半部分の管のメロディ、弦のイメージをしっかり作ってくれたので、後半部分を作り加え全体をオーケストレーション。
非常に短いけど印象的な音になって、個人的に気に入っている導入です。

M1 この世界のあちこちに
アンジェラが制作開始当初「これがメインの大事な曲だから、早く形にしたい」と、たしか2曲目くらいに渡された記憶があります。
素晴らしい作詞作曲に胸が躍りました。
どの曲も最初は、アンジェラの歌とピアノのみのデモを参考にアレンジしていくのですが、このミュージカルの数曲は、そのデモの彼女のピアノをそのまま使っています。
もっとも色濃くアンジェラ・アキ楽曲の特徴が出るのが、このピアノ弾き語りのアプローチだと思うし、そこは要所で、敢えて打ち出していくつもりでした。
完璧にキャッチーでシンプルなピアノイントロも彼女のものです。結局これがこの作品のメインモチーフになりましたね。
アレンジはこのピアノを歌を管弦で暖かく包み彩るように、シンフォニックに、でもポップに、というのを心がけました。
実はこのミュージカル、最初はドラムを入れる事を想定せずに、もっとシンフォニックに、打楽器はオーケストラパーカッションを駆使するアレンジにしようとしていました。
しかし後にこのミュージカルの、少しアレンジを変えたアルバムを作るという話になり、そこでドラムを試してみたところ「これこそアンジェラのポップスでしょ!」という事になり、ミュージカル版にもドラムを起用する事に。
闇雲にスタートしたアレンジ作業でしたが、この曲を終えた時は不思議な高揚感と「なんだかいけそうな気がする」と根拠の無い自信が芽生え、、それが勘違いだったとしても、その後の制作の推進力になった気はするので、今考えれば早々にこの曲のデモを上げられて良かった気がしています。

M2 歪んだ世界
台詞のあるイントロ部分は僕が担当したのですが、最初にデモで作ったものは怖すぎたようで、、何度か書き直しました。
全体に不安定な和音や楽句が支配する音の世界で、すずの心情が描かれます。
陰鬱な心情を表現する響きは、アンジェラと提案し合って、精査して進めました。
弦楽器のフェードイン、トレモロ、不完全なワルツを、ピアノの音色に絡めます。
アレンジするにあたって、このミュージカルならではの特徴的な楽器音を幾つか、使いたいと思っていました。
そのひとつがこの曲中も使われる、チューブラーベルの音色です。
チューブラーベルは日本では、NHKのど自慢の音、という印象、先入観が強すぎるので、僕は非常に残念に思っていました。
マーラーやショスタコーヴィッチ、レスピーギ、カールオルフなど、効果的に象徴的に使われた名曲が幾つも存在して、この作品にも数々の場面で使ってみる事にしました。
カラッとした明るい音色も得意ですが、倍音の多い音なので、重音で使ったり柔らかな素材のマレットを使用することによって複雑な響きを出す事も出来ます。
ここではいつしか、ある登場人物を象徴する音として使うようになったのですが、お分かりになるでしょうか?
是非耳を傾けていただければと思います。

M3 広島の橋の上
打って変わって明るい雑踏を思わせるこの曲、小すずと周作のバケモノとのやり取りも楽しく、場面転換描写の多いミュージカルらしい曲になりました。
この曲や次の「ぼーっとしちょるお嫁さん」でイメージしたのは昭和初期歌謡の伴奏形やムードを引き継ぎ大衆的に、モダンにした山本直純さんや越部信義さんの劇伴、つまり「寅さん」や「サザエさん」の世界観でした。
流麗に流れる時に少しギミックのあるストリングス、バケモノの足音を表現するトロンボーンや、各種トイパーカッションの音、乾いたエレキギターカッティングなど、、ベタな描写も楽しんでもらえたらと思います。
冒頭のトランペット、、難しいと思うのですが、この爽やかさを表現するのはピッコロトランペットしか叶わないと思い、お願いしました。いつも見事に演奏していただいて、オケの名トランペッター東野さん、古土井さんにも感謝。。しています。

続く

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