じんのひろあき短編戯曲集 『胃カメラ』
SM倶楽部『女王の館』控え室。
麗明女王様とお話ししている、阿部毬亜女王様。
「おなか?
すいた、すいた…
すいたんだけど…
麗明女王様、出前取るの?
出前か…なに取るの?
あ…ピザピザのピザか…
好きだね…
麗明さん、ピザ。
私? うん、おなかはすいてるんだけど…
今、モノ食べて大丈夫かな…
ああ、うん? なんかチクチク痛むんだよね…]
おなか押えて。
ストレスかな…
今日さ、お昼、胃カメラ飲んじゃった…
なんかこんなの…
こんな感じで…
出前?」
と、杏奈女王様が帰って来た。
「杏奈女王様、お疲れ様…
(と、笑って)うん…
そうそう…
帰る帰るって言っときながら、麗明姉さんとダラダラ話してたら、こんな時間になっちゃった…
ま、いいけどね…
明日は予約入ってないし…
のんびりするんだ…
杏奈さん。出前取るけど、どうする?
杏奈女王様…なんか食べる?
みんなで出前取るんだって…
え?
なんで?
出前恐怖症?
なにそれ…出前駄目なの? へえ…変わってるね…
変わってるね、なんて言葉はここじゃ使っちゃいけないんだっけ…
人間はみなどこかしら変わり者と…」
見回して。
「あとは…
カトリーヌ女王様は?
まだ?
まだプレイの最中なの?
ダブルで松浦さんが入ってるんだ…あの結構ハードが好きなおじさんでしょ…
整形外科のお医者さんだ…
あの人とダブルでやったら、体力使いそうだな…
ああ…
やっぱり胃が痛い…
カトリーヌ女王様、体育会系だからいいよね…
だって、高校時代陸上と剣道やってたんでしょ…
縛り上げてるんだ…
うん、うん、おこづかいもくれるってさ」
と、杏奈がいいな…といった。
「だって、杏奈女王様、不器用なんだもん…
紐結べるようになった?…
ダメだよ…
いつまでも奴隷のおじさんに教えてもらってちゃ…
そっちの紐上から回して、きつく引っ張るんだよ女王様…だって…」
と、麗明さんがお金をマリアに渡した。
「なに?
シーフードピザがいいの?
あ、お金は後でいいよ、麗明さん…
(と、そのお金を見て)麗明女王様、このお金、蝋燭ついてるよ…
プレイの時に使った奴でしょ…
だめだよ…
こういうの平気で使ってちゃ…」
と、ここで明かりが一瞬にして、かなり暗くなる。
「あ…
なに! うそ…
停電なの?
ブレイカー落ちたんじゃないの? うそ…
なんで…
すぐ直るかな…
すぐ直るかな…
ママさんいないのに、困ったな…」
間。
「(やがて)治んないな…
まずいな…
これじゃあ、ねえ…
非常用のなんかないの? 蝋燭とか入ってる奴、懐中電灯とか…」
と、女王様みんなで気がついて笑いだす。
「そうか! そうだよ…
そうだよ…
ここ蝋燭って一杯あるんじゃん!
奴隷に垂らしてるのが…
待って、持って来るよ…」
と、一回手探りではけて、赤いプレイに使う蝋燭に火をつけて持って来る。
「これ、こんなふうに使うとは思ってもみなかったよ…
ね…
ラジオとか聞いてみたら?
ないのラジオ…そうか、ビルの地下って電波入らないんだっけ…
じゃしょうがないな…
駆け込んで来るカトリーヌ女王様。
どうしたの? カトリーヌさん。
奴隷が、呼吸困難になってる?
なんで?
逆さ吊りにしてたら、停電になって、暗闇で降ろそうとしたら、首が絞まっちゃった?
おいおいおい!
こっち連れてきなさいよ…」
と、みんなで運びに行く。
「奴隷が死んだら、信用問題だよ…
杏奈さん…
これはまずいよね…」
と、みんなは出ていく。
残ったマリアは蝋燭の位置などを工夫しながら、杏奈さんと話をする。
「松浦さんでしょ…
松浦整形外科医院のお医者さん…まずいな…
そうそう…
結構業界じゃ有名な人らしいよ…
お金積んだらなんでもやってくれるって…
職人気質のお医者さんだよ…
ああ…
やっぱり胃が痛い…」
と、運ばれて来る奴隷の松浦雄次郎。
「(見て)なに? 大丈夫なの? 息してる? なんか咳き込んでるよ…
こういう時の応急処置ってどうやるんだっけ? 女王の館ってあれないの? なかったっけ? 『家庭の医学』ないの?
なにか言ってるよ…
苦しいって…
苦しくても息をするんだよ…
しっかり…(強く)しっかりするんだよ…
奴隷のくせに、女王様の命令が聞けないの!
息をするんだよ!
ほら!
カトリーヌさん、松浦さんが泡吹いてますよ…
ぶくぶく、口から…
こういう時って、なにか口に入れた方がいいんじゃないですか?
(遠のいていく意識に呼びかけるように)
松浦さん!
松浦さん!
聞こえてますか?
私の声…
カトリーヌ女王様、人工呼吸続けて下さい。
レイア女王様、救急車を呼んで!
私? 私はここで奴隷を励ましてますから…
まずいな…
ママのいない時に…
停電になったからって、奴隷が死んだら洒落になんないですからね…
店の宣伝になるどころじゃないでしょう…
その前に、女王の館、営業停止になりますよ…
いやいや、カトリーヌ女王様を責めてるんじゃないんですよ…
だってここのところ、カトリーヌ女王様働き過ぎじゃないですか…
なんでこんなに、世の中に奴隷が多いのに、女王様のなりてがいないんでしょうね…」
と、胃を押さえて。
「いたたたた…
胃が痛い…
畜生、松浦、気をしっかり持ちなさい!
女王様の言う事が聞けないって言うの!
息しろっていってんだよ…
むせてんじゃねえよ…
杏奈女王様、背中叩いてあげて…
(松浦に)こら、お前の黒目はどこに行ったんだ!
胃が痛いよ!
息をおし!
このマリア女王様の命令が聞けないの?
深く息をすうのよ、ほら、ほら、ほら、苦しい?
奴隷の分際でなにをわがまま言うか!
カトリーヌさん、もっとこう強く。(背中、あるいは胸を押して!)」
カトリーヌさんが「こんなに強くやったら死んじゃうんじゃないかな…」と言った。
いや、カトリーヌさん、強く押したって死にゃしないよ…
だって、このままだったら、松浦さん死んじゃうかもしれないじゃない…
どうせ死ぬんだったら…
ハードに死んで行く方が、松浦さん絶対喜ぶよ…
でも、カトリーヌさん、プレイしてる時の方が、もっとひどい事してるよ…
そうかな、じゃないよカトリーヌさん…
なに? あれは演技じゃないの?
カトリーヌさん、いつもプレイ、本気でやってたの?
ああ…松浦さん…
だいぶ息が楽になって来たんじゃない?
よかった…
大丈夫だよ…
カトリーヌさん…
もう…そんなに青筋立てて、人工呼吸しなくっても…
カトリーヌさん…汗びっしょりだよ…」
と、ちょっと、驚いている。マリア。
「さすが体育会系だよね…私にはいえないよ…いい汗かいたとは…
今、松浦さん、生死の境を彷徨ってたんだよ…
え? なに? 救急車が来た? もういいよ、救急車…
いいよ、いいよ、大丈夫だったから、帰ってもらって…
杏奈女王様…五万くらい包んでおいたら…うちが救急車呼んだ事内緒にしてねって…その五万円はね…
と、松浦の方を見て。
「松浦さん…今日のプレイはスペシャルコースだったから…五万円追加になります…いたたた…胃が痛む…(と、気づいたように)私、その救急車に乗って行こうかな…」
暗転。