じんのひろあき短編戯曲集 『焼肉へ行こう』
明転。
ファミレス。
対面で座っている二宮咲と佐瀬ののみ。
机の上にはコンビニで売っているコクヨのB4の原稿用紙がひろげられている。
そこに書かれている反省文を読み上げているののみ。
ののみ「焼肉屋さんに学校帰りに立ち寄ったことを校則違反として叱責されました。校則でしてはいけないこと、とわかっていたのにやってしまったのは弁明の余地がありません。ここに深く謝罪もうしあげます。今回の焼肉屋さんの件では本当にすみませんでした。以後、心を入れ替えて、深く反省し焼肉屋さんを見るたびに思い出し、フェリス生としての誇りを持ち高校生らしく、なぜ叱責されるべきことをしてしまったのか、自分なりに分析して、この経験を今後の学校生活の礎にしたいと思います」
読み終えたのみ原稿用紙から顔上げ。
ののみ「どう思う? このうちの妹の反省文」
二宮「フェリスってあれなんでしょ? 学校の帰りに寄り道しちゃいけないっていう校則があるんでしょ?」
ののみ「そうなんだよね」
二宮「っていうかこの話、知ってたけど、まさか本当に学校帰りに焼肉屋行って友達と焼肉食べて反省文書くとはね…」
ののみ「お笑いのネタになってるくらい有名らしいんだ」
二宮「フェリスの焼肉でしょう? たかまつななでしょう?」
ののみ「知ってた? 二宮は?」
二宮「知ってるよ私、お笑い詳しいもん。フェリスの焼き肉っていうかね、あれはねえ、たかまつななって女の子がいいとこのお嬢さんでフェリス行ってて、ハイキング部で、その部活の終わりにみんなで焼肉を食べに行って、それが学校にバレて反省文っていうやつだよ」
ののみ「うちの妹、この反省文の出来不出来によっては、停学になるかもしれないんだ」
二宮「そんなに大事(おおごと)なの? フェリスにとって焼肉は?」
ののみ「これが初犯ならまぁこの程度でも学校側も文句を言わないと思うんだ」
二宮「前科者なの? ののみの妹は」
ののみ、頷いた。
ののみ「11」
二宮「はあ?」
ののみ「11…前科十一犯」
二宮「……ワルだね…あんたの妹とは思えない」
ののみ「血は繋がってないから」
二宮「え? 何それ? そんなん初めて聞いたよ」
ののみ「あんまり人に言ったことないから、再婚したお父さんの連れ子なんだ、うちの妹、4つ下」
二宮「扱いづらい時期だね」
ののみ「やっぱそう思う?」
二宮「私だってその頃、手がつけらんなかったもん」
ののみ「しかもね、今回は状況がかなり悪いんだ。その11通目の反省文を提出したその日の放課後にね、なに? 開放感? っていうの? やったー! って、思ったらしく、友達誘って」
二宮「焼肉行ったの?」
ののみ「そうなの」
二宮「懲りねー奴だな。ちなみに、その日に提出した11通目の反省文の罪状はなんなの?」
ののみ「先生に「死ね!」って言ったの」
二宮「(笑う)あはははは…それで反省文?」
ののみ「そう」
二宮「でも、まあ充分、反省文に値する言動ではあるか…」
ののみ「先生に死ねって思ってもほんとに「死ね!」って言わないもんね」
二宮「ていうかさ、話を聞いてるとさ」
ののみ「うん」
二宮「あんたの妹、会った途端、私、抱きしめちゃうかもしれない。話聞いてるだけですっごい親近感覚える」
ののみ「あー、でも、みっちゃんとは合うかも」
二宮「合いそう、合いそう、先生に「死ね」って言って反省文書いて提出して、やったーって、友達と焼肉食いに行くって、いい度胸してるわ」
ののみ「そこなんだけどね、私ね、妹とね、なんていうか…もう、二年も一緒に暮らしているのに、なんかなじめないっていうかさ」
二宮「ほうほう」
ののみ「なんか、お互い敬語でねで喋ったりして、いまいち、仲良くなれないっていうか、打ち解ける? そういう感じにならなくて、ああ、もうねー、そもそも、違う人間なんだから、そんなにお互い無理することもないのかなって思ってたら、今回のこの「死ね!」の反省文からの「焼肉」の反省文を書かなきゃならなくなって、もうちょっと、うちの妹はね、嫌になっちゃってるっていうか、初めてね、私にね「ちょっと、お知恵を拝借」って来たんだよ。私に初めて妹が頼ってきたんだよ。これはね、先生に「死ね!」って言ってからの「焼肉」行っちゃってってのの反省文ではあるけど、それ以上にね、私が…妹と…姉の関係を築けるかどうかっていう、失敗できない大切なミッションなんだよ」
二宮「なるほどね、それでののみは私のお知恵を拝借ってことなんだね」
ののみ「(二宮にて酔わせて真剣に)みっちゃん!」
二宮「でもさあ、なんかさあ、ののみとののみの妹の話を聞いているとさあ」
ののみ「なに?」
二宮「ののみもさぁ、ののみの妹もさぁ、反省してない?」
ののみ「してるよ、反省してるから反省文書いてるじゃん」
二宮「違うよ」
ののみ「え? 何が違うの?」
二宮「反省してるでしょ? あんたらは! って聞いてるの」
ののみ「だから反省してるってば」
二宮「だからダメなんだよ。反省してるから反省文が書けないんだよ」
ののみ「どういうこと?」
二宮「反省したら、反省文は書けないんだよ」
ののみ「どういうこと?」
二宮「反省してたら、反省文が書けないよ。反省と反省文は切り離して考えなきゃダメだろ。反省してるよって、反省してますって、ののみの妹は言ってるけど、そもそもさ、本当は反省なんかしてないでしょ?」
ののみ「え……うん、まぁ」
二宮「どっちかって言うと、なんで反省なんかしなきゃいけないんだよとかさぁ、もっと言うと、うるせえな、うるせえな、うるせえなあ、面倒くせえなぁって思ってるわけでしょう」
ののみ「ズバリ! そうだね」
二宮「そんなさぁ、反省してないのに、反省してますよ、反省してるんですから、とか言いながら、反省文書いたって、心がこもるわけないじゃん」
ののみ「じゃぁ、どうやったら、心がこもった反省文になるの?」
二宮「心いらないんだよ」
ののみ「え? いいの? そんなんで」
二宮「なんで悪いの?」
ののみ「えー、でもさぁ」
二宮「在学中にどんだけ反省文書こうが、そんなの社会に出たら、フェリス出たお嬢さんって思われるだけなんだから大丈夫だよ」
ののみ「まぁね、それはそうだよね。うちの妹、フェリスなんか行っててもしょうがない、もう学校辞めたいとか言ってるからさぁ」
二宮「バカ! せっかく入ったんだから、出とけよ、学校は!」
ののみ「でしょう? でしょ、でしょ、でしょ、そうだよね、そうだよね」
二宮「ばっかだな」
ののみ「だから、そのバカ、バカ言うのやめてってば、うちの妹は頭いいんだよ。あのね、フェリスはね、高校の偏差値は意外とっていうか、みんなが思っているお嬢様はバカだっていう偏見をぶち壊すくらいに高いんだよ」
二宮「へえ、そうなんだ」
ののみ「大学は三流って言われてるんだけどね」
二宮「なんで? その高校から大学に上がる時になにが起こっているの?」
ののみ「いや、いや、いや、それはいいんだけどね」
二宮「とっとと反省文書いて、すいません、すいませんて言っとけばいいんだよ」
ののみ「うーん、なんて書けばいいんだろ、私、そもそも反省文なんか書いたことないしなあ」
二宮「だからね、反省文に必要なのはね、まず、自分がした過ちを再確認」
ののみ「はい」
二宮「その過ちを何故してしまったのか自分なりの考察ね」
ののみ「はい」
二宮「その過ちのどこがいけないか誰に迷惑をかけたのか? あとねえ、その組織にどのような影響があったのか?」
ののみ「うん、そうだね、そういうの重要だよね」
二宮「メモ取らなくて覚えられるの?」
ののみ「(手にしたスマホを見せて)今、ボイスレコーダーで録音しているから」
二宮「二度手間になると思うけど、ま、いっか。その過ちに対する謝罪と反省」
ののみ「その過ちに対する謝罪と反省」
二宮「その過ちを繰り返さないことを宣言、なぜ繰り返してはいけないのか自分の考え」
ののみ「なるほど、なるほど」
二宮「繰り返さない為にこれからどうするのか どのような努力をしてどう行動するのか」
ののみ「はいはい」
二宮「最後に再び反省。でもって、これを軸に可能な限り最も綺麗な字で書く。私はこのフォーマットでいつも反省文は書いてるね」
ののみ「え? 何? そんなフォーマットはあるの?」
二宮「ネットにいっぱい転がってるよ」
ののみ「反省文の書き方?」
二宮「謝罪文の書き方とか」
ののみ「そっかあ…みんないろいろ謝ってるんだね」
二宮「今この瞬間もね」
ののみ「そうだよね、きっと、そうやって…なんていうか成り立っているんだよね、世の中って」
二宮「だから言ってんじゃん、そうだって」
ののみ「謝ってんだね…みんなそうやってあちこちで」
二宮「今この瞬間も頭下げまくってるよ、どこかで、屈辱にまみれながらね」
ののみ「うわー……」
二宮「仲間はいっぱいいるんだから大丈夫」
ののみ「それって仲間なのかなぁ……全然励ましになっていないよ」
二宮「え、そうかなあ」
ののみ「痛まない? 胸が」
二宮「痛まないよ」
ののみ「痛みがさ…胸の」
二宮「痛まないよ」
ののみ「ん、でも、やっぱり心の奥底の方でさ、なんで謝らなきゃいけないのか? って思うし…ただ、謝っていくだけだと、なんていうの(胸の)このへんに溜まっていくものがあるじゃない?」
二宮「そういうね、心の奥底に溜まってく、こう、どす黒いモノってあるじゃない?」
ののみ「うん、あるある」
二宮「それをね、処理する方法をこの前聞いたんだLINEでね自分一人だけのグループを作るの、それで、そこに言いたいことを全部ぶちまけるの」
ののみ「なにそれ、そんなすごいって裏技があるのLINEの使い方の」
趣味は「私の友達にあやめちゃんってのがいてね、木野崎菖、あいつねえ、LINEにね、自分一人のグループLINE作ってるらしくて、気に入らないことがあると、全部そこに吐きだしているんだって、もちろん、誰にも見せないけどね」
ののみ「すご!」
二宮「完全、王様の耳はロバの耳の穴だよね」
ののみ「そだね」
二宮「いろいろやり方はあるってば」
ののみ「そうだね…ああ、なんか今日、みっちゃんに相談してよかったよ」
二宮「こいつ死ねって思ったら死ね! って言って、すいませんでしたって言って、焼き肉屋に行って、あー、うめー焼肉、最高! って、あんたの妹は間違っていないよ、間違ったことをしてないけど、他の人が見たら間違ったことだと思われることなんて山のようにあるんだよ。そこで戦ってどうするんだよ。プライドの無駄遣いだよ」
ののみ「プライドの無駄遣い…」
二宮「戦う相手を間違っているよ」
ののみ「戦う相手かあ」
二宮「もっとあんだろ本当の戦わなきゃならない敵は、それはさ、ののみが焼き肉屋に連れて行って、上カルビやらなんやらたらふく食わせてやりながら教えてあげればいいんだよ。反省文なんか適当に書いて、これじゃあダメだって言われたら、また書き直して、そのうち向こうも諦めるから大丈夫だって、そしたら、焼肉行くんだよ、一緒に、ああ、終わった、終わったって」
ののみ「焼肉? 今? 焼肉? 焼肉は今、タブーなんじゃないかな?」
二宮「今回の件はさあ、焼き肉屋に罪は無いんだから」
ののみ「まぁ、そうだよね、そうだよね」
二宮「これで焼肉屋さんに行くのに腰が引いちゃうっていうか、敬遠しちゃうことの方があんたの妹の人生にとってもマイナスになると思うよ」
ののみ「確かに…」
二宮「ネトウヨっているじゃん、あれだよ、あれが実在するんだよ。目の前に。ネトウヨだらけ、この世の中は」
ののみ「ネトウヨ、実在するのか、目の前にいるのか」
二宮「目の前に現れるネトウヨ、私たちの行く手を遮るネトウヨ」
ののみ「わかる、わかる」
二宮「学校とかみんなそうだよ。そんなの真面目に相手にしてる方がバカじゃん」
ののみ「そうだね、それはそうだよね」
二宮「あんたの妹はね、そのうちもっと大きな壁にぶち当たることになるよ。警察沙汰になるとか」
ののみ「え、そんなの困るよ」
二宮「ばっか野郎! そんな時にこそののみ、姉としてのお前の出番だろ、それをなんとかするのが姉の役目だろうが!」
ののみ「警察相手に?」
二宮「警察かもしんないし、もっと大きなもんかもしんないし」
ののみ「え? 警察? それはなに? マフィアとか?」
二宮「マフィアってなんだよ。日本でマフィアってあんの?」
ののみ「え、じゃあ…暴力団? 暴力対フェリス?」
二宮「暴力団と警察だったら警察の方が強くないの?」
ののみ「あー、そうか…じゃぁ」
二宮「…国家とかさ」
ののみ「国」
二宮「国だよ」
ののみ「国かあ…国にうちの妹「死ね」って言うかな」
二宮「言わなくても、戦うことになるよ…国っていうか、そういうなんていうのか、もっと大きなものと戦わなきゃなんない時がくるよ、きっと」
ののみ「うわっ、想像もつかないけど、想奈多ならやりかねない」
二宮「とっとと、謝っちまえばいいんだよ、大丈夫だよ、謝るなんて痛くも痒くもないからさ謝れ、謝れ、謝っちまえばいいんだよ。すいませんでしたごめんなさい、悪かったです。でもって、頭下げて解決したら焼肉行けよ。謝った後に、焼肉が待ってると思えば、平気にならない?」
ののみ「警察でも、お国のためでもなく、お肉のために」
二宮「すいません、申し訳ありませんでした。上カルビ」
ののみ「うん」
二宮「本当に悪かったと思います。黒毛和牛中落ち」
ののみ「うん」
二宮「もう二度といたしません。上カルビ追加」
ののみ「うん」
にのみや「今後このようなことがないようにいたします。レバー」
ののみ「うん」
二宮「自分に対する甘さがありました。ミノ」
ののみ「うん」
二宮「迷惑をおかけしました。ネギ牛タン塩」
ののみ「うん」
暗転していく。
二宮「信頼される人物になるように心がけます。ユッケ刺し」
ののみ「うん」
二宮「深く反省しております。オイキムチ」
ののみ「うん」
二宮「申し訳ない気持でいっぱいです。ナムル」
ののみ「うん」
二宮「これからも頑張って行きたいとおもいます。コムタンスープ…」
暗転。